株主総会の日。法律上、株主総会のオンラインのみの開催は不可なので、例年のようにセルリアンタワーで開催はするのだが、壇上には社長だけが上がり、他の役員はリモートからZoomで参加するという異例の形に(とはいえ、いろいろあってオフィスには出向いていたのだが)。事務局を中心にたくさんのひとがイレギュラーな事態に機敏に対応してくれたおかげで、無事に終わってほっとする。こういうこともあるし、ネットのみ開催もありに法律が変わっていくとよいなあ。

久々に外出したので、帰宅前に丸善ジュンク堂へ寄ってあれこれと本を買う。『統計的学習の基礎 ―データマイニング・推論・予測―』、『チャート式シリーズ 大学教養 微分積分 (チャート式・シリーズ)』、『アメリカ哲学史: 一七二〇年から二〇〇〇年まで』、『火星の旅人 ―パーシヴァル・ローエルと世紀転換期アメリカ思想史―』、『Distinction 2000』、『感染症は実在しない: 構造構成的感染症学』、『感染症と文明――共生への道 (岩波新書)』、『信号、記号、そして言語へ: コミュニケーションが紡ぐ意味の体系 (越境する認知科学 3)』、『選択と誘導の認知科学 (認知科学のススメ)』。その他、Kindleで『[第2版]Python機械学習プログラミング 達人データサイエンティストによる理論と実践 impress top gearシリーズ』、『新写真論: スマホと顔 ゲンロン叢書』、「ブルーピリオド」の5〜7巻を買う。

帰宅して、昨夜の餃子の残りで餃子スープを作る。その後、「ブルーピリオド」を読んで、さらに『感染症と文明――共生への道 (岩波新書)』を読む。感染症といえば、昨年の秋にレプトスピラ症にかかったのも感染症だったわけで、その時にもそのへんをもっと調べてみようと思っていたのだったが例によって忘れていたところこういう事態になって、あらためて見ていこうという気持ちになったのであった。

先日リモート飲み会で話したこと。テレカンが多くなってくると機材の良し悪しがアウトプットのクオリティに影響する度合いが高くなっていく。良し悪しといっても、3,000円もしないヘッドセット使えばいいぐらいなのだが。VRでは既に機材が空間におけるプレゼンスの格差に直接的につながっているし、むしろパソコンを介在してコミュニケーションをする時点で、機材なりアプリケーションの使いこなしなりによってアウトプットは左右されている。そういうのがわかりやすくなっていく。

一般化していえば、ひとのコミュニケーションが仲介層を通じて行われるものにますますなっていく中で、スペック的な面、道具を使いこなせるかどうかということがますます重要になっていく。将来的には、その層はエージェントどうしの自律的なやり取りになっていくだろう。そういうところに、生産性が高まったり、格差が広がったり、セキュリティ問題が起こったりなど、ともあれ、新たな良し悪しが多様に発生していくというのが、数年前倒しで今後どんどん増えていくのだろうと見込んでいるところ。

先日の鹿児島県版の新型コロナウィルス情報サイトを作った流れもあって、Code for JapanのSlackに入ってみたり。公共ということに対して、人々の関心が向いてきているのは、まずはよいことだろうと思う。2011年の大震災以降、そういうひとは増えていると思われるが、まずは社会的な水準で啓蒙主義的な活動に余力を振り向けるというのは、間違いなくいいことであろう。ただ、しかし……というのは先日書いたところだ。