今日も一日つらいお仕事(ジャリ銭拾い)を終え、死にかけ人形の風体で家に帰ってみれば、母親が「友達が来てるよ」とかいいだすわけですよ。「つか、誰よ? 家に来るような友人などいないし、そもそもそんなものは必要ないのだ! クソッ」と思ったけれども、母親のニヤリという顔の印象から想像するに、どうせいつもの友人かなんかだろうなと思いつつ部屋のドアを開けると、そこにあややがいたのです。

松浦亜弥は、本棚の傍の机に腰掛け、立ちならぶ本を手に取り弄びながらいいました。

「おかえりなさい。けんちゃん」

うーむ。このような現実的かつ日常的な状況で松浦亜弥が僕の本を読んだり(色川武大を手にしている松浦さん!)、あまつさえ、夜な夜ないかがわしいことすらしてしまいもするマイ・デスクにすわっているという事実を受け止めるまでに、かなりの時間を要しました。おそらくは僕、ぽかんと大口を開けっ放しの間抜け面。弁当箱、数冊の本、買ってはみたもののおよそ読むとも思えない雑誌やらが入ったリュックがすとんと僕の横に落ち、その音は限りなく遠くに聞こえたのだけれども、松浦亜弥は目の前で例の「にーっ」ってな笑顔で以て僕を見ているのでした。

あややは僕のイメージ通りの笑顔で笑ってくれていたのですが、よくテレビでいうように実際はものすごく小さく見えて、その頭蓋はちょうど僕の握り拳ふたつ分くらいの大きさでしかなく、その小さく、ささやかで、つつましやかな空間に、僕が常に脳内にてくりかえし思い浮かべているあのあややの部品があるのを実際に目の当りにしたいまも、そのすっと消え入りそうな鼻、時折りひどく意地の悪そうな表情を垣間見せる目(僕は彼女の目がいちばん好きなのです)、至高の唇がいまここに現前していることを信じることができないまま、茫然と立ちつくしていました。

あややは立ち上がり、僕に席をすすめた。というよりもむしろ、もともと僕の机とイスであるわけだから、すくなくとも僕にすわる権利があるとも思えるわけでしたが、そこはアレ、「あ…」かなんかいいながらすわったはいいものの、僕は彼女とまだ会話をしていないことに気がつき、喉はカラカラに渇くし、彼女の姿をまともに見ることさえできないでいたのだけど、まあ、なんとなく落ち着いてきたよ。あややは僕の、このけんたろたんの部屋にいるのだ!

うれしい!

あややは僕の背後にすわると、自慢気にいうのです。

「あのね、パソコンの電源が入っていたから消しておいたよ。黒い画面でなんだかよくわからなかったから、スイッチをいろいろ触ってやっと切れたんだよ!!」

見れば Antipop があるノートサーバの電源が切れている。そうだね、僕とあややがこの世界で一緒にいることができるのならば、Antipop なんてものはいらないね。糞だよ、あんなものは! わけもわからないまま PHP で以て一銭にもならないゴミ・スクリプトをシコシコ書き続け、睡眠不足のまま会社に行くことなんて、まともな人間の生き方などでは断じてないのだ! ただひたすらに、あややとともに過ごしてニコニコしていればいい。そうだ! あやや! 最高! Lovin’ you…心から…。

あややは僕を膝枕して、頭をゆっくりとなんどもなでてくれるのでした。ああ。なんて幸せなんだろう。この喜びは世界の喜び。あややはこの世界を現に平和に導いているのだし、いまは無知蒙昧や家庭環境の不和やゆとり教育などといった不幸のせいで彼女の笑顔に気付くことのない全世界の男たちの罪もいつかは洗われることになるのだ、と思ってもみるけれど、そんなことはいまやどうでもよくて、僕は阿呆のようにうっとりするばかりだ。

その太股の感触 -時折ごつっと骨が触れたりするのもまたいいものだ- に酔いしれていたのだったが、つか、あれ? なんか僕、職場にいるしね。意味不明。

目の前にはモニタがあり Excel がいつものように表示されている。マクロの計算中だ(まあ、他人が書いたものを流用しているだけなのだが…)。上司の固いごつい手が僕の頭を鷲掴みしぐらぐら揺らしている。なんども呼びかける声が聞こえてきて…。ああ。なんてことだ…。あややがいない…。悲しい…。本当に…。氏んじゃいたいなあ…。

…ってな白昼夢を見つつ、今日もひねもすお仕事(ジャリ銭拾い)してました。仕事したくないです。今回ばかりはマジで。