2021年1月26日

去年の1月26日に、新型コロナウィルスの感染拡大への対応として、弊グループはリモートワーク体制になった。それから今日でちょうど1年。当初はどれぐらい続くのだろうかという感じだったが、早い段階で1年やそこらでは終わらないだろうことが予想されていた。それでも、1年まるまるリモートワークで過ごしたのだなあとあらためてふりかえると、すごいなあという気もする。ただ、収束自体はまだしばらくかかりそうだし、リモートワーク中心な働き方も不可逆だろう。

夕食をとりながら今日の「おちょやん」を観る。時間が短いから、やっぱ週末とかにまとめて観るほうが楽しめる気がするなあ。その後、Kと親族のとの来し方などについてしばらく話をした。

週末のゼミで研究計画書案について話す必要があるのだが、論文をやっていたこともあって全然時間をとれておらず、断続的にサーベイしていただけだったので、いよいよヤバいと思ってとりかかる。やりたいことの位置づけをどうするかが難しいなあ。うーん、ブレークスルーを求めてしばらく考えよう。といっても、しばらく、というほど時間はないのだが。などと考えつつ、Clubhouseから通知が飛んできたらのぞいてみたりしていた。ユーザが増えるにしたがって、雰囲気もどんどん変わっていく感じ。

2021年1月25日

昨日からClubhouseというアプリが流行り始めたのだが、ちょっと使ってみてひと通り遊んでみた。オンボーディングがよくできてる。選択なしにいきなり会話に入るのは面白い(けどしんどい感じもする)。UIがぬるぬる動く感じが気持ちいい。フラット型とサロン型を両立してるのいまどきぽい。さらにスケジュールイベントもあるのに、混乱なく整理できている。エフェメラルなのもいい(かも?)。でもコミュ力がめちゃ必要。このアプリがそのままTwitterみたいに流行るとは思えないけど、カスタマイズしたコピーサービスみたいなのは流行る余地があるのかなあ。

夕食を食べながら、「ファミリーヒストリー」を観た。今日はバカリズムさん。いつもながら興味深い話がたくさんだし、なんであれ人々の歴史があっていまがあるという話には感動を禁じ得ない。その後、今日の「おちょやん」を観る。ウルフルズのひとがお父さん役ということだが、最近10話ぐらいしか観てないのでどういう関係なのかがわからない。しかし、役者としても面白いひとなんだなあ。

その後もClubhouseでおしゃべり。自分の部屋で話したり、ひとの部屋に呼ばれて話したり、その後はベンチャー界隈の中で落合陽一さんが話している部屋があったので、話を聴きながら日記を書いている。落合さんが日記でも書いていたが、古き良きインターネット的な感覚はあるよなあ。そして、それはすぐに終わってしまうんだろうけど。ただまあ、久々にインターネットで遊んでる感じになるサービスという感じはした。という感じで、今日の夜はClubhouseで遊んでいたせいで研究活動が進まず。明日からがっとやっていく。いかねば。宿題レポートもあるのだたった。

2021年1月24日

今日から新しい講義「システム最適化」が始まった。そのあたりは、ちゃんと勉強しようと思いつつできてなかったところなので、しっかりやろうという気持ち。で臨んだのだが、スケジュールが変わって朝から夕方まで4コマ連続で、時間が長いのはいいとして、数学的な前提を積み上げていく講義を、途中で振り返ることもなく延々進められてしまうと、途中でついていけなくて、全然理解できないことを聴いているだけで、半分以上無駄な時間になってしまった……。じっくりやれば理解できない内容ではないだろうので、中間テスト前に復習しておこう。

理研に寄付をしたお返しで「京」のプロセッサが届いた。お守りにしよう。

お茶しながら、主テーマのために見つけてきた論文を読む。やりたいことの動機は似ていて、しかしアプローチが全然違うので、これはこれで参考になる。ここまでやってるのかすごいなあとは思うのだが、使われる余地はあるのかなあという気持ちにもなるなあ。ただまあ、名前をつけるぐらいのシステムを作って、インパクトのある取り組みをするのはすごい。そうありたいものである。切り口は見えつつあるけど、相変わらず評価をどうしたらいいかが定まらない。ふーむ。

