Category: 日記

2021年12月4日

朝、先日のJAISTオフ会であった方からの、機械学習プロジェクトについての研究に関するインタビューを受ける。半構造化インタビュー。あれこれと話をする。1時間ぐらいかなと思っていたら、けっこうボリュームがあって、1時間半ほど話した。 江戸東京博物館へ「特別展「縄文2021―東京に生きた縄文人―」」を観に行く。いかにも博物館らしい説明満載の展示で、とても勉強になる。あまり意識していたなかったのだが、集落の再現ジオラマでお墓が真ん中にあるので、死者をそのように扱うあり方は、ヤマト的な日本とはずいぶん違うと思われた。また、PDFとしても配布されている東京の縄文遺跡の多さにもあらためて驚く。 ミュージアムショップでカタログを買ったのだが、そこで『古代戦士ハニワット』という漫画が紹介されていて、その荒唐無稽な設定に驚いたので、後でKindleで全巻まとめ買いした。せっかくこの辺りに来たのだからということで、恵比寿のお店で働いていた人が門前仲町に新たにオープンしたお店に寄ってお茶しつつ、読む。めちゃくちゃ面白い。さらに人形町へ足を伸ばして、お茶の続きをしたり、すき焼きを食べたりなど。 『ハニワット』は、面白いは面白いのだが、縄文的な古層をヤマト的な神道勢力が収めるという基本的な構図に対しては、しかし当然作者はその辺りわかっていてやっているのだろうけど、最終的にヤマトの末裔としての現代社会が反省した結果として、縄文的古層についても融和的に取り込んでいこうというラストになるのだとしたらそれはそれで予定調和だとも思えて、土偶が徹底的にヤマト的なものを破壊しまくってほしいという気もする。ともあれ、めちゃくちゃに面白くて興奮。 その漫画のそれぞれの巻には後書きがあって、6巻のそれで今こそ白土三平を読むべきという主張がされており、マルチスピーシーズ人類学的という紹介がされていたのが気になって『バッコス』を購入して読み始めた。一体全体、白土三平という人はなぜこんな話を描いたのだろうかという、ガルガンチュア的なスカトロジーと絶望的なまでにただ自然に左右されるだけの人々と、そこからのアシッドなサイケ革命とその挫折という、世界文学的な作品。大きな衝撃を受けた。

2021年12月3日

朝、9時ごろに起きて散歩。喫茶店でコーヒーを飲みながら、昨晩から読み始めた『第2言語ユーザのことばと心―マルチコンピテンスからの提言―』を少し読む。せっかく散歩しても、Twitterを眺めて終わっては意味ないので、本を読むことにした。その後、30分の研究タイムでは修論の図表を整理したりなど。さらに、定例ミーティングなどなど。午後から出社。原稿の赤入れをしたり。もっと早くからやっておくべきだった。 夜は、会社のバータイムに少し顔を出した。グループ他社の方々も関わってくださっての大きなプロジェクトが終わったのもあり、そちらの方々もいらっしゃって挨拶したりなど。ありがたし。その後、お茶しながら研究関連についてあれこれ話したりなど。いくつか進めようとしていることがあるので、それらについて段取りをつけていく。 また、自分の研究の定量評価についても考えて、アイディアが思い浮かんだのでよかった。大工事にはなりそうだが、実行できたら論文としてもっとよくなりそう。修論に盛り込めるかなあ。そっちは今ので出しておいて、ジャーナルに向けてのアドバイス制度に出す分があるので、そちらでじっくり進める方がいいかという気もする。今の段階でまだできてないものをぶっこむのも厳しそうだし。 明日は原稿のレビューと、自分の担当箇所も最後の一押しするところをやらねば。

