93.4kg(前日比-0.4kg、開始時より-0.2kg)。Withings Body+を購入したので、これからは測ったけど忘れるということはなくなる(ちゃんと測ることを継続することは引き続き課題だが、それはだいじょうぶそうかな)。

昨日から始めた、起床直後の散歩を今日も行う(どうしても目覚ましがなってすぐには起きられず、2回ほどスヌーズを止めてからになってしまうのだが)。運動というよりは、単に外を歩くのが目的なので、カメラを持って出ることにした。そしたら、目覚めの散歩もできるし写真も撮れるし、一石二鳥である。というわけで、今日は新しいシリーズとして真上に見上げた時の樹々を用いてコンポジションを作るということを始めてみた。アイキャッチの写真と、以下のような感じ。

目一杯絞って平面的に撮る。
樹々の立体的な重なりも平面化。
細いちょろちょろした枝があると見栄えがする。

いつものように論文購読会からスタートし、いま取り組んでいる内容の技術的な意思決定の会を行ったり、論文のレビューのあたりをつけたりなどした後、この時間に行く必要のある用事があって外出。

以前作品を購入した神楽岡久美さんにご招待いただき、「ブレイク前夜 in 代官山ヒルサイドテラス」の初日の回に参加できることとなった。小山登美夫ギャラリーに所属している若手の作品展。いくつか面白いものがあり、欲しいと思えるものもある。有望な若手の中でも神楽岡さんの作品は、スタイルもインパクトも群を抜いていると感じた。彼女は、そこにも作品を展示しつつ、隣のギャラリースペースで個展をやっており、新作も展示している。少しお話したりなど。以前ほしいと思っていたけど買われてしまった作品と同じものがまた展示されていたのだが、目の前で「これ買うよ!」といって買われてしまった……!

久しぶりに松之助にも寄ってみる。チェリーパイなどをいただく。美味しいなあ。なぜか10月までパンケーキはやらないということで、それは残念だったなあ。さらに代官山蔦屋書店にも少し寄る。

今日から「しょうぶ学園展「ありのままがあるところ」」が開始されたということで、開催自体を知らなかったのだが、ちょうどいい時に訪ねることができた。昨年、鹿児島の学園の方にも出向いて非常な印象を覚えたのだったが、今回は作品のみ見るだけではあるものの、それでもすごくよかった。しょうぶ学園の作品は、作品に固有名が記載されることは少ない。しかしそれは、障害者によるアートとしてカテゴリに回収されてしまっているからではない。むしろ、制作という運動になること=無銘となるということの現れであろう。その制作という運動そのものとしての無銘の者たちとともにプロデュースするしょうぶ学園は、柳宗悦的な意味での民藝と呼ぶにふさわしい(これは先日行った「民藝展」との対比で強く感じた内容である)。

帰宅して、CTO協会のミーティング。Slack盛り上げ策みたいなことを担当しているのだが、どうしたらよいか手詰まりになってしまっていたのだが、K氏が前向きな案を提案されていて、自分ももっとちゃんと考えないとなあと反省……。

夜は、「ビジネスエスノグラフィ」の授業。途中のワークで、自らの無意識なバイアスの存在を鮮明に示されるという課題があり、かえって爽快な気持ちになる。バイアス外しは、文化人類学を学ぶことの楽しみのひとつであろう。本を読んでいていろいろと知っていたつもりになっても、実践の場においてはなかなかうまくメタ認知を働かせることができない。もっと他者の視点になりかわって物事をみる訓練を積まなければならないだろう。文化人類学を深堀りしてみたくなるなあ。

薦められていた『ジェンダーで学ぶ文化人類学』、『彼女の「正しい」名前とは何か ―第三世界フェミニズムの思想』とを買う。グローバルといいつつ、その実は欧米諸国内に限定された価値観に賛同することを前提にした多様性の包含というのは、それはそれでもちろん意義のないことではないが、そのようなリベラルさが、守るべき多様性をそもそも一定程度切り詰めてしまうということに、決して無自覚であってはならないだろう。そんなことを思ったりもしていたこともあり、とても興味のある話題だ。

その後、研究員M氏の論文の共著者としてレビュー。GoodNotes5にインポートしたのをiPadで読みながら、Apple Penで赤入れしていく。以前はpull requestに直接コメントをどんどんしていっていたのだが、まずはこのスタイルで読んでからコメントしていくというやり方に変えた。その方がいい気もする。ただ、今日は赤入れまでで、コメントするまでには至らず(日付もまたいでしまったので)。

朝撮った写真を8枚ほど現像して、感触を見る。露出が安定していないのをどうしたものかとは思うが、やりたいことは見えてきているように思える。