Category日記

2020年10月21日

最近の無理がたたったのか、朝起きれなくて10時の論文読み会に間に合わなかった……。遅れを取り戻すために今日の分を読んでから開始。昼は、来年の新卒入社の方々とランチ。しきってくれた方々がとてもよく工夫してくれて、弁当を手配して送ってくれたり、Zoomのブレークアウトルームで組分けして話しやすいようにしてくれたりしていて、感心する。その後は、ミーティングや面接をしたりなど。

合間に研究関連で調べ物。これで行ける!という感じになるどころか、どうにもうまくいきそうにないなあということばかりでてきて、困っているところ。しかし、もうひとつ温めていたアイディアの方が有望な気もしてきて、そっちも押していくかなあという気持ちになる。また、大学院の副テーマの方の配属、つまり指導教員が決まった。第一志望で出していたIoT関連の先生。そっちはそっちで、どうせやるなら論文にしたいと思っているところ。

夜は、外に出て食事。焼き肉を食べる。なんか怪しげな雰囲気を感じたがけっこういい感じのところでよかったなあ。その後、お茶しながらおしゃべり。

帰宅して、研究関連で調べ物をしたり、アイディアをメモしたりなど。いろいろやってみたいことはあるのだけど、それをどう研究として意義があり、かつ、成果の出る問題に落とせるのかが難しいよなあ。でもまあ、毎日ひとつずつでも何か歩をすすめることをやり続けていれば、そのうちまとまっていくだろうということを信じてやっていくしかないんだろう。かなり訓練という感じがする。このことにはずっとストレスを感じているのだが、これを乗り越えないと先に進めないのだ。

2020年10月20日

論文読み会からのスタート。1 on 1したり面接したり、その他、CTO協会関連のミーティングなど。

夜は、同僚のI氏に誘われ、夕食。骨董通りにある焼き鳥 平良。居酒屋みたいな店を想像してでかけたら、すごくきれいな店で驚く。料理もかなり美味しくて、また来たいと思う。

帰宅して、CTO協会のミーティングとGitHubまわりを少し。その後、研究関連の調べ物をする。ちょっとどうしたものか行き詰まってしまいつつあるので、もっとつっこんで調べてなんとか道筋を見つけないと。

2020年10月19日

論文読み会の後、2020年第III期の履修登録。あとでやろうと思っていたら、今日が締切ということであわててやった。今期はあまり取れず、6単位分。そして、もうひとつ別のプロセスで登録していた授業が、実は先週から始まっていて、半分以上をすっぽかしていたことが判明してがっかり。Slackできいてみたら今からでも単位を取る分には間に合いそうな感じではあったが、成績悪くなるのも嫌だなあという気もして、スキップしようかなと思っているところ。まあ、単位自体は順調に取れてるし。

インフルエンザの予防接種のために出社。その後、出社していた同僚とランチ。こうしてランチにいくのもすごく久しぶりだなあ。その後、帰宅してあれこれミーティングなど。

夜、食事をしながらNHKプラスで釣瓶の家庭訪問的な番組を観る。なんかやたら面白くてケラケラ笑いながら観てた。その後、昨日の続きで『松風の家』の下巻をひたすら読み、読了。数十年の年月を描いて、その終いに来し方を思い起こしつつあらたな決意をする最後に、ぐっとくるものがあったなあ。自分にはまだそういう感慨みたいなのはないけど、30年後とかにそういうことを思うこともあるのだろうか。

その後、最近よく観てるだいじろーさんのYouTube動画をあらためてさかのぼって眺める。英語の多様性をわかりやすく知ることができるのが、このチャンネルの一番いいところだと思う。それにしても、もっと英語できるようになりたいなあ。

2020年10月18日

昼、Kの友人らが来訪。昨晩用意した料理やらお酒やらをふるまい、おしゃべりする。昨夜も遅くまで起きていたこともあってか、少し飲んだだけでだいぶ眠くなってきて、2時間ほど経ったところで席を立って、しばらく眠る。その後、19時過ぎまで。

お茶しつつ、CTO協会のミーティングなど。

帰宅して、宮尾登美子『松風の家』の続き。小説というものが、必ずしも歴史に対する解釈なりなんなりでなければならぬということはないとは思うが、このように歴史を扱う小説の膨大な蓄積をこれまであまり省みることのなかったのは、それはそれでもったいないことだという気もする。

