日記はScrapboxに移動しました。

2022年5月3日

朝10時過ぎに起きる。しばらくごろごろしていたが、起き出して昨晩の続きのコード書き。ひととおり書いて動かしてみると、別のところで期待通りに動かなくてげんなりするが、一歩ずつやっていけば解決できるはずなので、とりあえず落ち着いて考えようということにする。それはそうと、ここ1週間、たまにおでこの真ん中あたりがピクピクすることがあって、ストレスかなんかなんだろうと思う。ストレッサーはもちろん、論文の締め切りである。

今日はKの父母が、この住居に初めてやってくるのであった。引っ越してきてからちょうど3年ほど経過したところであるが、コロナ禍でもあったため、機会を作れなかったのであった。しかし、狭い部屋であまり面白みもない空間だ。ただ、景色だけはわりといい。けっこう奇跡的な立地である。昼食をとりながら、3時間ほどおしゃべり。昔のことなどをいろいろ聴くのが面白い。

しばらく前から、頭髪を1mmまで刈り込むことにして、毎週1回はメンテすることでさっぱりした感じを維持するようにしているのだが、そうすると地味な感じにもなる気がして、以前かけていた太い黒縁の眼鏡をまたかけるようにしてみようと思って取り出した。普段かけている眼鏡ではそんなことはないのだが、近くのものが酷く見づらい。また慣れれば適応していくのかなあ。

義父母が帰った後、散歩へ出かける。お茶しつつ、『鎮魂譜: アリス狩りVII』の続きを読む。森毅、山口昌男との対談をそれぞれと、松岡正剛によるバーバラ・スタフォードの書評。対談は、それぞれ80年代、90年代後半に行われたものなのだが、ライプニッツについての話や、山口昌男の幅広い動きにあらためて刺激を受ける。もっとそんな感じでやっていきたいなあ。また、松岡正剛の書評は、むしろ昨今のWeb3をもっと広くて歴史的な視座から捉えると面白いんじゃないかという着想を得た。それで、Twitterに適当に書き殴ったりしてみた。

ワールドコンピュータによるアルスコンビナトリアのインキュベータの中で、コンポーザプルなものたちがラディカントな運動をしながら、人機一体のものたちによる奇怪な祝祭的離合集散がそこかしこで噴出する有様は、それをいいとかだめとか一口で評価しようのない面白みを湛えているのは確かだろう。

書店に寄ってみたら、電話を取るなり「死ねボケこら!」と大声で怒鳴り始めた男性がいて、その後に熱心に立ち読みしてる本が何かと見てみたら、ニック・ランドの『絶滅への渇望』で、ある種の趣を感じた。「IMA(イマ) Vol.37」と「東京かわら版 5月号」を購入。帰宅して、さっそく読み始める。

夕食に、福岡土産の「海鳴」のラーメンを作って食べる。NHKプラスで「「東京ブラックホールIII 1989-1990 魅惑と罪のバブルの宮殿」 」を観る。バブルそのものについてはあまり新規性のある内容ではないと思われたが、バブルの申し子みたいな女性に、当時を振り返ってもらうインタビューをしていたのが面白い。歳を重ねてなお魅力的な雰囲気のある方で、確かに「魔性の女」的な方だったのだろうと思われた。また、崩壊に至る相場戦で、アメリカの投資銀行がアービトラージしつつ売り攻勢を仕掛けてきたのに対して、そういう策を知らなかった日本の証券会社が負けたのだという話があったのだが、それがどれぐらい影響したのだろうかと思ったりもした。

2007年には「バブルへGO!」なんて映画が公開されて、長い不況の中であの頃を懐かしく振り返るみたいな動きがあったりもした。その1年後にはリーマン・ショックが起こってそれどころではなくなってしまったのだが。そして、それから15年経過した今では、もはやバブル入社組も定年退職が近いというぐらいの時間が経過していて、あの時代を羨んだりするような雰囲気ではなかろう。しかし、バブル後の日本を悪化させたのはその崩壊そのものではなく、長く続いたデフレであろう。バブル自体は良いことではないが、景気がいいのは良いことだろうと思う。

研究のためのコード書きの続き。朝うまくいかなかったことはとりあえず回避して、評価のためのコードを動かせる状態まで持っていけた。動かしてみると、期待していたほどではなかったが、話にならないというわけではない結果が出て、もっといい性能を出すアイディアはあるけど実装する時間がなさそうなので、今後の課題にしてとりあえず進めていこうと思う。

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *