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  • ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』

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    温又柔『台湾生まれ 日本語育ち』を読んだ流れで、複数の言語を使って文章を書いている作家への興味が再燃してきたので、購入して読んでみた。

    ジュンパ・ラヒリの場合は、両親の言語はベンガル語で、社会的には英語を話し、また英語によって作家としての名声を得ており、自分から進んでイタリア語を習得してローマへ移住までしている。複数の言語を使う作家には、20世紀の典型的なパターンだと亡命があるが、ラヒリの場合は止むに止まれぬ衝動によって、自らイタリア語を選んだということになる。彼女はそれを、「亡命」という言葉からも疎外されていると書いている。

    複数言語を使わざるを得なくなった原因は、それはそれでそれぞれに興味深いのだけど、単純に複数の言語を使うことによる感覚の変化に興味がある。この本ではその「変化」が、アポロに追い回された挙句に月桂樹となってしまったダフネや、蝶の変態のような比喩などを用いて様々に語られるのだが、やっぱり自分でやってみないことにはよくわからないよなあと思うのであった。

    そんな中でも、別の言語で書くのは自由を制限することで、かえって別の自由があり、そのことで内面をみつめる契機になるという話があったのだが、それは僕自身、たいして英語は書けないけど、しばらく英語ばかり書いていた時期を思い返すとなんとなくわかるなと思った。日本語だと、容易に使えるがために表現が自動化されてしまう感情を、じっくり見つめなおすことになる。

    もう一度、「べつの言葉で」書くという修練を、自分でもやり直してみようと思う。

    べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)

    べつの言葉で (新潮クレスト・ブックス)

  • 東山彰良『流』

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    「Pen+ 台湾カルチャークルーズ」にも紹介されていた、今年上半期の直木賞受賞作を読んでみた。1970〜80年代の台湾を中心に、日中戦争からの因縁、台中関係などの歴史的背景に基づく台湾にくらす人々の機微を織り込みつつ、エンタメ的にぐいぐい読ませる小説。こういう小説をもっともっと読みたい。

    最終的にはちょっと注文もあるけれども、全般的にめっぽう面白いのは確か。

    流

  • 『たまらなく、アーベイン』というタイトルの謎

    『なんとなく、クリスタル』の33年後を描いた新作『33年後のなんとなく、クリスタル』が刊行されたかと思いきや、あの『たまらなく、アーベイン』が『33年後〜』の色違いのような装丁でもって復刊された、しかも中公文庫版でなぜか改変された『僕だけの東京ドライブ』(僕はこれを読んだ)を廃し、オリジナルのタイトルでもって、という事態は、田中康夫さんの小説を愛好する者にとって大きな驚きだった。

    ところで、「アーベイン」とはなんなのか?以下の書影に見られる、菊地成孔さんによる推薦文をご覧頂きたい。

    『たまらなく、アーベイン』書影

    「アーバン」を「アーベイン」と発音した唯一の書

    田中康夫ファンを公言し、パーソナリティをつとめるTBS RADIO 954 kHz │ 菊地成孔の粋な夜電波でも、『33年後〜』の刊行記念に著者を呼んだ菊地成孔さんは、「アーベイン」という言葉遣いに対して、繰り返し以下のような感嘆を漏らしている。

    「たまらなくアーベイン」の「アーベイン」って何だろうと思ったら、アーバン、urban(都市の 都会の)の事なんですよ。そこも驚き以外の何者でもない(笑)。「アーバン」の事をあの頃「アーベイン」と言ってた段階で田中康夫は完全に越えてたなと。

    TBS RADIO 954 kHz │ 菊地成孔の粋な夜電波 – 放送後記 第9回(2011年6月12日)  菊地成孔さん収録を終えて語る。

    それはまた、僕を始めとする多くの田中康夫ファンの共通の感想でもあるだろう。

    ところで、「アーベイン」とは、urbanという英単語の読み方違いなのだろうか。辞書を引いてみよう。

    Pronunciation: /ˈəːb(ə)n/

    (snip)

    adjective

    1. In, relating to, or characteristic of a town or city:
      the urban population

    (snip)

    Early 17th century: from Latin urbanus, from urbs, urb- ‘city’.

    urban – definition of urban in English from the Oxford dictionary

    対するに、urbaneという単語もまた存在する。その単語は、以下のように説明されている。

    Pronunciation: /əːˈbeɪn/

    (snip)

    adjective

    (Of a person, especially a man) courteous and refined in manner:
    he is charming and urbane
    a sophisticated, urbane man

    (snip)

    Mid 16th century (in the sense ‘urban’): from French urbain or Latin urbanus (see urban).

    urbane – definition of urbane in English from the Oxford dictionary

    意味的にほとんど似たような語釈がされているが、発音は日本語的に表記すれば「アーベイン」だし、フランス語のurbainを経由して英語に入ってきたという記述が目を引くところ。

