MonthAugust 2002

苦行みたい

TSUTAYA がビデオ、DVD ともに 100 円レンタルをやっていたので、「人狼」と “lain” を借りてきて、今日はひたすらビデオ鑑賞の日でした。どちらもとっても面白かったのですが、感想を書くには疲れ過ぎているのです。

  • 人狼」はお話の作り方がうまいなぁと思った。あと、音楽がかっこよくて好き。
  • lain” はかなり脳髄にきました。ふらふらです。僕はいま、”wired” の住人になりきっています。

lain” はもうなんというか、ねぇ。ああいうネットワークがどうたら云う系のものは面白いですね。グレッグ・イーガンの『順列都市』を思い出しました。神様とか出てくるし。つか、『順列都市』を、アニメでも実写でもどっちでもいいので映像化して欲しいと思った。

松浦さん LOVE

最近、あややな話題を求めて関連サイトをうろうろしてまわっているのですが、そんな黄昏れた道行きにふと立ち寄った オレンジペコ というサイト、文章がキレてて面白いので Antipop curiosity 経由でお訪ねしていたのですが、今日行ってみたらこのサイトにリンクを張っていただいておりました。わー、あややなサイト(?)からリンク張ってもらえるなんてうれしいなぁ。

とかいいつつ、「 The 美学」を未だ聴いていないというヘタレなあやや好きなんですけど。まぁでも CD が出てからでいいです。いい音質で落ち着いてくりかえし聴きたいので。

告発!

またちょこちょこっとスタイルシートマークアップをいじってみた。「更新状況」を div で囲って p と ul でマークアップしていたのがインチキ過ぎて気になっていたので、定義リストにしてみました。それが正しいかどうかはわかりませんが、まぁ、前よりはマシでしょう。また、いままではヘッダー部分とメニュー部分とを別ファイルからインクルードしていたのですが、それをひとつにまとめました。

そんなことはどうでもよくてですね、まぁ聞いてくださいよ。今日も朝から暴風雨が吹き荒れていて(台風 15 号が直撃中だった)、いつもは自転車で通勤しているのですがしかたないのでバスを使わざるを得なかったんですよ。バス停の周りはとてもじゃないけど立っていられるような状態ではなかったのでそこから 20M ほど離れたところで風雨をしのいでいたら、果たしてバスがやってきました。そこで僕はバスに駆け寄ったのですが、バス停にバスが着くのには間に合わなくて、10M ほどバスが停留所から過ぎた地点で手をぶるんぶるんふって「停まってくれ?」という意思表示をしたですよ。にもかかわらず、奴ってば停まりやがらねぇ(渋滞しているわけでもないのに)。その便に乗れないと確実に遅刻してしまうので、必死で傘もささずに 次のバス停まで 走りましたよ。暴風雨の中、ぐしゃぐしゃに濡れそぼって。

濡らしてはマズい、ということでいつもは持ち歩いている VAIO U を持参していなかったのを今日ほど悔やんだ日はありません。VAIO U さえあれば【告発】…バスに乗車拒否され、暴風雨でぐっしょぐしょ。水も滴る(・∀・) イイ男!【腐敗した世の中】ってスレ立てたのに…。しかたがないので仕事が終わったら電話責めだ! 愚痴々々…と思っていたのですが、帰宅する頃にはどうでもよくなっていて、運賃 170 円のうち 20 円分を一円玉でじゃらじゃら支払うという地味な嫌がらせを行使するにとどめておきました。

障害情報

正午現在、奄美大島近海に台風 15 号が接近しており、今日はすでに 2 回停電しました。外は大変な暴風雨が吹き荒れてます。明日のお昼過ぎ頃までこんな感じだと思います。おそらくこれからもまた何度か停電し、このサイトに接続できなくなることがあると思いますがご了承ください。

う?ん、ルータとモデムが叩き落とされると如何ともしがたいのですよ。よい対策は思いつきません。「まぁ、そんなものか」という感じでよろしくお願いします。

完成しました…か?

例のスタイルシート切り替え、やっとできたっぽいです。いや、嘘かも知れないです…。僕の環境ではいい感じに機能してるのですが…。というわけで、PHP コーナーに 項目をひとつ追加しました。こんどこそ、こんどこそうまくいってるはずなんですけど。どうですか、どうですか?

