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2022年2月13日

朝、10時頃起床。早めに一通り流れを復習しておこうと、『一度読んだら絶対に忘れない日本史の教科書』の続きを読み進める。やっぱり年号が書かれないのは、意図的なものであるとはいえ、ある程度学んだものからすると不都合だと思いはするものの、まずは流れを思い出すための読書なのでしかたない。この本は、現役の高校教師が書いていることもあり、昨今の教科書の流れを押さえつつ、図解も多く用いてわかりやすく説明されていると思う。

昼は大学院のゼミ。先生に、あらためて修論発表と進学試験についての講評をいただく。審査員の先生方からいただいたコメントは、それぞれに研究の補強にとってありがたい指摘ばかりなので、きちんと受け止めて発展させていきたいものだ。ゼミ生の発表を聞いていて、できるだけコメントをしていく。しかし、ついつい研究所での感じでやってしまうと越権的だという気もするので、遠慮がちになってしまうのではあるが。

Kの姪っ子の誕生会のため、K実家へ。蟹鍋をいただく。見たこともないような大きな足の蟹で、驚く。食事を終えた後、みんなで「鎌倉殿の13人」を観る。今日は、石橋山の戦いで大敗した頼朝がなんとか安房国へ落ち延び、弱気になっていたところを北条義時の叱咤激励によりやる気を取り戻すところまで。ところで、Kに「なんで安房国というのか」と問われて、由来を知らずに答えられなかった。Wikipediaによると、こういうことだという。

阿波国において穀物や麻を栽培していた天富命は、東国により良い土地を求め阿波の忌部氏らを率いて黒潮に乗り、房総半島南端の布良の浜に上陸し開拓を進めた。そして阿波の忌部氏の住んだ所は、「阿波」の名をとって「安房」と呼ばれたという。

安房国 – Wikipedia

K実家を辞した後、お茶しながら日本史本の続きを読み、読了。続いて、先日購入した本へ読み進める。さらに「アステイオン95」の続きを読み、読了。五百旗頭真氏による論考に、大きな感銘を覚える。日本の国際的な戦略の根幹について、白村江の戦い敗戦ののちの中大兄皇子による体制固めに端を発する攻めず・攻められずという筋を通さなかった時に日本は失敗しているという大きな見取り図を描きつつ、現代に至るまでの外交史を素描し、現代へ繋げている。こういう視座に基づく論考をもっと読んでいきたいものだと思う。「アステイオン」は面白い論稿が多いので、継続的に読んでいくことにしようと思う。

情報科学やソフトウェアエンジニアリングについての専門性を広く、深くしていきつつも、もっと大所高所からの社会に対する視座というものも身につけていかないとなあと思っているところ。これまで雑多に学んできたことを、アウトプットすることにフォーカスを移していきながら、微力ながらも社会にインパクトをもたらせるような言動を行なっていきたいものだと思う。

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