今日は友達(もちろん男ばっか)とぶらぶらしていたのですが、焼肉を食べながら、トルコ対韓国戦を店内の TV で放送しているにもかかわらずほとんど観もしないで、どうでもいいことばかりのおしゃべりをしていて、更には、カラオケに意味なく入ってみたはいいものの、歌える曲が全然なくて途方にくれたりもした夏の夜でした。

「もし明日、女の子たちとカラオケに行くことになったらどうするよ?」とありえない状況を想定して、ケミストリやポーノグラフィテなど、歌ったらあるいはモテるおそれがあるのではないか、というアーティストの曲をかけてみましたが、誰も歌えません。カラオケの、異常にヘコヘコなショボ過ぎるバック・トラックが寂寥感を無駄に色濃く浮き上がらせた御年 25 歳の夏でした。

結局歌うのは中高生時分に聴いていた曲や、現在のひとであっても確実にモテない曲ばかりで、友人はミッシェルガン・エレファントやブランキー・ジェット・シティを、僕は小沢健二及川光博をそれぞれ熱唱したりして、自分的には楽しくはあるのだけれども、最近周囲のひとたちが「彼女はいないの?」と本気で心配してくるのが鬱陶しいのですが、自分の年齢のことを考えるといつまでもこうしてはいられないのではないか、と思うことはもちろんないのだがしかし「もし明日女の子たちと?」という状況に対応できない 25 歳というのはひととしてどうよ?と思わないでもないですから、明日は TSUTAYA にでもいってまずは市場調査を行ってみたいと決意したものの、起きたらそんなことは確実に忘れ去っているやっぱりモテ得ない夏の朝が待っているだろう。

とはいえ、毎月 3 万円以上 CD 購入に費やしている僕が歌える曲をまったく用意しない日本のカラオケに文句をいいたいつもりがあるわけではもちろんなく、というのも、僕が買う CD のほとんどがヴォーカルなどという穢れた要素を排したものばかりなので、カラオケで歌うことなどはなから無理なのですが、かといって楽器を奏することができない身の上ゆえ、今日も酔っ払って部屋でひとり音楽を聴きつつ踊っているのでした。

先日「扶養家族がいるのといないのとでは手当にずいぶん差が出るよ」と、これもまた僕のモテないぶりを気遣ってのお言葉をいただいたのですが、それに対して「扶養家族手当と、家族を扶養する費用とどっちが高いですかね??」とこたえたら無視されてしまって、そういうことではいけないのかもしれませんが、そんな無駄なことに薄給を削り取られていく人生に耐えられるはずもないので、同年代が結婚したという話をきいても「心からなにも思わない」といった具合で、ということはモテるにはやっぱりまずはお金だ!「車を持ってるか?」との問いに「車など必要ないし、第一そんな金はない」などとこたえなくてもいい財力を身につけなければならないのだ!というようなことを話し合ったことは真夏の夜の夢、といいたいところですが、それが紛れもない現実なわけで、とりあえず、明日は TSUTAYA へ行こう。