明日、Kの友達が家にやってくるので、その準備のために買い物。丸善ジュンク堂書店をひと通り流した後、東急本店へ。スパークリング2本、白と赤を1本ずつ買おうというつもり。スパークリングは、グラン・クリュのクラマン村のシャンパーニュと、昨今アツいイギリスのスパークリング。白はマスカットベイリーAで醸したという珍しい日本ワインがあったので、試してみる。赤は、明日はそこまではたどりつかないだろうから完全に自分の趣味で、テンプラニーリョとガルナッチャのブレンドの2009年のビンテージという面白そうなものを買った。

お茶しながら『東京の自然史』の続きを読んでいたら、驚くべき記述があった。自分もふだん散歩をしていて、目黒川の両端、および、神田川が切り開いた目白と高田馬場の両端の崖が、非対称になっているのが不思議だとなんとなく思っていた。それがなぜなのかということについて、北側斜面は陽射しが弱いので霜柱がつきやすく、それが日中にとけることで削れていくというのを長年繰り返したせいで、南向きの斜面とは非対称になったのではという仮説。とても説得的だ。霜柱が、長年をかけてあの非対称を生み出したというのは、気の遠くなるような話である。

帰宅して、夕食を作る。今日は、豚肉と野菜の味噌炒め、きゅうりと赤紫蘇のつけもの、アサリの味噌汁。食べながら、NHKスペシャルで首都高のメンテナンスにまつわる特集を観る。首都高が作られた1964年のオリンピック前はまあしかたなかったと思うが、その後もスクラップ&ビルドするだけでメンテナンスに注意が払われることが少なかったのはよいことではなかった。その頃から10年ほどの間に作られたインフラは、「2025年の崖」などといわれてメンテが困難ということだが、作るだけでなくその後の維持、価値提供の継続こそが重要なのだという考えが広まるといいなあと思う。

手を動かすこと。結果ではなく、プロセス。手を動かし続けるという過程そのものを継続すること。そういうのが自分には必要なのだと思う。対象はなんでもいい。文章を書くのでもいいし、絵を描いたり写真を撮ったりすることでもいい。ともあれ、何かを制作し続けること。本を読みながら書き込みをするのだって制作だ。今回ホームページを刷新したのも、そういう制作の場を広げたいというのもあった。いまこうしているようにキーボードを叩くことも、写真を現像してまとめることも必要。それに、単純に脳の活性化のためにノートに手書きをするのもいい。これまで、書いた結果がどうなるかばかり考えて、手書きするプロセスをおろそかにしていた。毎朝、書くことを習慣にしたい。