2021年1月31日

午前は、昨日に引き続き「遠隔教育システム工学」。前半は普通に講義があり、後半はグループワーク。昨日締切のレポートについて、4人のグループでそれぞれ簡単に紹介して、改善案をもらうというワーク。あまりしきる感じのひとがいなさそうな時はしきるようにしているのだが、今日もしゃしゃり出て進行役になった。グループワークの成果物自体も評価対象になるということだったが、ともあれ無事に終わってまっとうなものになったのではないか。午後は「システム最適化」の講義なのだが、ただひたすら話が続くだけで、これなら普通に教科書読んで自習するのと変わらないので、ドロップアウトすることにした。そこに時間かけるより、研究を進めるほうがいい。

天気もいいので、カメラを携えて散歩。雲ひとつなく、太陽の光がとても強いのだが15時過ぎですでにやわらかい感じもあって、いい感じ。あまり考えることなく歩きながら適当に撮っていく。でもやっぱ、50mmって慣れないなあ。

お茶しながら、読みさしてあった『現代アートを殺さないために: ソフトな恐怖政治と表現の自由』を読了。確かにちょっと目に余る状況にあるよなあとは最近さすがに思うようにはなってきている。しかし、現代アートという営みに対する世間の認識が、そもそも本書のいうような認識とズレていることをなんとかしないと、どうしようもなかろうという気もする。ただまあ、アートそのものというよりは、そもそも自由に対する常識的な見解ですら相対的にまっとうな認識になってしまう事態に対して、当たり前のことをきっちり訴えていくということのほうが、まずは大事なんだろうと思う。

Clubhouseで社会人博士についてのルームを聴いていたら、家について荷物をおろしたり電気をつけたりしようとしていたタイミングで突然発言を求められ、あたふたしてしまった。なんで社会人で大学院に通おうと思ったのかモチベーションを話すという内容だったので、研究所の所長をやっているのだが自分はろくに論文を書いたこともなく、それではやっていけないと思ったので、みたいな話をした。実際その通りである。まあ、もうちょっといろいろ思うところはあったりするのだが、そのへんは学位を取れたら、いずれ明らかにすることはあるかもしれない。

撮った写真をLightroomにとりあえずつっこんで眺めていたら、玉ボケしたりぐじゃぐじゃにボケたりフレアが出たりしているところを拡大してみると面白いんじゃないかと思って、普通に撮ってそのまま出したものに対するバリエーションみたいなものをいくつか作ってみたりした。拡大した以外はなにもしていないのだが、面白くなり得る気もする。このシリーズを作ってもいいかもしれない。

生配信を聞き逃していた「ポスト《あいちトリエンナーレ》、ポスト《トランプの時代》の現代アート~小崎哲哉『現代アートを殺さないために』 」を、YouTubeのアーカイブで観る。浅田さんも小崎さんも、展示のレイヤではあれこれ意見はあるが、政治的には100%津田さんが正しいといっていて、その通りだと思う。さらに「興行」としても成功しているわけだから、何の文句があるのだろうかというところだろう。浅田さんが、アイデンティティポリティクスが被害妄想的なマジョリティに悪用されてしまっていることと、それとは逆にポリコレの行き過ぎの反作用について話していたが、それはその通りだと同意しつつ、やはり当たり前のことを当たり前にやることだろうなあと思う。

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