2021年12月2日

朝、散歩しつつ喫茶店でコーヒー。今日はなんかあんまりリラックスできなかったなあ。もうちょっとルーティンとしてのブラッシュアップをしないと。単にコーヒーを飲みながらスマホでTwitter見たりしてると、あんま意味がない。その後、30分の研究タイムでは修論の続き。からの、各種ミーティングや研究会などなど。 夕食をとりながら「ゆる言語学ラジオ」の第二言語学習論についての動画を観る。このシリーズでは、福田純也さんという研究者の方が出てきて、最新の知見をあれこれと紹介している。言語によって認識に影響が及ぶというのが双方向に見られるとか、反応の身体的な表出に対しても影響を及ぼすとか、人間の認識がいかに言語によって作られているかわかる例がたくさん出てきて、非常に面白い。福田氏の本『外国語学習に潜む意識と無意識』と紹介されていた村端五郎・村端佳子『第2言語ユーザのことばと心―マルチコンピテンスからの提言―』を購入した。 修論は、昨日は1章までだったが、その後の章をコピペしていって、図表などがエラーになったりしていたのを修正していき、とりあえず最後までできた。目次等も合わせて20ページぐらい。他の修論を見た感じだと、少なくとも40ページぐらいにはしといたほうがいいんだろうなあ。8ページの論文のためにぎゅっと詰めて書いているので、もうちょっと開いていけそう。まあでも、あとは形を作っていけばなんとかなりそうだなという感じはあって、気楽に進めていけそう。次のテーマに向けてのことをやっていこう。 研究テーマということでいうと、上記のツイートに書いたが、やっぱりErlang/Elixirは面白いし、その話を突き詰めていきたいと思う。やっぱ単純にどんどん繋がっていくのが面白いんだよなあ。一方で、世界は繋がりを分断する方向にも動いていて、それはそれで考えものではある。

2021年12月1日

今日は早くは起きられず。天気も良くないのでまあいいか。朝30分の研究タイムは、12月に入ったので予定していた通りに修論を始める。まずは、LaTeXテンプレートの準備から。ひととおり書ける状態になるまで持っていく。Bibtex周りで苦戦したが、とりあえずあとは書いていくだけというところまでいった。次は、IOTS2021の論文をはりつけていく作業。 昨日からの凝りと頭痛はまだ少し残っていて、ロキソニンを飲む。それでも治らないので、昼過ぎにまた追加で飲む。「ロキソニンSクイック」を初めて試してみているのだが、いつも使っている「ロキソニンSプレミアム」とは成分が少し違うみたい。やっぱそっちを買ってきて常備しておくことにしよう。いずれにしても、効き目が弱くなってきているのは確かである。結局、その後も微妙に治らず、ようやく寝る前ぐらいになってほぼ完治。一度痛くなると、2日間ダメになるなあ。そんなわけで、今日も夕方頃キツくなってきて、2時間ほど寝る。 夕食後、イギル・ボラ『きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる』を読む。いわゆるコーダ(Children of Deaf Adults)の著者による本。「コーダ」という言葉を知って救われた気持ちになったとういこと、そこからこの本にもつながる活動が始まっていくあたり、聾文化におけるコーダの重要性についてあまりよくわかっていなかったが、切実なこととして認識した。同名のドキュメンタリも見てみたいなあ。ご両親が揺るぎなく強くある姿に、心打たれるところである。同じようなあり方は他の本でも何度も読んでいて、それが文化たる所以なのかもと思ったりもする。 もう一つ、現代思想編集部・編『ろう文化』も届いた。こちらは、現代思想誌の別冊で出ていたものの書籍化。これが出たときに「ろう文化というんだなあ」ぐらいのことを思った記憶はあったが、障害者運動的な文脈のもう一つの何かなのかぐらいに思ったままずっとこれまできていたのだが、様相はもっと全然違うのであった。今や古典的な文献となったこの本を、今あらためて読むのである。

2021年11月30日

朝、9時前に起きたので、散歩。公園を一周したのち、喫茶店でコーヒーを飲む。天気もいいし、一気に目が覚める。毎日こういう感じでやっていきたいのだけどなあ。なかなか起きられない日もある。しかし、首凝りの兆候があり、多分寝相のせいで腰あたりに凝りが現れたのが影響していると思われるのだが、それが昼過ぎから頭痛に変わってきて、ダウン。ロキソニンを飲んで寝る。 頭痛がまだうっすらと残る中、ベッドでごろごろしながら、いくつか英語の動画を眺める。スンダー・ピチャイ、イーロン・マスクなどの動画。その後、夕食をとりながら、NHKスペシャルの「中国新世紀 (3)「実験都市 深圳〜メイド イン チャイナの行方〜」」を観る。深圳の最先端技術そのものよりは、共産党体制のビジネスへの関わり方を取り上げている感じのものであった。それはそれで面白くはあったのだが。 それらの動画を観ていて、いろいろと思うところがあったりしたのだが、頭も痛いしうまく考えられず。日記も書かずにそのまま寝る。

