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2022年4月6日

朝起きて、30分の研究タイムでは、研究所のブログに掲載するために、近況を報告する記事を書いた(「修士(情報科学)の学位を授与されました+博士後期課程へ進学します – ペパボ研究所ブログ」)。Centeredでフローに入ってサクッと。その後、面接やらミーティングやらで、ずっと夜まで。少し合間があったので、またCenteredを使って、湧いてきたタスクをバシバシ片付けていく。積まれているタスクの数をできるだけ小さくするために、その場でできることはすぐに集中して終わらせていく。

メタバースプラットフォームを開発しているClusterの創業者である加藤直人氏による書籍『メタバース さよならアトムの時代』の続きを読み、読了。いろいろな事例や、今後の社会にとってメタバースがもたらすこと、提言などもよいのだが、自分にとってはメタバースがそうであるところの必要十分条件を構成する最後のピースとして「自己組織化」について明示していたのが慧眼であると思った(本書は、自己組織化こそが本質としつこいぐらい繰り返している)。

VRについては、「三次元の空間性」、「実時間の相互作用性」、「自己投射性」だとか、AIPキューブ(Autonomy、Interaction、Presense)だとかの整理がある。本書では、それらを踏まえつつ「身体性」についてもメタバースの重要な要素としている。しかし、それだけならばVRにだってあるわけで、メタバース固有のことではないと思う。メタバースがVRやゲームなどを包含しながらも、ただそれと同じではないのは、本書が言う通り「自己組織化」があることによる。他の書籍で「社会性」をそうした違いとしてあげてるものがあった記憶があるが、社会性ならVRやゲームにだってあるだろう。

さらには、自分の解釈だと、そうした自己組織化の一つの事例として経済システムの発生と展開が挙げられるだろうと思うのだが、本書ではそれを「クリエイターエコノミー」というレイヤーに見ており、メタバースならではの固有性をそこにつなげていくというのもまた、著者の独自の視点である。少なくとも、自分はそういう解説を見たことがない。その点でも、非常に面白い。自分にとっては、メタバースというものの本質的な構造についての理解をアップデートしてくれたという意味で、読む価値のある本であった。

夕食をとりながら、NHKプラスで「100 de 名著」を観る。ウクライナの戦争に関連してか、ロジェ・カイヨワの『戦争論』についての4話が再放送になっているのをリストに見つけたからである。カイヨワは、戦争を人類史的に位置付ける。いわく、聖なる余剰としての祭りなどと戦争は同じなのであると。それはその通りのところもあると思う一方で、そうなると結局「じゃあ、しかたがないよね」という話になってしまう。でも、実際は人間というかそもそも生物というのは、もっと本能的=合理的な社会性により戦争を回避するということをしてきたわけで、実際にはそちらの方が日常への影響は大きい。いいたいことはわかるけど、過剰な議論だと思う。

さらに続けて「ブラタモリ」。今日は浅野さんが最後の日ということで、構造線の総集編。これまで見てきたものの復習。あらためて、ダイナミックで面白い。

そんなことをしていると日付が変わるぐらいの時間になっており、だいぶ疲れてきて、今日も研究は進まず。そして、アイディアはあれこれ出てくるが、それをまとめる時間を取れないままに、書くべきことだけが溜まっていく。どんどんやっつけていかないと。

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