日記はScrapboxに移動しました。

2022年1月16日

寝る前に、ベッドで森下典子『好日日記―季節のように生きる』を読む。『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』の続編的な内容。こちらは、ある1年の季節の移り変わりを、お茶の稽古の様子とともに伝えてくれる。このように日々を暮らせたら素敵だと思うなあ。そういう感性を養うというのは、確かにある種の型にはまるということであって、そういうのを拒否し続けるのも大人気ないとも思える。ただ、そのために茶道が必須かというと、そういうわけでもないとは思うのだが。

睡眠の質が微妙に悪い。8時頃に目が覚めて、昨夜は本を読んでいたので4時前に寝たのだからもうちょっと寝ていたい感じで、しかし寝付けずに10時頃までごろごろした後、起床。さっそく論文の続きに取り掛かる。一区切りついた後、昨日のご飯の残りを使ってチャーハンを作って食べる。強い火力と中華鍋がほしい。

Kが観たいといって予約してくれた「ハウス・オブ・グッチ」を観に行く。ずいぶん人気があるようで、満席。それにしても、こういうブロックバスター的な映画館というのは不愉快だ。CMが長過ぎるし、いつ終わるかもわからないし、「映画泥棒」は鬱陶しい。次々にさわりが紹介される映画は、どれもこれもつまらなさそうなものばかりだというのも、不愉快さに拍車をかける。狭苦しいのはプレミア席を取れば解決できるのだが、今回は埋まっていて取れなかった。

肝心の映画の方は、もちろんグッチ家の話ということでトピックとしては申し分ないし、キャストは豪華だし、世界観や衣装もゴージャスだし、引き込まれるところが多い。しかし、わざわざ練習してまで仕立てたらしいイタリア語訛りの英語は、不自然過ぎて耳障りで、かなりしんどくて、後半は早く終わらないかなという気持ちだった。自分でもこうなんだから、英語ネイティブの人々はもっとそうなんじゃないのだろうか。しかし、そういうものとして受け入れ可能だからこうして映画になっているわけだしなあ。不思議である。

モンベルで野点セットを見てみたが、ちょっとこれに1万払うのは惜しいなと思って、見送り。お茶しながら『茶の湯の歴史』の続き。帰宅して、ありあわせで夕食を作って食べる。豚肉と根菜(蓮根、山芋)の煮物。食べながら、「ゆる言語学ラジオ」の「た」の回を観る。今回も濃い内容だなあ。日本酒を飲んだこともあって、眠くなってきて2時間ほど仮眠。

修論の続き。17日にまず先生に見せるといってあったので、今日中に見せられる状況まで持っていかねばということで、続きをやる。2時間ほど取り組んで、なんとかやろいうと思っていた最低限のところまでは終わり。文章がガタガタな気がするが、その辺はまた後で見返そう。

Leave a Reply

Your email address will not be published.