2022年4月24日

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昨晩も、なんだかんだWeb3まわりのことをやっているうちに時間が経ってしまって、3時過ぎまで。今日は、出かける用事があるので9時過ぎには起きて、準備をする。歌舞伎座へ、四月大歌舞伎。今日は第一部「天一坊大岡政談」。

幕開け、花道から出てくる女方の役者さんが素晴らしく通る美しい声で語るのに、のっけから目を見開かされる。坂東新悟、彌十郎の息子。ずいぶん身長が高い。法鐸(のちの天一坊)をつとめる猿之助が出てきてからは独壇場。愛之助演じる山内伊賀亮を味方に引き入れるシーンまでは盛り上がって見ていたものの、尾上松緑がつとめる大岡越前守との問答のシーンあたりからやや睡魔が襲ってくる。

それでうつらうつらしていたのだが、使いが戻らず今にも切腹というシーンで、浄瑠璃が背後から盛り上げまくる。語りも三味線も、音数が多いのではないのだが、やたらテンションが高くて驚くほど。舞台では、白装束で今にも自害しようというテンションなのと対照的で、その落差がドラマを作り上げる。その勢いにパッと目が覚めて、見入ってしまう。隣のおじさんも、うつらうつらしてたけど、起きて見入っている。最後は大岡裁きでちゃんちゃん。松緑さんが立派。

銀座ライオンでビールを飲みつつ、オムハヤシライスで昼食。その後、同僚にProof of X – NFT as New Media ArtというNFTアートの展覧会があると教えられて、末広町へ。まずお茶しながら『勘九郎とはずがたり』の続きを読み、読了。抜群に面白い藝談。さらに、YouTubeで勘三郎動画を観る。「誰でもピカソ」で、歌舞伎座案内をした回がとても貴重だった。

そこから歩いてすぐの3331 Arts Chiyodaへ行って、展覧会。IoTとAlifeとの組み合わせで、人工生命が子供を作っていくのをNFTで表現するみたいな取り組みなど、面白いものもあった。全体的には、NFTの意義を問うような、NFTの技術的・社会的なレイヤーそのものに関心を向けるものが多いように思われた。アートとしては、まだまだこれからというところだなあという気もした。DAOのようなものの方が、よっぽど参加型アートなり、ラディカント(ニコラ・ブリオー)的な動きとしても面白いんじゃないかとも思う。

それはそれとして、会場でいただいた冊子に掲載されている論考が面白い。以前から気になっていた、湯島のもうちょっと先のお店でお茶しながら読む。一つは、NFTアートを現代アートとメディアアートの文脈に位置づけるというもの。現代アートの文脈はもとより、テクノロジー面の言説も最新のものまでまとめ上げていて、すごい書き手がいるものだと驚く。その次の、ジェネラティブアートについての論考も面白い。

帰宅して、夕食をとりながら「鎌倉殿の13人」。今回は、義経の才能が遺憾なく発揮される回。木曾義仲といえば、自分の世代では、戦にはめっぽう強かったが田舎侍集団で京都を荒らして回り、それに困り果てた法皇が義経に討伐を命じたという感じで、悪者的な感じで教えられた記憶があるが、このドラマではそれよりはだいぶ中立的に描いている。ドラマの後にも、滋賀の義仲寺に芭蕉が何度も出向き、義仲の墓の隣に自分の墓を置かせたという話が紹介されていたので、義仲が悪く描かれていたのは鎌倉幕府による濡れ衣だったということもあったのかもしれない。

さらに、17代勘三郎の特集動画をYouTubeで観る。18代勘三郎が「天才」と認めるこの人は、どれほどすごかったのだろうかと思う。

それにしても一日中眠かったので、今日は早めに寝よう。

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