まぁなんというか、先行きが不安な感じですね。

すでに「情報」の授業を実施しているという神奈川県立大岡高校では、キーボード操作からはじまり、暑中見舞いはがきやポスターの作成、インターネットを活用した情報の検索に習熟するようカリキュラムを組んでおり、一方、神奈川大学附属中・高校においては、それら一般的な技術を身につけた後、ウェブサイト・コンテストへの出品を生徒にすすめているということです。

まぁそのこと自体はおおいに結構なことだと思います。しかし、やっぱり気になることが…。

家庭にパソコンがあれば生徒の習熟度も高くなり、個人差がつきやすい。従来の教科ではあまり起きないことであり、家庭の経済事情が成績に影響する可能性も出てくる。

上に引用した見解について、神奈川大学附属中・高校の先生は コンテストに入賞してもその結果自体は、成績には一切反映させない。あくまで生徒の動機付けとして利用している と、大岡高校の先生は 課題を家に持ち帰ることは禁止。すべて授業時間内に完成させることを原則としている 家でやるのも自由だが、授業内で終わらない課題は出さない とこたえていますが、どうなんでしょう? いつまでもそういう方針でことを進めるわけにはいかなくなるのではないか。

さて中学(高校)に入学した子供のためにパソコンを購入しよう、となれば 10 ? 20 万円ほどの出費を要するわけで、それって平均的な経済状況にある家計にとってそんなに負担になるようなことでもないのでしょうか。少なくとも容易なことではないでしょう。となれば、学力を金で買うという状況が本格的に目に見えるものとして到来しつつあると考えることが、それほど妄想じみたことではなくなってきているように思えます。

といったからといって「情報」なる科目を新設することに僕が反対しているというわけではなくて、「教育」というものがこれからどのように位置づけられようとしているのか、先行きが不透明だなぁと思っているのです。10 ? 20 万円程度の機械を購入できない貧民は、相当の先天的な能力と努力を以てせねば低い成績に甘んじなければならない科目を新設しようとしている、つまり「国は教育にはできるだけ関与しませんよ。学力は金で買え」という方向へ進んでいるかのように見える(「ゆとり教育」もその一環でしょう)一方で、中央教育審議会は「愛国心」云々という経済とも学力ともまったく関係のない思いつきを推し進めようとしている、その辺の折り合いをどのあたりでつけようとしているのかなぁ。

個人的には、学力を金で買わねばならないような世の中は望ましいものであるとは思えないですが、いいたいのはそういうことではなくて、筋を通せ、ということです、あくまでも。