というか、停電しまくってます。先の障害情報を書いた正午頃から、いまこれを書いている午後 3 時過ぎの間に、4,5 回は停電しました。いくらなんでもマズいんじゃないですかね。

スタイルシート切替

う?ん、できた気がする…。

とはいえ、Win 版 Opera 6.0.4 ではなかなかにおかしなことになっているのですが。なんでだろう? Mozilla 1.1 と IE 6 (いずれも Win 版)では一応ちゃんと機能しているのではないかなぁという気がうっすらとしたりもするわけですが、その他の環境ではどうなのかはちょっと知る由もないです…。お知らせいただけたら大変ありがたいのです。

昨日はなんか気分がアレだったので「なにか打ち込めることをやろう、そうだスタイルシート切替スクリプトを書こう」と思い立ち、目論見通りアレ気分は晴れたのですが、睡眠時間が不足しまくって大変です。生活に支障をきたしております。それでも完成しないこのヘタレぶりよ。嗚呼、悲しいですね。

いや、まだダメかも。というか、わけがわかんなくなってきたので、ちょっとインチキなことをしています。

あ、tabindex とか accesskey を指定しなきゃいけないんでしたっけ? 明日にしよう…。

練習

DREAM SEED の水芹さんが PHP によるスタイルシート切替を実践されているのを見て、僕もちょっとやってみました。とはいえ、単に *.css ファイルへのリンクを書き換えているだけですけど。まだクッキーとかよくわかんないので、これから勉強します。とりあえず、スタイルを選択できるようにはなった。

破壊中。ごめんなさい。

もうダメ。ぐしゃぐしゃではない程度に復帰させて、もう寝ます。うう。思いつきでやるものではないなぁ。しかし、なぜにうまくいかないんだろう…。

人生教室

一億三千万人のための 小説教室』(高橋源一郎岩波新書)を読みました。僕はもう高橋源一郎の小説を面白いと思っては読めないし、この本についても特に思うところはありませんが、ひとつだけ気になった箇所を引用します。

飛んで来る、たくさんのボール(引用者註:小説)の中に、あなたの恋人を見つけてください。好きにならずにいられないものを見つけてください。

それから、それをまねして、ください。

何度も、何度も、読んでください。読んで、読んで、それから、書き写してください。

繰り返し、繰り返し、書き写したら、その次は、その文章で、それを書いたひとの視線で、世界を見てください。それを書いたひとの感覚で世界を歩き、触ってください。

もし、それが、あなたにとって必要なものであるなら、その、他人のものである感覚や、視線も、少しずつ自分の中に吸収され、自分の感覚や視線と混じり合い、新しい感覚や視線に変化していくでしょう。

『一億三千万人のための 小説教室』(高橋源一郎・岩波新書 p.125-126) より

著者は、小説を書くことと人生を生きることとには通じるものがあるといっているので、上記引用を小説教室の先生の言葉としてというよりもむしろ生き方の指針のようなものとして受け取ることも可能でしょう。というか、僕が常日頃考えているのもそういうことなのです。

小説を読むことは、自分ではない誰かの人生を生きることであるし、小説を読むことに限らず、社会の中で生きることはいつだって誰かの人生を生きることなのだと思います。僕は僕の人生なんてどうでもいい。誰かの、自分を含めたあらゆるひとの人生を生きたいと思うし、そのために本を読んだり、いまは Web 上でひとの日記を読んだり自分の日記を書いたりしているのです。僕はあなた方の生き様を知りたい。

とはいえ、それはいわゆる「自分探し」とも違っていて(同じかも知れませんが)、というのは、覚悟の決め方が違うということです。僕は癒しなどというみすぼらしさを拒否するし、いつか自分がかつての自分と違ってしまうとしてもそうなってしまったときにはそのことに気付くことはないのだからそんなことはどうでもいいのです。ただ、視線や感覚の変化こそが、目眩くあざやかな彩りの奔流こそが僕の求めるものなのです。

という意味では、僕は平然としてあるいは誇らしげにひとのふるまいをパクるし、そのことを批判されたとしてもその頃にはすでに桃源郷をたゆたっているのであれば、聞く耳を持たないというか聞き且つそれをも楽しんでしまうでしょう。

