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2022年6月7日

朝早く出て仙台へ向かうはずだったのだが、Kが体調に思わしくないところがあり、行くかどうかを迷う。仙台に行くのは三浦大地のライブのためなのだが、一度は止しておくといっていたものの、ライブ映像を観ながら「行きたかった」といって泣き始めたので、泣くぐらいなら行こうといって、リスクをとる意思決定を行った。それで予定より遅れて出かけることになり、「はやぶさ」に間に合わず。

東北新幹線に初めて乗ったのだが、座席は綺麗だし、グリーン車の椅子は大きくてリクライニング機能も充実しているし、なにやら先頭に高級な席もあるようで(覗こうとしたけど、監視カメラまでつけて無断立ち入りを禁止していた)、東海道新幹線がだいぶ見劣りするように感じられる。東海道の方は乗客も多いし、その手のことは難しいのだろうなあ。グリーン車も、そんなたいしていいものでもないし(あと、WEDGEが置かれているのが嫌だ)。

仙台について、駅弁を買ってホテルで食べる。いくつかミーティングをした後、少し散歩。あれこれ気になって、仕事の続き。

夜は、三浦大知のライブDAICHI MIURA LIVE TOUR 2019-2022 COLORLESSを観るために仙台サンプラザホールに行く。前から5列目あたりのど真ん中で、なんでこんな席が当たったのだろうかと訝るぐらいのいい席。ホールもそんなに広くないところなので、そんな席だとほとんどライブハウスのような距離感で、大知もダンサーもよく見える。Kは、隣の席に座っている、中学生ぐらいの女の子を連れている女性と、あれこれと話をしたりしていた。

「門前の小僧、習わぬ経を読む」状態で、自分自身で熱心に聞いていたわけではないが、ほとんどの曲を知っている。すぐそこで観るダンスは流石の迫力で、感嘆を覚える。飛び散る汗が照明でキラキラ光って、ライブという感じ。Kの付き合いで来たのではあるが、自分自身もおおいに楽しんだ。というか、三浦大知についてはFolderのデビュー時(1997年)からCDも買っていたのだから、自分の方が長年のファンなのだと謎のマウンティングをしたりした(小森田実の楽曲の素晴らしさ!)。

終わった後は、ホテル近くに戻って牛タン。ラストオーダーが30分後で、とりあえず目ぼしいものをひととおり注文して、ひたすら食べる。すごく美味いというほどではなかったので、もっと本場を感じられる店が他にあるはずだろうというところではあったが、楽しめた。その後、お茶しながら原稿の構成を考える。二つほど抱えている案件があり、どちらも遅らせてしまっているので、そろそろちゃんとやらないと。

表現活動を、たとえばメディアを通じたものと身体を通じたものという切り口で分けることができる。前者は、小説やプログラムなど。後者は、歌や踊りなど。他の言葉でいうと、非同期と同期でもあるし、表現を実行するランタイムがメディアにあるのか身体にあるのかの違いでもあるし、作者が主なのか行為者が主なのかの差異でもある。

表現における「稽古」という営みに昨今興味を深めている。メディア的な表現よりも、身体的な表現のほうが稽古と切り離せない。メディア的な表現には、基本的には繰り返しがない。身体的な表現にはルーティンがある。メディア的な表現を生業とする身としては、稽古的なあり方にも惹かれるところがある。

どっちがいいとかではないのだが、稽古的なルーティンを要するような表現活動にも触れて行く方がいいようにも思えて、それはたとえば茶の湯だったり舞踊だったりと、いろんな選択肢があるのだが、ともあれそういうことにも取り組む必要があるのではないかということを最近よく思ったりする。筋トレみたいなのも、効果としては似たようなことではあるのかもしれないけど。

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