    ちなみに、手元の辞書(『英語語義語源辞典』(三省堂))を引くと、以下の様な語釈が行われている。

    urban:

    都市の、都市に住む。(その他)都市特有の、都会風の

    urbane:

    (形式ばった語)都会風の、洗練された、礼儀正しい、粋な

    残念ながらフランス語の辞書が手元にないため、フランス語におけるurbainの意味を知ることができない。ちなみに、『たまらなく、アーベイン』の「アーベイン」は、フランス語のurbainから直接とっているのかも?という疑問を持ったが、urbain – Wiktionaryによると、カタカナで表記すると「ユルバン」に近い発音であるため、それはなさそうである。

    これまでわかった事実をもとに見てみると、そのふたつの単語がネイティブにとって正確にはどのようなイメージをもたらすかまではわからないまでも、urbaneすなわちアーベインの方がよりフォーマルで、そのフランス語を経由する出自により、気取ったニュアンスをともなうように思われる。

    また、上に引用した文例を見るに、urbanがどちらかというと客観的な事態を形容する語であるのに対して、urbaneの方はもう少し主観の入った、話し手の好印象を示す語でもあるように思われる。

    そうであってみれば、田中康夫さんがなぜurban(アーバン)ではなくurbane(アーベイン)を選択したかは、実際のところは不明ではあるものの、『たまらなく、アーベイン』はもとより、彼の作品の雰囲気や、散々いわれる「公家っぽいしゃべり方」からして、芸術的な水準において適切な言葉の選択であったように思われる。

    たまらなく、アーベイン

    たまらなく、アーベイン

    33年後のなんとなく、クリスタル

    33年後のなんとなく、クリスタル

  • 深町秋生・著『果てしなき渇き』

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    果てしなき渇き (宝島社文庫)

    果てしなき渇き (宝島社文庫)

    その著者の名前が気になってはいたものの(はてなダイアリユーザでもあるし「深町秋生の新人日記」)、タイミングが合わなくてなんとなく読み逃していたのだったが、『果てしなき渇き』が文庫化されているのを書店で見つけ、ちょうど本を読む流れに穴が空いてもいた折り、うまいことすっぽり読み始めることができたのだが、読み始めたら最後、ひたすら主人公および物語のハイテンションな暴走ぶりにあてられて、一気に読了してしまった。
    元刑事の、いまは警備員をやっているいわくありげな中年男が、冒頭、いきなりぶち当たる殺人事件の凄惨ぶりが放つインパクトにのっけから心をつかまれるのだが、離婚した元妻からかかってきた電話により始まる、失踪した娘探しの道程は、若い女の子と白い結晶というからみの、それはそれでまぁアリなのかな的展開をみせるのかと思いきや、街のギャング、ヤクザ、県警、警察の内偵、フィクサー的実業家が入り乱れる盛り上がりぶり、そして、追跡の過程で明らかになっていく、娘の知られざる真の姿がかなりと迫真的で、先に述べた通り、巻を置くこと能わざる展開となる。
    また、主人公の魅力的とは到底いい難いキャラクタ造形も、異彩を放ちまくって、読む者の心を離さない。親とあれば多かれ少なかれそうであるのかもしれないけれど、元刑事という性質に輪をかけて、ほとんど気が違っているような偏執狂ぶり(刑事を辞職した原因が、妻の浮気相手を半殺しにしたことだとか、娘の友人に対する聴取が、話をうまく訊きだそうという配慮とはまるで無縁の、悪魔じみたやりくちであること等)が、睡眠不足と加えられた暴力とで朦朧とした身体に白いものをぶちこんで元気溌剌、それまで死にそうになっていたのが一転、通りがかった小学生に対してにこやかに手を振っちゃったりするコミカルな一面も見せつつ、一段とパワーアップしてあたり構わず突入していくブッコミ野郎ぶりに、思わず熱いものがわき上がるのを禁じ得ない。
    大人数が入り乱れての情報戦、凄惨な描写、絶望的な物語という点で、かつて同じように熱中した馳星周の『不夜城』を始めとする初期ノワール群を思い出すのだが、そのようなジャンルには全くもって通じていないのだから、勝手な類推はやめにしよう。それぞれに一途な思いが、一方では過剰なまでの熱さで、また一方では非情な冷酷さでもって暴走した結果、このようなひたすら熱中的な物語が産み出されたそのことに、ただただ呆然とするばかりだ。同著者による『ヒステリック・サバイバー』も、「筋肉バカvsオタク」との帯文の煽りがやや不穏な印象をもたらすものの、是非読んでみたいと思った。というか、いま、注文した。