…というふうに生きていければ幸せだなぁと思った。

ライブにいってきました

BBS ではお馴染みのふにさんこと俊礼さん@ SOUNDSPAL 率いる Irico51 その他が出演されたライブ “CHAOS US” にいってきました。21:00 開演とのことでしたが、少し前に入ったときにはすでに演奏がはじまっていました。今回はどんなのをやるのかなぁと思っていたら、音楽上の師匠に対して世辞をいっても詮ないので本当のことを書きますが…なんつーかすっごくかっこいいじゃないですか! ドラムスとベースがきっちりかっちりと刻むリズムに繊細な差異を導入するサキソフォンやピアノのインプロヴィゼーション。欲をいえば、もっと広いフロアで聴きつつ踊りたかったなぁ、一曲 20 分は演ってもらって。SOUNDSPAL でもっと広いスペースを出しませんか? 採算は取れないでしょうけど…。

ところで僕の考えでは、インプロヴィゼーションであるからこそリズムが大切なのであって、その点を理解しないで単にだらだらノイズを垂れ流したりするのはよくないと思います。反対に、僕らが普段 TV 等で耳にする音楽もリズムがむちゃくちゃで、それはつまり比喩的にいえば風がすぅっと吹き抜けること自体が孕むリズム、そういう微細な揺れ動きをまるで考慮しない「なんかぽこぽこなってりゃそれでいいんだろ?」的に消費者を馬鹿にしきったものばかりであるように思えます。すみずみまで神経のいきわたった音が不意にばらばらとはじけ散ってしまう瞬間。僕は常にそういう音楽を、音を、出来事を求めているのです。

そういう観点から、今回の Irico51 のパフォーマンスは素晴らしかったと思いました。う?ん、僕も音楽をやりたいなぁ。というか、半年以上前から松浦亜弥のカヴァー・バンドをやりたいといっているのに誰も聞いちゃくれないんですよ。もちろん僕がヴォーカルで、曲調はグラインド・コア。いや、この話、以前にもこの日記に書いた気がしますね。しかし、実現するまで僕は何度でも書き続けますよ! 楽器を弾くことができる才能に恵まれてしまったのが運の尽きと諦めて、僕の周囲の楽器奏者は協力するように。

京王相模原線をめぐって

僕も京王線沿線にまつわる思い出話を。

僕が通っていた学校は、京王相模原線の南大沢というところにあって、最初の 2 年を学内の寮で、その後の 3 年をふた駅先の多摩センターというところで過ごしました。それほど長い間住むことになった京王線沿線というか大学の近辺ですが、最初の印象は「こんなところに住むことになってしまったのか」というものでした。受験会場の下見にでかけようと、宿泊先の三鷹(叔父さんの家があった)から JR と 京王井の頭線を経て向かった南大沢。窓外を見ればどんどん寂れ果てていき、見渡す限りの野原が広がる風景に出会して絶望的な気持ちになったりもしたものでした(青葉台近辺のことですね。いまは開発が進んでそうでもないのかもしれませんが)。田舎から東京に出るとあっては、やっぱりそれなりに過大なイメージを抱いて張り切るものですから。

とはいえ、もとよりやる気を以て物事に当たるタイプの性格ではなかったので、程なくして、授業にはまったく出席せずにひねもすサークルの部室でだらだらするか図書館で本を読む生活にひたるようになりました。そういうふうに怠惰にというよりもむしろ茫洋として暮らすには南大沢というところは最高の環境で、遊ぶところなどどこにもなかったし(駅前のカラオケぐらい)、昼間、そこらを自転車で散策しているとあまりの閑散ぶりの清潔さに身が引き締まる思いがして、いろんなことを「そんなことはどうでもいいじゃないか」とすっきりくっきり考えることができたものです。

野猿街道沿いの DORAMA というレンタル・ヴィデオ店には古本や CD も置いてあって、まぁそういう店なのでゴミ本ばかりなのですが、しかし時にはデニス・クーパーの『フリスク』なんてとんでもない小説が落ちていたりしてそこそこ楽しめました。また、京王相模原線の終点である橋本に住んでいた友人がお隣の堀之内に越してからは、BOOK OFF や博蝶堂書店、ブックセンターいとう東中野本店へも足をのばすようになりました。というか、それらの書店を巡回した後に友人の部屋へ行き、買った本やその他のあれこれについての他愛のないおしゃべりに夜通し打ち興じたりするのが日課となりました。

