昼食とかで食べたものも記録しようかなと思ったりもしたけど、そんなんあとから見返しても全然おもしろくなかろうと思ってやめた。そういうのでない、意志のある食事については記録するけど。というか、昼食であってもなんでもあっても、その都度ちゃんと真剣な食事をしていくべきなのではないか?という気もするのだけど、なかなかそうもいかないものだ。

そもそも、真剣な食事とは何だろうか、ということも考える必要がある。新しい発見があるとか、お店側との料理を通じたコミュニケーションが円滑に進むとか、そういうことを、結果として実現できなかったとしても、少なくとも意志して食事に臨むことを「真剣さ」だと自分は考えているのだろうと思う。

中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)』を読み始める。面白いなーと読み進めているのだが、印欧語族ではない言語、たとえば自分にとって身近な日本語における態についてはどういうことになるのかな?ってのがずっと気になってる。そのうち語られるのかな。