Category: 日記

2015年8月26日

布団を2枚かぶっているのに寒かった。まだ8月だよ。 朝のメディテーションは、集中強めで。しかし、念には念を入れて、の念ってsatiのことだよね、とか考えてしまってよくない。ただまあ、集中できている時はかなり気づき続けているので、もっとぐっといけるようにがんばろう。修練あるのみって感じだろう。まさにメンタル・トレーニングだ。 圧倒的成長、自分ができているかどうかはわからないけど、以前よりできるようになったことがしばらくすると普通になってきて、物足りなくなってくる。そうなると、自分の器量の小ささにがっくりくることが多くなるのだけど、できることを着実にやりつつ、大きくしていくしかないと思う。 終業後、某氏、hsbtさんと飲みに。宮益坂上の魚料理 吉成。悪くない感じ。いろいろ話をしていて、いいところもあればよくないところもあるって感じで、対照的な環境だなあと思ったり。隣の芝生は青く見える、という感じもするけど。 帰宅して、50年前のプロダクト・マネジャーについての本を読む。「何も変わらない、何も……」とつぶやきたくなるような、いま刊行したって細部を除けば通用しそうな内容で、その本が優れているというよりは、ほんとに何も変わってないんだろうな、つまり普遍的な問題なのだろうと思った。 歴史を知ることの醍醐味として、現状にとらわれずに普遍的な問題を知ることができるというのがあるだろうけど、経営史においてもそうしたことを感じられるのは面白い。

2015年8月25日

メディテーション、漫然とするのではなくてもっと意識的に集中してみようと思ったので、昨夜からそうしてみた。ちょっと強めに呼吸へ意識を向けてみる。最初の5分ぐらいはかなりいい感じに気づき続けることができてよかったが、しかし、10分ほど経つと集中力が途切れてきて、いろんな雑念が浮かんでくるようになる。ただまあ、こんな感じで続けていけば、気づき続けている時間をもっと長くできるかもなと思えたので、よかった。 昼食は寿司。 昨晩、プロダクトマネジメントに興味のあるひとが集まれるSlackチームを作ったら、いろんなひとがたくさんjoinしてきて、盛り上がってきた。自分自身は、いわゆるプロダクトマネジメントそのものに興味があるというわけではないのだけど(というよりも、それは要素のひとつとして含まれているという感じ)、広い知見をお持ちの方々と話せるのはいい機会だし、よかったと思う。 夕食は、分量はあるけどヘルシーな感じに。鶏胸肉のトマト煮、小松菜としめじのおひたし、キャベツの塩昆布サラダ、納豆かけ豆腐。作るものがマンネリ化して手癖でやっている感じが続いているので、何かブレークするーがほしいと思っているところ。どうしたらいいのかなあ。レシピ本を買って、選り好みせずに端から作っていくとかするのがいいのかもしれない。もっと料理上手になりたい。あと、うつわ買いたい。 『できる研究者の論文生産術』を読む。昨年に大学院を受験してだめだったりしたのだけど、学術研究というものへの憧れ的な思いがあるにはあって、同僚が「技術者が研究者のように論文を書くメリットはあるか – 人間とウェブの未来」というエントリを書いているのを見て、あらためてなんかやりたいものだと思ったり。学校へ行くのはしんどい状況なのだけど、どうしたらいいのかなあ。

