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livedoor Readerの英語版、Fastladderの発表によせて

他とはまったく隔絶した、圧倒的な最速ぶりを誇るフィードリーダであるlivedoor Readerの英語版が、かねての予告通り発表された。Fastladderという。CNET Japanによると

ライブドアによれば、Fastladderの「Fast」は大量のフィードを速く読めるようにという意味が込められており、「ladder」は短縮するとLivedoor Readerを表すLDRになることからサービス名に組み合わせたという。

livedoor Readerの英語版「Fastladder」、半年で10万ユーザー獲得を目指す – CNET Japan

とのことだ。素敵な名前だと思う。

2006年4月20日、livedoor Readerが発表された日を境に、我々を取り巻くWebの環境は大きく変わった。いまではもう、LDRがなかった頃に、自分がどうやって毎日を生きていたか、まるで思い出せないぐらいだ。「ネットで人生、変わりましたか?」とは、ITMediaの記者・岡田有花氏がその著書(ASIN:4797337370)で発する問いだが、ネットが人生を変えるのは、なにもヴェンチャー企業を起こしたり、画期的なサービスを作ったりするようなしんどいことによってばかりではない(この本を読んでいないので、それ以外のことも書かれているかもしれないが)。LDRを使うようになった者は、それ以前に比べて、少なくとも10倍の知識をウェブから得ることができる。日常的に、かつての自分におけるそれの10倍の知識を得続けて、なおも人生が寸毫も変わらない者など、この世界に存在しない。「ネットで人生、変わりましたか?」と問われれば、「livedoor Readerによって」と確信を持って、我々は答えるだろう。

一方、我々がこのように最速を享受していたこの1年と3ヶ月もの間、日本語を解しない人々は、情報に対してほとんど飢餓状態というべき状況に、放置され続けていた。ちょうど、2006年4月19日以前の我々のように。それは、飽食を貪っているいまこの時にも、世界では飢えにより尊い命が無情にも失われていることに対するのに酷似した無念を、我々LDRユーザに対して喚起していた。

どんなにわかりやすいナビゲーションでも、説明がいらないコンテンツでも、ページに日本語がいっぱいあると、彼らは帰る。リピートしない。
物凄く実感した。うん。

英語圏ユーザーに対して雑感 | fladdict

Even with some interesting features, however, international social networks generally don’t take off unless the groups are well-segregated, or the focal point is very visual (photo and video sharing, for instance). With Japanese characters still appearing in the English section, it seems that Asoboo will continue to attract mainly Japanese users, despite attempts to reach out to us English-speaking bloggers.

Asoboo Grows by Staying Private

どんなに優れたサービスを作っても、Taka氏の書く通り、彼らは見向きもしない。Mashableのエントリにより、その観察は確信に変わる。ハングル、中国語、アラビア語、その他有象無象の、解することのできない言語によって記述されたウェブサイトへこれまで取ってきた自らの行動を省みれば、それは容易に知れることなのだが。

この一年間ほど、ただ単に日本語を解しないというそれだけのことが、これほどまでに罪深い状況であったことはなかった。たまたま日本語を解することができる状況に生まれたことを、これほどまでにありがたいと思ったことはなかった。livedoor Readerは、その最速ぶりにより世界を拡げたが、また、罪作りでもあった。世界に飢餓状態をもたらしたことにおいて。また、これまで普通に生きていればあり得なかった、日本語を解しない星の下に生まれた運命それ自体を罪としたことにおいて。

livedoor Readerの英語版Fastladderの登場は、そういう意味で非常に画期的な事件だ。いまや世界は、多少の英語を解しさえすれば、日本語などまったく知らなくとも、最速を手にすることができる。我々は、TechcrunchRead/WriteWebMashable!といったウェブサイトたちや、diggに群がるギークたちが、livedoor Readerも知らずにウェブについて語る度し難い滑稽ぶりを、もう哀れむ必要はない。

映画・音楽・文学のように不可欠なもの、あるいは Web の新作を心待ちにすること

たとえば蒼井優さん。

「高校3年のときに宝塚を受けたんですけれど、試験日が舞台の本番と重なって」断念。そして「この仕事をするまで見た映画は『ドラえもん』だけでした。岩井(俊二)さんの作品(リリィ・シュシュのすべて)が最初だったので、自然と映画の話が続いて…」と笑う。

なんという才能。蒼井優さんが画面の中で動いているというそのことだけで、涙が溢れてとまらないわけだし。蒼井優さんの新作は、常に、激しく待たれている。
はたまた菊地成孔さん。

「結論から言うと、冨永監督の最初の脚本と同じで、作り過ぎたわけね、音楽を。」(菊地成孔談)
「結論から言うと、このアルバムには作り過ぎたものすべてが、映画のプロットを無視して収録されているわけです。」(担当ディレクター談)

あんなに素敵な音楽を、あたかもはき捨てるかのように「作り過ぎ」てしまうこと。この世に流れる時間を、音楽で満たさねば気が済まないというかのように。菊地成孔さんの新作は、常に、激しく待たれている。
そしてはてラボ

はてラボは、はてなの正式サービスになりきれない実験的サービス置き場です。

  • はてなの本サービスにするにはちょっとネタ不足
  • はてなの本サービスにする前にどれくらい面白いか試してみたい
  • アイデアを思いついたのでとりあえず作ってみたい

といったものに形を与え、小さな可能性を大きく育てることを目標にしています。

昨日リリースされたはてなセリフを始めとする、小さな、素晴らしいサービスたち。はてなの新作は、常に、激しく待たれている。
Web2.0の定義なんてどうでもいいわけです。重要なのは、定義も定まらないまま現に存在するそれが、僕らにとってどういう価値をもたらすのかということ。Web2.0 とは、Web サービスを僕らの日常生活にとって真に不可欠なものにしていこうという世界的運動ではなかったか。映画・音楽・文学のように、真に不可欠なもの。
まずは「新サービス」という、なんだか業務的な響きのする言葉で呼ぶのをやめることだ。僕らはいま、大好きなアーティストの新作を期待するのと同様に、Web が素敵な新作をリリースするのを、常に、激しく心待ちにしている。

© 2020 栗林健太郎

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