2021年11月29日

朝、少し早い時間(9時過ぎ)に起きたので、公園を一周散歩。やっぱ、朝の散歩をするといい感じだなあ。朝30分の研究タイムに加えて20分ほどで、先日のシンポジウムでの発表についての報告エントリを書いた(「第14回インターネットと運用技術シンポジウム(IOTS2021)でIoTシステムの双方向データフローにおける設計と実装の複雑さを解消する手法の提案を発表し、優秀論文賞および優秀プレゼンテーション賞を受賞しました」)。その後、1 on 1などした後、出社して各種ミーティングなどなど。 ヴァージル・アブローさんが癌により41歳で亡くなったというニュースが流れてきて驚く。まさに太く短い人生だなあ。 夕食をとりながら、KとNHKプラスで「みんなの手話」を観る。これから毎週観るようにしよう。『日本手話のしくみ練習帳』が届いたので、Centeredでフロー状態に入って、1時間ほど練習。なんか今日は、Centeredの音楽で眠くなってきて、ほんとはもっとやって最後まで一周しようと思っていたのだが、1/3ほどやった時点で終わり。さらに、長嶋愛『手話の学校と難聴のディレクター ――ETV特集「静かで、にぎやかな世界」制作日誌』の続きを読み、読了。 ここのところ、日本手話とろう文化について学習しいるのは、元々は研究関連での調べ物の必要と、以前から興味があってのことなのだが、せっかくなのでここから社会的に有意義なことになるならその方がいいとは思うし、自分がやるなら情報系の切り口が良いのだろうけど、当事者やコミュニティの事情を知らないで勝手に思ってても意味ないから、関わりを持つ方向にもいくのがいいのかもなあと思ったりしている。ただまあ、それはそれで時間もかかることではある。まあでも、気が向いたら勝手にやるだろう。 夕食の後、なんかやたら眠くなってきて、23時前ですでに眠い。早めに寝ることにしよう。寒くなってきたので、暖かくしないと。

2021年11月28日

渋谷へ出かける。その途中に、少し前に行ったことのある蕎麦屋さんへ久しぶりに寄って昼食をとったのだが、記憶していたより美味しくなくてがっかりした。しかしそんなことでがっかりするのも無駄に舌が肥えて楽しめる範囲を狭めているだけという気もして、反省したりもした。 シアターコクーンで本日が東京公演の千秋楽である「パ・ラパパンパン」。Kがチケットを取ってくれたので、観ることができる。ロビーで、Kが「ほらほら!」というのでなんだろうと思ったら「松本幸四郎さんが!」という。僕は後ろ姿しか見られなかったが、確かにそうだろう。そして、ついつい「幸四郎さん」といってしまうが、3年ほど前に松本白鸚を襲名したのだった(息子の市川染五郎が幸四郎を襲名)。会場は満員で、わくわくしている様子が伝わってくる。 2階のS席。眺めはいいのだが、ちょっと遠くて役者の表情はよく見えない。Kはオペラグラスを持参で熱心に覗き込んでいる。単純に、松たか子さんが元気に動いているのが良くて身を乗り出してみていたのだが、急に場面が小説の中に入り込む形になり、なんだかバーチャルリアリティのような表現になっていったあたりから、ぐいぐい引き込まれる。ギャグについてはややどうかと思うところもあったりはしたのだが、演出がすごい。複雑なことをスムーズに実現していて、次から次に驚かされる。たくさんの伏線もどんどん回収していくし、脚本も素晴らしい。大いに楽しんだ。 その後、丸善ジュンク堂で『ろう女性学入門――誰一人取り残さないジェンダーインクルーシブな社会を目指して』を購入。渋谷からは早々に抜け出し、お茶しながら木村晴美・岡典栄『手話通訳者になろう』の続きを読み、読了。通訳をしている人にもいろんな経緯がある。いずれにせよ、当たり前のことではあろうが、シビアな世界だ。また、福祉や医療的な関わりも多く、より深い関わりを持つ機会も多かろう。帰宅して、『ろう女性学入門』をひたすら読む。迫力のある語りが満載で、引き込まれた。 その後、2018年のETV特集「静かでにぎやかな世界」を観る。晴明学園の特集。この番組は以前も観たことがあったのだが、今の関心に基づいて、あらためて見返したくなったので。それにしても、子供たちの活き活きとした姿には心打たれる。一方で、晴明学園を出た後に、あのように自由にコミュニケーションができたことを卒業生が懐かしむシーンにはずっしりくる気持ちを感じる。また、デフファミリーの家で「子供がろうに生まれてギフトだと思ってうれしかった」という母親のシーンは、あらためて見返してみて、言語を同じくすることの重みを感じて、心動かされた。制作したディレクターの『手話の学校と難聴のディレクター ――ETV特集「静かで、にぎやかな世界」制作日誌』も買って読み始める。 iPad miniが届いたので、セットアップ。既存のiPadからデータをOTAで移行できるので、楽だなあ。持ち歩いて出先でYouTubeなどを見る分には、miniで十分だと思って買ったのだった。12.9インチの方は、論文を読むのに使う。しかし、手に馴染む大きさで、軽くていい感じ。ちゃんとApple Pencilも使えるし。良い買い物をしたという気がする。