夕食を作る。とはいっても、Kがカツを買ってきたので、ご飯と味噌汁を作るのみだったが。食べながら、徳之島の闘牛の世話をする女子高生の話を観る。奄美大島と徳之島とではやや言葉は違うものの、共通するところも多くあるので、話しているのを聴いて奄美の方言だなあと感じる。徳之島の闘牛のことはよくしらないが、牛が思いのほか大きいし、闘牛場は立派だしで、驚く。

その後、論文にいただいていたレビュー内容について検討し、反映させていく作業。ありがたし。自分では気づいてなかった視点も多く、けっこう考えて書いたつもりでも全然抜けてるんだな―と思って、勉強になる。しかし、ただいわれたことを「なるほど!」と思って取り込むだけだと自分でできるようにならないので、そもそもそういう考え方が自分でできるようにならないとなあ。ひたすらやっていて、しかし日をまたいで1時近くになったので、週明けから不調にならないようなところでいったん切り上げ。

2021年1月23日

さすがにいろいろ疲れがきて、11時頃まで寝てた。その後も、論文についていただいたレビューの対応をしようとしていたが、ちょっと詰まってしまって打開策が見つからずにハマりそうだったので、主テーマのサーベイの方へいったん移動。関係ありそうなキーワードでひっかけてみて、いくつか面白そうな論文があったので目を通してみる。面白いけどそういうのがやりたいわけじゃない、というか、そこに力点があるわけじゃないんだよなーという感じで、もどかしい。うまく見つけられない。

美術/中間子 小池一子の現場』を買ったので読む。先日の石岡瑛子の回顧展つながり。この方もパワフルで面白い。ところで、石岡瑛子や小池一子さん(知人ではないひとの場合、存命の方には「さん」づけするポリシーでやってるのでこういう表記になっている)のこの書籍など、この年代の人々について触れる機会が続いている。もっというと、瀬川昌久さんと蓮實重彦さんの『アメリカから遠く離れて』もそうである(というのは蓮實さんについてであって、瀬川さんはさらに12年上の1924年生まれ!)。戦後に活躍した文化人たちが、いよいよ総決算という時期なんだろうなあ。

早々にベッドにもぐって『闇の自己啓発』を読み始める。寝落ちしそうになりながら読んでいたのだが(面白くないからではなく疲れから)、だんだん目がさめてきて、どんどん読み進める。思いのほかバランス感覚のある話がなされていて、意外に思ってしまった。

2021年1月22日

論文をひととおり見直したので共著者に共有。さっそく見ていただいて、たくさんツッコミをいただく。過剰なご負担をかけるようなクオリティですみません……と恐縮してしまう。のだが、そんなことをいってもしかたがないので、おおいに感謝しつつなんらかの形でお返しできるといいなと思う。

夜、仕事を終えたあたりでとても眠くなってきて、2時間ほど寝る。Kにご飯できたと起こされたのだが、目覚めの感じが重くてしんどい感じ。夕食を食べながら今週放映分の「おちょやん」を観る。先週、一週間分の総集編のようなものをふと観たら面白くて、続きも観てみようということになった。千代役の子の演技がコミカルで面白い。

主テーマ研究に向けてサーベイもいなければと思いつつ、ひっかかってきた論文をいくつか見てみるが、新規性を比較できるような問題に落とすところが難しい。というか、まずは取り組もうとしているジャンルで何がなされているかを把握しないとそんなんわかるはずもないわけだが。ただ、調べる切り口もまだあまりわからないところ。

ちょっと疲れてる感じなので今日は研究活動は休みにして、YouTubeでラッパーの動画を観たり。やっぱりLEXさんはすごい。他にも何人か気になったりしたひとがいたのだが、怖い感じなので触れたくない……。LEXさんの言葉遣いは、『フィネガンズ・ウェイク』的な袋小路を突破するにはラップにして歌えばいいのだという革新を感じる。