僕は自分の無教養ぶりに毎日々々呆れ果てて暮らしているのですが、そんな僕に少しでもなにごとかに対する定見というものがあるとすれば、それは先に挙げた書店で出会った書籍たちによるもので、「僕らは BOOK OFF の 100 円コーナーで教養を培った最初の世代だ」と愚にもつかない冗談をいってみたりもしたものでした。「最初の世代」かどうかはともかくとして、実際僕の知識なんてその通りに安いものです。

2 年経つと寮を放逐されてしまうので新たな住処を多摩センターに定めました。その頃には京王相模原線沿線の澱んだ清潔さに我慢ならなくなっていたので、吉祥寺か下北沢に住みたいなぁと思い部屋を探したりもしたのですが、家賃が高いのでそれは無理だったし第一そんなところに住んでしまうと、ただでさえ授業に出ないのに学校にすらいかないという事態になってしまうだろう、奨学金だけが頼りの身の上ゆえ留年することは許されないので、とりあえず学校に近いところに住んでおこうという判断だったのですが、当然のように授業には出ずに本を読んでばかりの日常が続くのでした。

朝起きると近所の西海ラーメンというとてもおいしいラーメン屋で 480 円のラーメンを食べ、ジョージアのエメラルドマウンテン・ブレンドをぐびぐび飲みながら住宅街を通り抜け、やけに設備の整った市立豊ヶ岡図書館でめぼしい本を物色し、その裏手の獣道のようなところを降りたところにある公園で放し飼い(?)の鶏と互いに威嚇しあったりしつつ本を読むのでした。またある時は、朝起きてイトーヨーカドーの向かいのマックでフィレオフィッシュ・セットを買い、もぐもぐ食べながらパルテノン多摩の階段を登り、裏手にある公園で僕と同じように茫洋と生きているひとたちに無言で連帯の挨拶を送りながらベンチに腰かけ本を読むのでした。

ところで、京王相模原線沿線のその他の駅について僕はあまり知りません。永山には健康ランドがあって暇なときには友人たちと賭けボーリングに興じ、稲城にはそのうちのひとりの友人が住んでいたので 2,3 度いったことがありますが、その程度なのです。だから、この文章はいまや当初の思惑を大きく外れて南大沢?堀之内?多摩センターという局地についてのお話になってしまっています。

しかしその多摩センターにもとうとう我慢ならなくなって、僕は部屋に帰らずに総武線の平井という町に入り浸るようになりました。そこでは、朝起きると同居人を駅まで見送り、e駅前のパン屋で買ったネギパンをじゃりじゃり食べつつ方々に寝そべっている犬や猫をからかったりしながら歩き、荒川の河川敷でやはり本を読むのでした。試験期間ということで学校にいかなければならないので多摩に帰ると、放置していたので当然なのですが、電気もガスも水道も機能しないのです。そこで、その単位を落とすと卒業できなくなってしまうという国際法の教科書(とんでもなく分厚い)を蝋燭の灯りで必死に読みました。

久しぶりの多摩は相変わらず薄ら明るくて、軽いめまいを起こしながらそれを楽しんでいました。とはいえ僕の心はすでに荒川河川敷の薄ら寒さのほうに移ってしまっていたので、試験が終わると平井へと帰るのでした。そこには、多摩センターにはなかったおいしいコーヒーとフレンチトーストを出す店があったし、毎日遊び合っているかわいい猫たちがいたからです。その猫たちを写真におさめることができなかったことが残念でなりません。

その後、まともに働くのが面倒なので BOOK OFF やレンタル・ヴィデオ店でアルバイトをしているうちにいろいろあって生活が立ち行かなくなったので実家に帰りました。それからまたいろいろあっていまこうしてこんな文章を書いて暇をつぶしているわけですが、どこでこのサイトを知ったのか、例の堀之内に住んでいた友人からメールが届きました。曰く ネットを5時間ほどやり、テレビを見て、ゲームをし、読書をし、数時間の散歩をし、たまには多摩に行ってあのドラッグのような風物を愛でたり、巷のおっさんや可哀想な人を観察したり、といった具合に、基本的に一人で呆然と過ごしているね、と。

彼がどう思っていたのか知らないけれど、学生時代を過ごしたあの多摩の絶望を僕は心から愛していました。あんなに心地のよい時期は二度と訪れることはないでしょう。

© 2020 栗林健太郎

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