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2022年7月19日

朝から集中して仕事に取り組んでいたら、夜にはストンと電池切れみたいになって疲れてしまった。

夕食後、『ゴールデンカムイ』の続きを読む。この漫画で一番感嘆を覚えたのは、時代と場所の設定である。アイヌを取り上げるのだとしても、何を打ち出したいのかによって、いくつか選択肢はあろう。そんな中で、明治末期を持ってきたのはほんとにすごい。アイヌはもとより、開拓者たち、軍人、北方の諸民族、ロシア人等、現在の日本では考えられないような多様なキャラクターを設定できる時代である。

この漫画を読んでいて、『100年前の写真で見る 世界の民族衣装』という本を読んだ時にも思ったことだが、あらためて世界から多様性がどんどん失われて久しい100年だったのだなあということを思う。現在、多様性というのは尊重されるべきこととして称揚されているが、それとこれとはどういう関係にあるのか。

いまいわれている多様性とは、個人の属性や思想のようなことだろうと思われる。一方で、失われていった多様性とは、多元的に存在する集団的なアイデンティティなのだろう。そして、そうした集団的アイデンティティは、むしろそうした個人的な多様性を抑圧することだと考えられることが多かろう。そういう面も確かにあるだろうし、理屈の上では両立だってできないわけでもないはずではある。そういう道は、現に可能なのだろうかということを思ったりした。

ストレッチしながら漫画の続き。

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