2020年12月20日

午前は「高機能コンピュータネットワーク」、午後は「ソフトウェア設計論」。こちらも、年末に向かって収束してきた。前者は、ハンズオン資料に基づいて作業をして、確認した内容をレポートにしていくというもの。後者は、最終課題を解いて提出。前者の課題の準備等を少しやってみたのだが、最初ややハマったものの、準備ができればあとはすんなりいきそうな感じもする。後者については、宿題は全部出したので、あとは最終課題にしっかり取り組めば「優」を取れるだろう。

この「ソフトウェア設計論」という講義は、宿題が非常に多くてかなりしんどかったのだが、思い返せば力になったようにも思えるし、先生も学生に真摯に向き合ってるからこそだということが言葉の端々からも理解ができて、とてもよい授業だったなあ。正直、途中で「なんでこんなにたくさん宿題を出すのか……」とあきれたりもしたけど、そうやって大量の課題を継続的にやるということなどこれまでなかったのだし、そうやって勉強するのが初めてなので、よかったと思う。ライザップ的なのかもしれない。

昼ごはんを食べながら、「『筑豊のこどもたち』はいま “貧困のシンボル”の末に…」を観る。土門拳の『筑豊のこどもたち』で撮られた人々の今を追うというもの。途中でふいに現れた男性がいい話をたくさんしだして驚く。その男性が土門の写真集を差し出し、彼の母親が、ごく小さな子どもだった頃の彼や世話になったひとなどが写り込んでいるのを、それとわかるように書き込みをした部分を見せ始める。それを見て、非常に感極まる思いを覚えた。写真というものに対して、このように手に触れ、書き込み、きっと撫でたりもしたのだろう、そういう写真の使用。過酷な状況を写す写真に対する、ノスタルジーと親密さの手つき。ジェフリー・バッチェン的な話にあまり興味を覚えていなかったのだが、こういうことなのであればよくわかるという気がする。

お茶しながら、沖森卓也『日本語全史』の続き。生まれ育った家庭では、ボキャブラリのレベルではほとんど方言を使わなかったので、成人して市役所に勤め始めてから、方言の語彙をいくらかは聞き憶えたということがあった。目上のひとにも使える二人称「ナン」は日本古語の「な」から、妻を意味する「トゥジ」は「刀自」からきてるのかななどと思う。そういう、古層を残す単語はあれこれありそうだ。機会があれば、見てみたいと思う。

夕食を作る。以前、Kがグリーンカレーを作った時に買ったトムヤムクンスープの素やココナッツミルクがあったので、それを使ってスープパスタ的なものを作った。食べ終わってから、パルメザンチーズを削ってたくさんいれたら、もっとよくなってたんじゃないかと思いつき、後悔する。夕食を作っている時にはいつもYouTube動画を流しているのだが、最近は藤井風さん。さらに、食べてる間も流す。

「ソフトウェア設計論」の最終課題に手を付ける。とりあえず、キリのいいところまで少しやって、あたりをつけておく。そんなに時間かからずにできそうな気もする。6〜8時間ぐらいか?と思っていたら、同期のひとが全部終わったとSlackに書き込んでおり、あまりの速さに驚く。できるひとは、ほんとにできが違うんだもんなあ。まあ、じっくりやっていくしかない。

それを終えて、瀬川昌久・蓮實重彦『アメリカから遠く離れて』を読み続け、読了。自分も、40〜50年後にこういう話をできるような老人になっていたいものだなあ(もう無理だが)。また、知識人の回想ということでいうと、たとえば「ゲンロン Vol.4」の浅田彰さんインタビューは、もちろん圧倒的ではあるものの、書かれている内容で全然きいたこともないような話題というのがあるわけではないよなあなどということも思う。一方でこの本の話は、まったく隔絶した体験についてのおしゃべりという感じがする。時代の違いがあるにしても。

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