同僚が、最近フィルムカメラの現行品を購入してそれで写真を撮ってると話していて「その手があったかー」と感心した。これだけコンピュテーショナルな処理が発達してきたら、デジタルな機材への関心はどんどん薄れていくだろう(というともちろん乱暴で、いろいろ考えるべき点はあるのだが。そのあたりは『新写真論』に詳述されている)。それなら逆に、決定的に物が違うフィルムカメラを使うほうが面白いんじゃないかとも思える。

2021年1月21日

昨夜はまたコード書きしてたら3時過ぎまでやってしまっていて、睡眠時間が7時間を切ってしまってよくない。しかし、今日はあんまりパフォーマンスが落ちた感じはしなかったなあ。波がある感じ。とはいえ継続性の観点からいうと明らかによくはないので、ほどほどにしなければ。

いろいろアドバイスをいただいたりした結果、実装の変更と実験のやり直しをすることにしたのでここ数日あれこれやっていたのだが、一通り終わり。論文に反映させる。また、書いておかないとなという内容もあれこれ出てきたのであれこれやっていたらけっこうボリュームがあり、また、最初から見直して齟齬をきたしている部分を修正などしていたら1時をまわって目もしょぼしょぼしてきたので、今日はここまで。

そういえば、去年ぐらいから老眼的な現象ぽいのがついに現れてきて、近くの小さな文字を見る時に見えにくくて自然と位置を調整していることに気づいたし、ディスプレイも小さい文字は見えにくいのでフォントサイズを大きくするようになった。エディタのフォントサイズは14ptとかになっていて、若い頃に比べるとけっこう大きめ。とはいえ近眼ではあるので、そんなに小さくはしてなかった気がするけど。歳だなあ。

歳を感じることはいろいろあって、肌の感想がどんどん酷くなって痒くなるので秋頃になるとニベアとかワセリンとかを全身に塗らないとやっていけないようになったし、手足の先が冷えてしかたがないので外出時は手袋をして、家の中では中綿の入ったテントシューズをはいている。まあでも、そういうのは工夫すれば問題はないので視力に比べるとたいしたことではないのだが。

主テーマ研究をどうするかが全然決まってないので、いまやってる論文の手を少し緩めて、そっちのサーベイもやっていかないと。めぼしい論文を片っ端から読んでいって、まずは切り口を見つけるところから。というか、まだそこにも至ってないというのがヤバい。

2021年1月20日

昨日の日記で、自分がこれからのびるにはもっと「個」的なところもだしていかないとならないのだろうなあみたいなのを書いたが、欲望のままに生き、欲望の大きさや質についても向上させていくこと、喜怒哀楽のままに生き、感情を精緻にきめ細やかに、そして明らかにしていくこと、常に理想と比較して、妥協しないこと、そうしたことが第一に必要なのだというスタンスでしばらくやってこうという気持ちを持つことにした。そのテンションを維持するのが難しいのだが。

そんな中で、先日観た展覧会とそれに続いて読んでいる『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』は、ちょうどいいタイミングだったのかもなあと思いつつ、最後まで読んだ。全然関係ないけど、大学院のひとつ上の、パワフルだけどなんというかいろいろすごいひとが石岡さんと顔の系統が似ていて、近しいところがあるのかなあなどと思ったりした。

副テーマで論文を書いている内容について、実験と評価の一部やりなおし、というか、精緻化をするべきところがでてきて、計測コードを書く。いろいろハマりどころが多くてすんなりいかなかったのだが、調べ物をしつつ3時ぐらいまでやったりしてた。早く寝ないと。そのせいで、日記を翌日に書いている。

2021年1月19日

今日は一日、経営合宿(とはいってももちろんオンラインだし、そもそも1日なので合宿でもないが。と書いて、これも毎四半期同じことを書いているなと思った)。自分の考えや能力をもっと抜本的にアップデートしていく必要があるよなあとあらためて思う。その後、夜は引き続きオンラインでの打ち上げ。あらためてよい仲間だなあと思う。

飲み会が終わった後、ベッドに潜って『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』の続きを読む。このひとのように活躍していくためには、揺るぎない自己主張が必要なのだろうなあとも思えるし、それはそれである種のバイアスなのかなあとも思えるし。ただ、そういうのが必要な業界というのは間違いなくあるのだろう。などと思いながら自分を省みたりつつ読んでいるところ。面白い。

