組織だった、中心点を設定した底の言述は全てその複数性によって裏をかかれる羽目となるはずで、そのあげく、彼には、性について語ることはほとんど無用とさえ見えるのだ。

『彼自身による ロラン・バルト』(佐藤信夫・訳、みすず書房・刊) より

不純異性交遊マニュアル 』 (宮台真司速水由紀子・共著、筑摩書房・刊)を読んだので、いつでも 不純異性交遊 する気まんまんです! どこからでもかかってこい、という感じ。

というのはもちろん嘘で、実際はやっぱりつまんなくて、30 ページほど読んで投げ出してしまいました。本当に退屈だなぁ。

世の中には、そこそこ楽しいことはいっぱいある。すると、性にコミットしないという風に、退却する奴が出て来ざるをえない。つまり回避する連中が出てくる。

不純異性交遊マニュアル 』 (宮台真司速水由紀子・共著、筑摩書房・刊) p.22 より

世の中には、そこそこ楽しいことはいっぱいある ってのは至極まっとうな見解だと思いますが、それなのになぜ すると とつなげてしまうのだろう? 楽しいことがたくさんあるなら、別にひとつのことにこだわることないじゃない。回避 とかいっちゃってさ。

あ、僕のことをいえば、セックス以外で汗をかいたことがないという生活ぶりですよ。ついでにいうと、親にもぶたれたことないし、箸より重いものなんて持ったことないです。あはは。

なんかむなしいね。