午前を終えて散歩していたら、研究についての考えの筋道が少し見えてきた。自分がこれまで考えてきたこととの接点ができた感じ。それでコンセプトメイキングはできつつあるので、具体的な問題に落としても文脈付ができるようになる。そこからどこにフォーカスするかということが問題なのだが、まずは一歩進めてよかったと思う。その後、Slackや研究会で議論したりもした。

夜、なんか疲れた感じがして、いろいろやろうと思っていたことをほっといて、『Linuxで動かしながら学ぶTCP/IPネットワーク入門』の続きを読む。次はcgroupあたりの資料を読んでいこう。

さらに、國分功一郎さんと東浩紀さんの対談「哲学にとって愚かさとはなにか――原子力と中動態をめぐって」を観る。東さんがいっていることにいろいろ共感することが多いなあと感じる。また、國分さんが良きサマリア人のたとえで、中動態的な行動こそが責任を取るということだといっていて、かなり腹落ちした。主体的であることが必ずしもいいことであるとは思わない。中動態的な構えこそが基本的に望ましい。しかし、その危うさは東さんが指摘している通り。しかし、國分さんの発言で、かなり納得。