• 2021年3月5日

    いわゆる「ネタバレ」を恐れる傾向が、昔より大きくなってるように思える。昔はネタバレが勝手に飛び込んでくることはあまりなかったのだけど、いまは不意に出てき得るから、かつてより恐れが大きいのかもしれない。それを抑止するためにはネタバレをする動機をくじくしかなくて、そうなるとネタバレを流すことがほとんど犯罪のように語られることになる。制御不可なことへの対処としての反応。もはや、ネタバレによって実際に何が損なわれるかということは省みられることはなく、ネタにふれることそのものへの生理的な嫌悪感のような感じだ。

    SNSでもチャットでも、受け手にとっては制御不可能な構造が、便利であるとともに人々の不安を増大させ、過剰な排除言動の表明に駆り立てる。自分自身でもその過剰さを認識できず、問題であると反省することにもならない、むしろ正しさをすら自認させる構造は、いかにも昨今的なヘイトスピーチや炎上と同じようなことなのではないかとも思われる。かといって、特定の言明を行う人々の方に問題があるのではない。そのようなことに人々を駆り立てる構造の方に問題がある。知らず識らずの内に不安を煽られ、普段ではあり得ない過剰な言動にまで駆り立てられてしまうことが誰にでもあり得るのだということを自覚して、距離を取って構造を眺める時間が必要だろうと思う。

    サーベイを進めているのだが、問題をどこにフォーカスして文脈付けようかというところでまだ迷っている感じ。

    明日は、Kがこの半年ぐらい取り組んできたプロジェクトのクライマックスで、それに先立っての練習に付き合う。ふたりでリハーサルをしながら、改善点についてできるだけ率直にフィードバックした。

    夕食は、Kがこういうのを食べたいというのを事細かに指示してきたのを、その通りに作る。ややうまくできなかったところはあったが、まあまあなものができた。久しぶりに自分で作った気がする。作りながら、トモコスガさんの動画を観る。そんなこともあって、写真いじりをしたくなって、先日撮ったものをあれこれいじってみたり。最近は、画面の中に不意に現れるプンクトゥム的なテクスチャとコンポジションを探すことが多い。撮れば撮れてしまうどころか、作れば作れてしまう現代の画像作成プロセスにおいても、光学装置が生成した細部にはまだまだ汲み取りつくせない可能性が残っているはずで、裏返していえば、そのようなところにしかもはやフロンティアは存在しないのかもしれないとも思える。

    今週は仕事も授業も学会発表も頭を使うことが多くて疲れた感じがする。早めに寝る。