日記は栗林健太郎のScrapboxに移動しました。

2022年1月27日

睡眠の質が悪い。寝つきも良くなかったし、途中何度も少し目が覚めたりした。9時半過ぎに起きて、昨日届いたお茶を開けて点てる。ボリューミーな葉っぱの味。その後、朝30分の研究タイム。サーベイの続き。そろそろ自分の研究計画にフォーカスしていかないとと思いつつ、もうちょっと調べてから、という気持ちに。どこかでケリをつけないとならないのだが。その後、社長との1 on 1他、ミーティングなど。

昼から、研究所のメンバーの公聴会に参加した。オミクロンの流行もあり、オンラインで。オフラインだと参加が難しかっただろうから、これはこれで見る方としてはありがたい。しっかり準備しているのが感じられる立派な発表で、内容も面白い。先生方からの評価も高く、よかった。また、自分としては、研究所での活動が内容の向上に活かされていると感じられたのもうれしく思った。公聴会に出たのは、これで2回目。これから、自分のも含めてちょくちょく参加できることを期待している。

その後、研究会やミーティングなどで終わり。昨夜の眠りの浅さのせいか、疲れてきたので少し寝る。というつもりが2時間以上寝てしまっていた。

夕食をとったのち、筒井紘一『南方録(覚書・滅後) (現代語でさらりと読む茶の古典)』の解説を読む。慎重な書きぶりではあるものの、立花実山の創作であるとはっきり書いている。それは当然としても、じゃあなんでそんな創作をしたのかというのがわからない。こと細かに言行や作法を書き込んでいて、何か元ネタがあったのかもしれないがそれは明らかではないし、そもそも目的もわからない。ずいぶん文芸的な才のあった人だったようだが、野心が勝って偽書をでっち上げてでもやりたいことがあったりした、ちょっとヤバい人だったのではという想像をしたりした(死に方も不審だし)。

RFAをやる。今日はスクワットをやらざるを得ない状況が多くて、けっこうしんどい。しかし、明らかに回数も質も向上しているのが見てとれる。まだ5日目なのだが、目に見えて良くなっているのはいいことだなあ。

ふと思い出して、この業界に来るまでに10年ぐらい遠回りしていたことについて、しかしそれを10年早めることは自分のタイミング的に無理だったわけで、そういう「時機を得る」しかないことというのはあるものだと思ったりした。そのせいで定型発達的な人生からすると10年遅れなのだが、まあしかたない。そんなことを書いていて、それよりもむしろ「定型発達的な人生」というフレーズはいいものを思いついたなあと、面白く思ったりした。「標準的な」「人生設計」の、いかにも定型発達者的な無意識のイノセントぶりをよく示すフレーズである。

と書いていて、やっぱり性格が悪い、というか意地が悪いと思うのであった。

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