2021年11月27日

朝、起きたのち、昨晩の続きで國分功一郎・千葉雅也『言語が消滅する前に』を読み、読了。あまりまだ消化できていないというか、言語的に整理しきれていないのだが、ふだんから著者らの本などをよく読んでいることもあり、共感するところが多い。 著者らがエビデンス主義と呼ぶような、ごく一部の切り口であるにもかかわらず、それで白黒はっきりしないと気が済まない態度みたいなのは、けっこうあるようにも思える。昔は「マニュアル人間」なんていうのは揶揄の言葉だったが、極端に言えば、今だと「それの何が悪いんですか?むしろマニュアルにないことを勝手にやったらダメじゃないですか」みたいな話になりそうとか思ったり。もちろん、この本でもエビデンスの民主的契機についても言及しているように、営みを明文化することのよさというのはあるわけだが、なんでもそれだけでは済まないのである。 Kがランチに出かけようというので、久しぶりに南青山のCICADAへ。電話してもつながらないので開店してすぐぐらいの時間に着きそうだし、入れるだろうということでそのままいく。相変わらずの人気ぶりで、開店15分後に入ったにも関わらず、ほぼ満席。今日はランチコースをいただく。メインはラムタジン。お酒もいっぱいだけ、ギリシャの「ドメーヌ・カラニカ キュヴェ・スペシャル」というスパークリング。注いだ端から漂ってくるスパイシーな香り。ちょっと驚くほど。最初は戸惑ったのだが、ここの料理にはとても合う。デザートはピスタチオのクレーム・ブリュレ。美味い。 その後、表参道を突っ切って、原宿駅前のユニクロによったあと、明治神宮へ。数ヶ月前に明治神宮の森を作る話をNHKプラスで観たこともあり、そういう意味でもあらためて楽しい。また、今回は初めて清正井のある、観覧料のいる地帯にも入ってみて、しばし散策。さっきまで原宿にいたのに突然の田園風景という感じで、不思議な気持ちになる場所だった。とても良い。清正井そのものにはあまり感心しなかったが、渋谷川の源流という意味で、地理好きの聖地ではある。 その後、竹下通りのお店でお茶しながら本を読む。 帰宅して、松岡和美『日本手話で学ぶ 手話言語学の基礎』の続き。夕食を食べつつ、NHKプラスで「ブラタモリ」。前回と今回は糸魚川静岡構造線およびフォッサマグナから、糸魚川周辺の話。かねて大いに興味を持っていたところなので、とても面白い。Kとも近いうちに行こうと話をしている場所。来年、暖かくなってきたら行ってこようかなあ。新幹線で一本でいけるとのこと。そこから車を借りて、Kの親戚のいる白馬にもすぐに行ける。 その後、松岡本の続き。自分自身がそうなのだが、手話というのは、テレビを通じて語られているのを誰もが長い間しょっちゅう目にしているにも関わらず(ということ自体にも留保があれこれ必要なのだが)、ほとんど何もといっていいほど知られていないことなのだなということを、勉強するほどにますます感じる。それはそれで反省するところではあるのだが、一方で、だからこそ価値転倒的な知識が大量に入ってきて、めちゃくちゃに面白いというのもまた事実である。