    ヒステリック・サバイバー

    ヒステリック・サバイバー

  • 猪瀬直樹・著『作家の誕生』

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    作家の誕生 (朝日新書48)

    作家の誕生 (朝日新書48)

    次期東京都副都知事に就任することになった猪瀬直樹氏による『作家の誕生』を読んだ。同名タイトルのNHK人間講座のテキストを加筆訂正したものということもあり平明な記述で、また、著者の文芸三部作(『ペルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『マガジン青春譜 川端康成大宅壮一』)を機会がなくて読んでいなかったので、初見のエピソードがたくさんあり、非常に楽しめた。
    タイトルにある「誕生」は、現代思想的な文脈でいう「作家の死」などという言葉とは全く関係なく、端的に、「作家」が経済的に職業として成り立つようになった過程を踏まえて語られている。明治の終わり頃には、そもそもマーケットが非常に狭かったため、作家専業では食えなかった。それが、雑誌や新聞の隆盛によるマーケットの拡大や、また、そのことがもたらした、本書では現在のネット文化と対比して語られる雑誌への投稿文化に見られる受容層の多様化により、作家が職業として経済的に成り立ちうるようになったわけだ。
    本書は、作家が「誕生」する過程において起きた諸現象、つまり、醜聞の社会現象化、夏目漱石朝日新聞社員としての作家活動、淡い恋に憧れを抱く一介の投稿少年としての川端康成、瀧田樗陰ら名物編集者が作っていった雑誌文化、菊池寛の生活者としての視点と商才溢れる活動ぶり、島田清次郎賀川豊彦といった作家による大ベストセラー小説の出現、円本による多くの作家たちのいまでは信じがたいほどの経済的成功等、できるだけ文学的な伝記性を廃しつつ、徹底して、経済的な面から作家という職業の歴史を綴っている。もちろん、他の著者に見られるような文学コミュニケーションの歴史を追う記述も面白いのだけど、個人的には、美しいことばかり書いてたって、それでどうやって生活するんだよ?という気分が強いので、本書のようなアプローチは願ったりかなったりだ。
    しかしだからこそ、太宰治三島由紀夫をそれぞれ扱った最終3章はやや退屈に感じた。太宰については、それぞれのエピソードは面白くはあるが、作家と経済という点では、彼は津軽の富豪の息子だったのであまり切実さは感じられないのだし、三島の章にいたっては、大蔵省を辞める辞めないのあたりは面白かったものの、かなり文学論の趣が強く、個人的にはいま読みたい文章ではなかった。
    本書のようなアプローチを取る本としては、日垣隆・著『売文生活』も面白い本だった。是非、合わせて読まれたい。

    売文生活 (ちくま新書)

    売文生活 (ちくま新書)

  • 英語の本と龍膽寺雄の小説

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    ℃-ute にハマったせいで、ここ 2 週間ほどハロプロ情報を調べまくったので、飛躍的に知識が増大し、もういいやという感じ。なので、とりあえず土日は “Practical English Usage” でもちょろちょろ読んでみようかとかいう予定。
    英語の教科書を読む行為って、龍膽寺雄の小説「放浪時代」に出てくる「魔子」(日本文学随一の萌えキャラ)が、昭和初期のモダニズム真っ盛りの銀座だかの街頭で暇をもてあましつつ英語の文法書を読んでる描写があったりして、そのためになんか憧れるというか、オサレ感を感じる。どうでもいい話だけど、そういうのがわりと学習のモチベーションになったりすることってありますよね。

    放浪時代・アパアトの女たちと僕と
    • 竜胆寺 雄
    • 講談社
    • 1996-12
    • ¥ 999
    • Book

    Practical English Usage
    • Michael Swan
    • Oxford Univ Pr (Sd)
    • 2005-04-21
    • ¥ 4,599
    • Book
  • 杉山茂丸の本

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    週刊新潮」の福田和也氏のコラムを読んでいたら、杉山茂丸の書籍が紹介されていた。
    杉山茂丸とは、作家・夢野久作の実父で、明治・大正・昭和の政官財に影響を及ぼしたフィクサー。其日庵を名乗り、文筆にも活躍した(杉山茂丸関係文献リスト)。このうちの 2 冊が、ここ 2 年の間に復刊されたとのこと。

    このうちの完本版『百魔』については、前述の福田和也氏による書評抜粋を書評案内(書肆心水)にてよむことができる。
    『百魔』を復刊した書肆心水という書肆心水という出版社を寡聞にしてしらなかったのだが、福田氏によれば

    版元の書肆心水は、渡辺京二氏の『評伝宮崎滔天』や『頭山満言志録』、モーリス・ブランショジュリアン・グラックの小説、イスラム思想書など意欲的なラインナップで、業界の事情通が揃って現在最も動向が気になる出版社と評価しています。

    とのこと。