2020年10月17日

目覚ましをとめて二度寝。12時前まで寝てた。昨晩は3時前まで本を読んで起きていたとはいえ、久しぶりにそんなに遅くまで寝たなあ。起きて、昨夜の続きで杉本博司『苔のむすまで』の続きを読み、読了。杉本博司さんの文章は折に触れて読んだりしていたのだけど、本になっているものをまとめて読むのを10数年さけていたのだったが、やっぱりすっかり魅了されてしまって、大きな感銘を覚える。続けて『江之浦奇譚』を読む。

外出。祐天寺でお茶する。『昭和史講義【戦後篇】(下)』の続きを読む。戦後の約10数年の政治・外交史の激しさにあらためて驚きつつ、いまも政治や外交とはこのような営みであるのだろうかと思いを馳せる。功罪あるとはいえ、この頃の政治家はもとより、怪しげな紳士たちの暗躍も含め、人間の器量のあり方みたいなことを思って、自分のあり方を反省したりもする。このところ、自分の小ささを自覚することがあったりもして、ここらでひとつ壁を超えなければならないところなんだろうなと思う。

明日、Kが家に友人らを招くということで、買い物。料理はKが作るということで、それに合わせたワインを選ぶ。自分で飲むものも含めて5本買う。帰宅して、『江之浦奇譚』を読み名がら飲む。はー、ひたすらすごい。ため息しか出ない。だいぶお腹いっぱいになり、宮尾登美子『松風の家』を読み始める。千利休の末裔の家が明治の荒波をいかに処したかという話(なんだと思う)。昔はこういうのは読めなかったと思うけど、京都に住んでたこともあるし、またいろいろと機微もわかってきたこともあって、ひたすら心打たれている。

NHKプラスで「ノーナレ「祇園の神さん」」を観る。

2020年10月16日

なんかいろいろバタバタしてやるべきことが滞ってたりするのだが、それはそれで集中してやらざるを得ない状況に追い込まれるから、物事がはやく終わったりするのかもしれない。あっという間に夜。

昨晩もらったデータセットを引き続き眺めたり、あれこれ状況を調べたりする。思いのほか難しい状況になっていて、研究の方向性にも影響がでかねない感じだなあ。うーん、どうしたものか。もうちょっと深堀りして調べていかねば。

2020年10月15日

朝からずっとバタバタしてる感じ。夜はCTO協会のミーティングと、さらに関連の作業など。そんなことをしていたら、首の後ろから肩が張ってきて痛みがでてきた。慌ててストレッチをするが解消するかどうかわからないのでロキソニンを飲む。

新しく作ったチャンネルにワークスペースの全メンバーを招待する必要があってSlack API経由でチャンネルにinviteしようとしていたのだが、ドキュメントに指定されているscopeを付与しているのに足りないとエラーが出て、全然わからん。結局、ユーザIDだけ全部ダンプして、UIから入力して招待した。目的は果たせたが、くやしい感じ。

やりとりをしている方から、データセットを置いてあるGitHubリポジトリのアクセス権をいただく。求めていたデータがたくさんあるぞ〜!という喜びと同時に、コントリビューションする余地がたくさんあって、これはこれで「やっていかねばなるまいな……」という感じ。予想はしていたものの、ひとさまのデータセットがあれば自分のやろうとしていることがしゅっとできるなんてことはないよな。いっそ腹を決めて、malicious packagesについてめちゃ知ってるという状態を目指す他ないか。

しかし、はやく実験を行える状態を作らないと、いつまでも可能性を追っているだけになってしまう。はやめにひとつめの収束を作って、多分そこですんなりとはうまくいかないだろうから、次にまた発散・収束フェーズを一周して、というのを繰り返していくのがいいんだろうなあと思う。

2020年10月14日

ナイトプラスを飲んで数日は寝起きがめちゃすっきりだったのだが、ここ3日間ぐらいはそれほどでもない(が、前みたいになんどもスヌーズしてるわけではない)。慣れてきたのかなあ。変に慣れなくたってよいのだが。しかし、昨晩も睡眠スコアがあまり良くないし、単純にそのせいかもしれない。

