猪川まことさん富山太佳夫さんの『文化と精読』という御本にあるという私は六八年世代に属しているという文句に対抗して一九七六年生派を結成することにしたとあっては、同じく一九七六年生であり、また 68 年がうんたらとかいうひとたちがキモくてしかたがない僕としては参加しないわけにはいくまい(富山太佳夫さんの御本は以前にあれこれ読んだことがあるのだけど、僕は『ダーウィンの世紀末』とかああいった文化史というか文化史批判というかそういったアレが好きだったけど、どこで読んだか忘れたけどなんかしらんが「自分はデコンとかやってっけど学生運動の時はあれこれあったし、そういう問題意識があるのだ!」みたいな唐突な(としか思えない)ことを書いたりしてて、そういうのはちょっとキモいと思った。しかし、高山宏さんの学生運動話はなぜか面白く思った(バリケードの内側で山口昌男『道化と民俗学』のコピーをまわし読みした、とか)。この話は『近代日本の批評 II 昭和編 [下] 』で浅田彰さんに嬉しそうに書いてるなんて揶揄されてたけど)。Button Maker for Japanese でバナーを作成済みであるとなってはなおのこと!!!

んでもって 1976 年っつーとなぜか強く思い出されるのはその年に村上龍さんの『限りなく透明に近いブルー』が発表されたということで、なんでそんなどうでもいいようなことを真っ先に思い出すのかというと、16, 17 歳の頃の僕は小説家になりたいと思ってたのですが、ふとしたことで件の小説がたまたま僕の生年に発表されたことを知り、夢見がちな少年としては当然「デビューした時にインタビューされたらどう答えようか?」とかゆってあれこれ考えるわけですが、なるほど僕は村上龍以降の存在なのだ! と「僕らは村上龍以降の現在を生きており、そういう現在に既成の文学の言葉は届かないのだ」とか答えよう!!! などと妄想していて、しかし当然のことながら読書量が少ないし、そもそも同時代の小説なんて読むわけもないので既成の文学にどういうものがあるかなんて知るはずもなく(その頃好きだったのは坂口安吾で、真似をして 4 時間睡眠で英語の勉強をしたりしてた)、端的にいうと若気の至りってな事態なのだけど、平野啓一郎さん(いっこ年長)がデビューしたあたりで僕が年若い存在としてデビューするのは無理っぽいということが判明したので諦めた、とかそういう経緯があったからで、しかしそんなことはどうでもよろしい。

情報の歴史』の 1976 年の項を繙いてみるとなかなかに面白い。日本の小説で大きく取り上げられている中に先に述べた村上龍と並んで光瀬龍百億の昼と千億の夜』があり、またこの年が辰年であることを考え合わせると因縁めいたものを感じるのだし、思想界に目を向けるとアメリカではリチャード・ジェンクスが『ポストモダンの建築言語』によって建築のみならずその後の言説に強く影響を与える「ポストモダン」なる標語を準備したのだし、一方フランスではジル・ドゥルーズ + フェリックス・ガタリが『リゾーム』を発表しており、工学方面で注目すべきはなんといってもジョブズ + ウォズニアックによる Apple – II のリリースであり、そんなことよりもむしろ 1976 年といえば、そう! セックス・ピストルズがデビューした年なのだ!! 押尾学(1978 年生まれ)が生まれて一番最初に発した言葉が “Rock’n’Roll Is Dead”なら、我々は “I am an antichrist! I am an anarchist!!!” だ!!! つまり 1976 年生まれの我々は、既成の文学以降でお釈迦様もキリストも百億年前も千億年後も渾然一体となったポストモダンかつリゾーム的に高度に情報化された世界の端緒で「戴冠せるアナーキスト」として生まれたのだ!!! 六八年世代なんつってさ、若気の至りでちと暴れてみますた、とかそんな話に過ぎないよ。1976 年の方がずっと重要。にも関わらず 1976 年を考察しようとしない「重力」は茶番だし、坪内祐三『 一九七二 – 「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』は 68 年なんてあっさり無視したのはいいが、惜しいかな 4 年遅れている。我々はいまこそ 1976 年うまれの者の義務として、この世界の始まり = 1976 年を語り始めねばならない。

というか、そういう問わず語りの昔話はウザいのでやめましょうね、というのがこの話の教訓です。