2021年11月26日

朝、いつもより少し早い9時ごろに起きて、朝食を摂ったのち、近所の公園を一周めぐる散歩。天気が良くて、明るくて、気持ちがいい。すっかり目も覚めて、10時半からの発表開始に向けて、整った。とにかく元気に発表しようと思って、挨拶から入る。その後は、ちょっと背景説明をだらだらやりすぎて、後半は端折り気味。説明20分、質問10分を目安にというところ、説明が2分オーバー。質問もいくつかいただいて、その発想はなかったという内容だったので、ありがたい。その後、ミーティングや1 on 1など。 クロージング前に、また参加。「優秀プレゼンテーション賞」は獲りたいと思ってスライドをきっちり作って発表も元気にしたのだったが、結果としてはさらに「優秀論文賞」もいただき、ダブル受賞ということになった。そちらをいただけるとはまったく思っていなかったので、とても驚いた。賞と名のつくものをもらったのは、小学校3年生の頃の、市の美術展以来だ。なんにせよ、いただけたものはありがたい。運営委員の皆様、聞いてくださった方々、共著者の皆様に感謝である。 CTO協会でいろいろ関わってくださっている方との1 on 1を今月からやることにして、今日がその1回目。最近の取り組みのことなど議論して、もっと良くできるようなやり方にアップデートしていくことにした。また、その方の今後の展望なども伺い、思うところを述べたりなど。 斉藤道雄『手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで』の続きを読み、読了。これまで読んできた本の中でも、最上位クラスに衝撃的な、認識転倒的な本であった。日本手話が言語であるということは、今となっては当たり前のように思えるし、そうであればそれを第一言語として教育することも自然だと思えるのだが、つい最近までそうは思われておらず、今だって教育現場で自然に実践されているわけではないということの原因となっている「ろう文化」への世界的・歴史的無理解ぶりに、驚いた。もちろん、自分自身もこれまでよく知らなかったのだから、人ごとではないのだが。 昨日刊行された國分功一郎・千葉雅也『言語が消滅する前に』を読み始める。

2021年11月25日

朝30分の研究タイムは、スライド作成の続きから。しかし、あれこれ気を取られて30分間ほとんどできなかったので、Centeredで1時間セッションを入れて、集中。その後、1 on 1など。いろいろ課題盛りだくさんだなあ。もっと踏み込んでやっていかねば。さらに、Centeredで3時間セッションを入れて、がっつり集中。やっぱりこのアプリはいい。すぐにフローに入れるし、25分ポモドーロを何度も回すことができる。そんなわけで、19時前にはスライドの初稿がひとまずできた。 Centeredはとても便利なのだが、機械のいいなりになることでこんなにも簡単にフロー状態に入り継続できることは、不思議なことでもある。自分をモチベートするなんて、こんなに簡単なことだったのか、という。それはそれでやるべきことを進めるという意味ではいいことなのだが。ただ、こうやって積極的に自分の主体性をモチベーションなるものに任せてしまうことの危険さも感じる。モチベーションに基づいてやるということは、そういうことなのだろうと思う。それは別に、機械にモチベートされているからというわけではない。 Kの仕事で、12月の後半にまた京都に行くことにしたので、宿を予約した。クレジットカードについてるマリオット・ボンヴォイの特典かなにかで、実質無料。今度は、寺町二条あたりに最近できたホテル(しかし、こんなにもホテルがたくさんできたのに全然使われなかったのかと思うと、悲しい気持ちになる)。場所的にはけっこう便利そう。まあ、飲んで夜帰る分にはいずれにせよタクシーを使うのだから、街中ならどこでもそんなに変わりはしないのだが。 昨日購入した亀井伸孝『手話の世界を訪ねよう』の続きを読み、読了。アフリカにおける手話文化を研究する文化人類学者による、聾者の文化に関する本。文化人類学者らしいイーミックな書きぶりによって、自分のバイアスもあれこれと明らかになって、とてもよかった。続けて、同じく昨日購入した斉藤道雄『手話を生きる――少数言語が多数派日本語と出会うところで』を読み始める。こちらは明晴学園の初代校長を務めた方による本。 明日は、10時半から発表だ。早めに起きて少し散歩などして、元気に発表できるようにしよう。優秀プレゼン賞、獲りたいなあ。