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2021年8月12日

昨日は変な時間に寝たりしていたのでなかなか寝付けず、その後の睡眠も浅い感じだった。10時頃起床。さっそく薬の効果が現れたのか、ここ1年ぐらいで最低の体重を記録した。2年近く前にレプトスピラ感染症で入院した時にはさらに体重が減ったのだが、それからすっかり元に戻って今に至ったのであった。それにしても、昨日だって普通に食べてはいたので、効き目が早いという感じがする(気のせいかもだけど)。

Kの手筈により設定された診察を受けに、近所の病院へ。ずいぶん繁盛している病院のようで、混んでいる。何やら予約システムのようなスマホアプリのユーザ登録をさせられたのだが、色々と不安になるような出来と、運用である(詳しく書くとアレなので書かないが)。採血を終えて会計を待ち始めるも、そこから20分ぐらい待たされて、やってることがなんかチグハグなんじゃないかという気持ちになる。

お茶しながら、Concurrent Data Processing in Elixir: Fast, Resilient Applications with OTP, GenStage, Flow, and Broadwayを読む。しばらく前からベータ版としてリリースされていたのがついに正式版になったとのことで、さっそく買って読み始めたのだった。今やってる研究のための実装に、この本で紹介されているBroadwayを使っているのだし、並行データ処理自体もテーマであるから、これは読まねばならぬ、というところ。さっそくChapter 1を読んだのだが、これはいい本だ。

渋谷へ。丸善ジュンク堂で小泉義之『災厄と性愛 ー 小泉義之政治論集成 I (小泉義之政治論集成 1)』、『闘争と統治 ― 小泉義之政治論集成 II (小泉義之政治論集成 2)』を購入。小泉義之さんの本は、ずいぶん前に『ドゥルーズの哲学 生命・自然・未来のために』(リンク先は講談社学術文庫だが、読んだのはオリジナルの講談社新書版)を読んで衝撃を受けたことを憶えている。生殖医療について、普通は何らかの線引きをどこかでしたがるのだが、それ自体が良い生と悪い生を分ける考えになってしまう。従って、生殖医療によって「怪物」ができたとしてもそれはそれでいいじゃないか、怪物で世界が満ち溢れたらいいみたいな話が書かれていて、衝撃を憶えたのであった(記憶違いかもしれないが、そんな感じに憶えている)。

BUNKAMURA ザ・ミュージアムで「マン・レイと女性たち」を観る。200点を超える圧巻の展示で、非常に見応えがある。マン・レイのよく知られた写真作品のみならず、パリの芸術家たちの華やかな交際を伝えるスナップやポートレートはもとより、晩年の手遊びのような粋な作品まで、マン・レイの人生を通じた活動ぶりを教えてくれる。一方で「女性たち」と銘打っているものの、マン・レイの活動における「女性たち」の役割はあくまでも「ミューズ」的なものとして表象されるにとどまっており、さすがに今時なんらの批評性もないそうしたキュレーションはなかろうと思われた。みたいな話をしつつ、ドゥ・マゴ・パリで夕食。NADiffで『マツタケ――不確定な時代を生きる術』を購入。

帰宅して、小泉本を読み始める。もっと激しい感じなのかと思いきや、前書きにもあるように、ちょっと「扇動」し得てはいないのではないかという感じはするなあ。さらに、Concurrent Data Processing in Elixirの続きを読む。

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