僕は、ある種のこだわりみたいなのがないわけではなくて、親とかKなど近くにいるひとはそういう態度を「頑固」と評したりもするのだが、それはたとえば、非科学的な言動を自分の周囲には認めないとかそういうたぐいのことであって、自己主張みたいな話とは違う。あんまりこだわりとかないほうがいいから、頑固にもなりたくはないのだけど。

自己主張というのは頑固さの反面でもあるだろうし、欲望の大きさ、理想の高さにもよるのかもしれない。そういうところが、自分の考えや能力のアップデートにとってのポイントなんじゃないかとここしばらく思っていたりするところ。そういうのがまったくないわけじゃないんだろうし、いろんな意味での抑圧もあったりするのだろうという気もするし、などと考えたりする。

2021年1月18日

土日に習慣実行のリズムが崩れてしまったので、意識的に取り戻していく。しかし、なんだかんだでやることがあれこれあって、いくつかこなせないまま時間が過ぎてしまう。また、夜は論文書きを始めたら思いのほか興がのったこともあり、ひたすら書いていて他のことができなかったなあ。

というわけで、終業後は論文書き。週末は全然乗れなかったのだが、落合陽一さんが、研究は生き方だけど論文はゲームとして攻略するべきものだという感じのことをおっしゃっていたのを思い出して、マインドセットを切り替えたら、書くスピードが少しあがってきた。文章を書くことに対して、なんというか自己表現的な感じで向き合ってしまうのだが、論文を書くのはそういうのとは違って外部に基準のあることだから、自分のやり方を捨ててやるべきことをやるだけだなと思って、ある意味気が楽になった。そう思って書くと、とりあえず書けるだけ書こうという感じになって、1時頃までわーっと書いた結果、「おわりに」まで文字をとりあえず書くことができた。

書いてみて、思いのほか文章がどんどん崩れていって、整合性が全然取れなくなってきているのがわかるのだけどなかなか体勢を立て直すのが難しい。しかしまあ、いったんは最後まで終わらせて、ブラッシュアップは何周もする過程でやろうと気を取り直してやっていった。性が進むにつれて雑になって、書くべきことも書き漏らしていたり、もっとちゃんと述べるべきことを述べてなかったりしている感じもするのだけど、それもあとから回していく過程でよくしていけばよいだろう。2月8日が締め切りなのでそれまで時間もあるし。「はー、しかしはやく自分もジャーナルに採録されるような論文を書きたい!」という気も強くする。

2021年1月17日

今日から2020年度の最終学期の授業が始まった。「遠隔教育システム工学」ということで、ある意味いま最もアツい講義ということになるだろう。担当されている先生も、今般のコロナ禍であれこれと骨を折ったということであった。レポートを書いたりグループディスカッションしたりプレゼンしたりとインタラクティブに進めていくようで、せっかくなので仕事に活用できるようアウトプットにしたいと思っているところ。

少し論文の検証の続き。その後、『TIMELESS 石岡瑛子とその時代』を読み始める。Kが昨晩夢中になって読んでいて、ほぼ読み終えたという。大方の筋としては、昨日観た回顧展の詳細をサポートする感じの内容で、とても楽しめる。

いま以上にもっとずっと男性社会の中で、横須賀功光や杉山登志らといったクリエイターと関わりながら完璧主義を押し通す意思の強さは、ポートレートにも現れているように思える。一方で、親しい人には違った面も見せていたといい、アートディレクターとしての外観にはずいぶん気を配っていたようだ。一方で、デザインというのが他のアートと違うのは「依頼主があってこそ」であるということで、強い「私」を持っていながらも、作品を自ら作るというわけではないという自覚もある。その辺をどう処理していたのかは気になるところ。

読んでいるうちに眠くなってきて、2時間ほど寝る。

夕食を食べた後、少しLEXさんのMVなどを観たりして、論文書き。なんかあんまり乗らなくて、筆が遅い。今週末で終わるつもりだったけど、だめだったなあ。もうちょっとやっていたい気持ちもあるが、週明けから寝不足になるとあとに響くので、平日の夜に持ち越してもう少しじっくり取り組むことにした。