2021年3月9日

昨晩、1965年頃から現在まで、7歳から始まって7年ごとに定期的にインタビューをして人生を追ってきた人々についての番組を観た。ひとりの人生を長い時間軸で観られること自体が単純に面白いのだが、7歳の時にどうであったかで人生が決まるのかどうなのかみたいな話を扱っていたので、自分が7歳の頃はどうだったかを思い出したりした。7歳の頃は、ほとんど世界が未分化な感じで、あまり自他の区別もなかったような感じがするし、かなり幼稚な状態にあったと思う。だから、7歳の頃の感じといまとではずいぶん違うようにも思うけど、そうでもないのかもしれないなあなどと思ったりした。

それでついでに思い出したのだが、小学3年生の春休みに、家にあった子供用漢字辞典みたいなのをふと眺め始めて唐突に物事のなりたちや勉強することやテストの意味みたいなのがわかってきて、それからはある程度ちゃんと勉強したりテストで点が取れるようになったりしたということがあった。それまでは、勉強に関する内容で覚えていることはほとんどなくて、1年生か2年生の頃に、テストで100点とれなかったからといって父親に理由を詰められて、そんなこといわれても理由もわからないし意味もわからないからうまく答えられないでいたらきつく怒られたみたいなことぐらいしか憶えてない。

で、いまもなにか体系的に勉強するというよりは、とりあえず自分の中に情報をあふれるほど突っ込んでみてなんとなく方向性がつかめてきたところをとっかかりに理解を深めていくみたいなことをずっとやっていて、そういう意味では自分で思っているほどあんまり合理的なタイプでないんだろうなと思ったりした。ディテールを憶えられるほど記憶力がいいわけではないからなんとなく感覚だけで理解していて、でもそこそこ学習データが多いのでそんなに外してはいなくて方向はつかんでいるみたいな感じ。まあでも、そういうのって程度の差はあれ、普通そうなんじゃないかという気もするけど。

知り合いがFacebookに、新宿を時計の0時として土地の位置関係を把握していたという話を書いていて、非常に驚く。つまり、新宿を時計の上部に置く形になるから地図でいうと西を北にするような感じで、そんな認知のしかたがあると考えたこともなかったので驚いたのであった。それで自分の場合はどうかと思い返したのだが、地図を上から眺めているような認知をしている。いろんな形で観た地図を総合したようなものが頭の中にあってそれをマッピングして位置関係を把握しているわけだ。もちろん不確かなところはよくあって、地図を見返した時にある場所と別の場所とが同じ、あるいは離れた緯度・経度にあることに驚くことはよくある。ともあれ、そうやって頭の中に地図があってそれをそのまま上から眺めた感じで位置関係を把握するというの「ではない」メンタルモデルのあり方というのを想像したことがなかったので面白く思った。

あることで東京全域の地図を眺めていたら、その地図には道路だけが掲載されていて電車の路線がなくて、それだと街の位置関係がかなりつかみづらいということがあった。知っている大きめの道路の形からどの辺かというのがわかる部分もあるのだが、あまり馴染みのないところについてはわからない。電車の路線のマッピングされた地図が元になっていて、駅で地理が分節されているのだろうと思う。大学生の頃に東京に来た時に、駅によって地理に対するメンタルモデルが分節されるのを面白く思って、そういう内容の文章を書いたりしたことがあったのを思い出したりもした。ともかく、想像したこともないメンタルモデルが出てくると、自分のそれはどうなのか問い直すきっかけになるし、面白いという話。

ちょっと広い範囲であれこれまとめ直したり、新たに考えを進めたりしようと思って『プラットフォーム革命――経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか』を読み返している。その他、やっぱりビートボックス動画を少し観たり、「おちょやん」を観たりなどなど。

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