昼休み、ジムへ。タオルを忘れてしまったので汗をふくことができず、あまりトレーニングできず。YouTubeで検索して適当に選んだHIIT動画を観ながら少しやってみたのだが、けっこうきつい。自分に合うものを見つけてやるようにしたい。それでだいぶ汗かいてしまったので、その後はずっとストレッチ。股関節周り、あんまりやりすぎると痛めてしまうのだが、今日もゆっくりやった。

仕事やらCTO協会やらで今日もあれこれ忙しい。

昨日、データセットへのアクセスをお願いするメールを送ったのに対して返信があった。GitHubのアカウントを教えてくれとのこと。また、文面では機械学習でごにょって云々ぐらいのことしか書いてなかったのだが、もうちょっと詳しく教えてくれとのことだったので、明日まとめて返信しようと思う。どのへんまで書けばいいものなのかなあ。

その後、CTO協会のミーティングや関連の作業、その他あれこれあって、夜中まで作業。そんな感じであれこれあってなかなか研究を進められないのがもどかしいのだが、そんな中でも少しずつでも進めようということで、会社のNotionに毎日、研究日誌を書いている。朝の論文読みの感想や、研究関連のちょっとしたことでも、何か少しでも進めるべく書いていく。毎日何か書いていれば、研究もほんの少しずつでも進捗するはず。

2020年10月13日

1 on 1やミーティングをしたり、CTO協会関連のあれこれなどが多めにあったりの一日。夜はさらにミーティング。CTO協会関連で、今回の件に限らずけっこう時間と労力を使ってやっているわけだが、だからといって何か個人的なメリットがあるわけではまったくなく、あれこれいわれてむしろその逆ばかりだったりするわけだが、まあそういうのも含めてやっていくことが公共のためだと思ってがんばるぞ、という感じだよなあ。

伊藤亜紗さんの『手の倫理』の続きを読み、読了。この本は、まさに自分にとっていま必要なものだったなあ。道徳と倫理の区別については先日書いたが、触覚というある種の非道徳的な感覚によって、人々との間で都度ごとに生成されるコミュニケーションを実践するという倫理的なあり方は、自分自身にかなり不足している面だし、大事にしていきたいと思える考えだった。

帰宅して、研究のために必要なツールの続き。なんかやろうとするとあれこれ調べ物をしなければならなくなってきて、そこに時間使ってる場合じゃないし面倒になってきたから、やっぱRubyで書こう……ということになった。あと、そもそもそのツールを作っている目的として、あるデータセットを使おうと思っているのだが、それへのアクセスをもらうためにメールで問い合わせ。すんなりいくといいなあ。

2020年10月12日

休日はどうもストレッチをするタイミングを逃してしまって、かつ、寝る前にもするのを忘れて寝ていたのだが、そのせいか睡眠の質がよくなかった感じ(Withings Sleep的にもあんまりよくない)。多分、首まわりが凝ってて寝苦しいのだろう。ちゃんとするようにしないとなあ。

論文読み会からのスタート。あれこれミーティングしたりなど。昼休みに軽くジム。

民主主義は不可能なのか?: コモンセンスが崩壊した世界で』の読了ツイートがBooklog経由で流れたことから、Twitterで落合渉悟さんと少しおしゃべり。彼の取り組んでいる民主主義を改良するDAO4Nなどについて教えてもらう。そのあたりについてあまりフォローできていなかったのだが、極めて面白い取り組みだ。

公共心の涵養について考える。「心」があるかどうかは測りづらいので、ある種の行動を実践できているかどうかで公共心があるかどうかを判断するのがいいと思う。たとえば、

  1. 対話によって新しい意見を創るために議論する
  2. 個人的な損得と公共的な善悪とを区別する
  3. 人々の公共心を涵養するために行動する

みたいな指針があり得る。それぞれについて具体的なイメージを持てるような例示や、ファシリテーションが必要となる。

夜は、Commit2Vecの論文を読んだり、そこをベンチマークにしたときの自分の研究したい内容の位置づけをまとめたりなど。そうすると、ある種のツールを作る必要がでてきたので、最近Go書いてなかったしな―と思ってGoで書き始めようとしたら、ツールチェインまわりがすっかりわからなくなっていて、あれこれ調べることに。やっぱ日常的なコード書きから離れると、こういう時に時間かかるなあ。

© 2020 栗林健太郎

Theme by Anders NorénUp ↑