日記は栗林健太郎のScrapboxに移動しました。

2022年3月31日

朝起きて、DAOs – The New Coordination Frontierという、DAOについての浩瀚なサーベイに目を通すところから。昨日読んだHow to DAOという本でも大いに参照されていたもの。金融取引のような情報処理的なことには向くだろうけど、純粋なDAOという意味では、適応範囲はそこまで広くはないように思われる。オフラインでの活動をなんらかの形で評価してブロックチェーンに書き込むこと自体には、centralizedな不透明性をなくすことはできなかろう。それでも、できる範囲で意思決定の透明性を担保することはできることには意味があろう。

ひたすら1 on 1をする1日。自分と社長のも間に挟まる。ここのところいろいろと考えるところもあり、あれこれと話す。自分のも含めて6人連続で話をしていると疲れてくる。自分のこれからの課題について思いを馳せていると、ちょっと本腰入れてしっかりやっていかないとなあという気の重さも出てきたりもした。それで、用事もあったりもするし、ちょっと暇をもらって散歩することにした。

蹴上まで地下鉄で行き、南禅寺への参道入口にある「うつわや あ花音」へ向かう。せっかくなので、インクラインの桜並木を眺めがら、線路の上を歩く。人々が参集しており、思い思いに写真などを撮っている。店についてみたら、茶箱の特集展示なのだという。大好きな作家の藤田佳三さんのインスタで、茶入れを出すというのをみたので、一つ求めるために伺ったのであった。もうだいぶ売れてしまったとのことで、最後に残ったいくつかから安南手のものを購入。めちゃくちゃかわいい。先日、「増補双級巴 石川五右衛門」を観たことだし南禅寺にも寄るかと思ったが、例によって門のところまで行って、まあいいかと引き返す(京都にいた頃は、ここから哲学の道方面へよく散歩したものだ)。

四条駅まで戻って、お茶しながら奥山景布子『圓朝』の続きを読む。滅法面白い。さらに、ロッキングチェアーによって、本読みの続き。シガーはZino Nicaragua Robusto、飲み物はポートワインとアンリ・ジローのラタフィア・ド・シャンパーニュ。Kに連絡すると、仕事の人々と食事をするというので、近くの「ユララ」によって夕食。ラオス料理のお店。2回目の訪問だが、やっぱり美味しい。東京にこういう店がほしいなあ。食べながら『圓朝』を読了。そんなことをしていると、ちょっと重かった気分も幾分かは晴れてきて、前向きな感じになった。

京都にも拠点を持ちたいと思ったりもするが、別にずっといたいわけでもないので、いまぐらいがいいのかも。というか、そんなことができるわけでもないので、自分がどう思うかは関係ない話ではあるのだが。ともあれ、もはや京都に行くのは旅行という感じでもなく、食事をしにくるだけだし。そんなことを思いながらホテルに戻って、河竹登志夫『作者の家〈第1部〉―黙阿弥以後の人びと』を読み始める。『圓朝』にも黙阿弥は出てきて、印象深い描かれ方がされている。

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