2014年8月24日

今日の天気は「曇り」、最高気温は29℃。 朝のメディテーションは、やっぱり集中しづらい。どうしても、これからやる仕事のことについて意識が向いてしまう。しかたないっちゃしかたないけど。しかし、1週間ほどやってみて、ただ漫然と「気づいて」いればいいというわけではなくて、もっと一生懸命集中しないとだめなんだろうなということがわかってきた。より意識的に気づいていくようにする。 最近、通勤中はBittersweetとHEARTBREAKIN’とを交代で聴いている。ほんとよい。聴けば聴くほどよくなっていく。そういえば、Podcastを通勤中に聴く、というか、通勤中ぐらいにしか聴いていなかったのだけど、最近聴いていなくてたまっているから、そろそろまた習慣を戻さないとなあ。 昼食は排骨担々麺を久々に。 メディテーションは、座ってやるだけじゃなく、たとえば歩いている最中にも動きに気づき続けるというのもあるようで、今日はちょっと意識的にそうしてみた。いつも考え事をしながら、たいてい仕事のことを考えながら歩いているのだけど。移動している時に考えてもあんましかたないので、それならメディテーションをして、席に戻った時に集中する方がいいかもしれない。しばらくやる。 終業後、たまっていたForbes Japanを3冊分流し読み。いろんなひとがいろんなことをがんばっている。それで思ったわけではないけど(比較の対象にすらならないし)、我が身をふりかえるに、自分の低い目線においてすら、自分自身こうあるべきと思うところからはほど遠くて、まったく何も満足できない。焦燥を感じる。 今日は相場が大荒れで大変。まあ、なんともしようがないので気にしないことにした(ふだんからほとんど気にしてないけど)。 帰り道、すっかり気温が下がって風が気持ちよくて、つい先日までの暑さはなんだったのかという気候。夜は、アパートの庭(隣に住んでる大家さんが丁寧に手入れしている)で鈴虫が鳴き始めた。秋の始まり。スマホに表示されている渋谷の気温は22℃。気持ちがいい。 大橋のLIFEで買い物して帰る。時間も遅いので、適当な感じのご飯を作った(ベーコンを買ったつもりが買えてなくて、しかたなくウィンナーをかぶせることに……)。 『マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える』の続きを読む。

2015年8月23日

今日の天気は「曇後雨」、最高気温は30℃。 朝、なかなか起きられなくて11時過ぎまで寝ていた。読みさしの『西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)』を読んだり、岸政彦さんのブログを読んだり、15分ほどメディテーションしたり、和利道で昼食をとったりしていたが、休日っぽい感じででかけようという気分になって、表参道へ。 行った店はGLACIEL(グラッシェル)。ひとことでいえば「高級アイスケーキ」なのだけど、鮮烈な美味しさで、いいもの食べたなと思えてよかった。ただ、客が並ぶのは自明なのだから、店舗をリニューアルしたんならもうちょっと並びやすい感じに作ってほしかったなと思う。変な風に並ばされると不快だし、あとからくるひとにも気を遣うしで、落ち着かない。その後、青山通りを散歩しながらの帰路、紀ノ国屋に寄ってハーブティとオリーブを買う。 青山のピエール・エルメの路面店で、変なコードらしきものを発見。 三軒茶屋でラテンフェスティバルというのをやってるらしいと知って、家を通り過ぎてバスで三茶まで。着いた時間が遅くて、完全に撤収ムードで残念。しかたないので飲みに行きたいところだけど、あんまりお腹も空いていないので喫茶店セブンへ。いつもはけっこうひとが多かったイメージだけど、今日はやたら空いていた。 去年も「〜周年記念」とかでコーヒーのおかわりサービスをやっていた気がするけど、今日も「52周年記念」とかでおかわりをもらえて、よかった。毎年やってるのかな。そんなわけで古くていい感じの店なのだが、店員さんがいつも若い女の子なのが不思議。そこで、「ありのままに長渕剛オールナイトライヴ富士山麓ふもとっぱら現場で起こったことを話すぜ! – Togetterまとめ」を読んで大笑いするなど。 三茶にも四文屋があることを知ったので、せっかくなんで訪問。軽く飲食する。隣の席に、ちょっとアレな感じの男性がいて、やや戦慄。帰り道にブックオフに寄って仏教関連の本を買った後、バスで帰る。 帰宅して、『西洋美術史入門』を読み終え、『マインドフル・ワーク 「瞑想の脳科学」があなたの働き方を変える』を読み始める。アメリカのノンフィクションらしいきちんとした本という感じで、面白い。 髪を刈った。

2015年8月22日

今日の天気は「曇後雨」、最高気温は32℃。 メディテーション、昨晩も今朝もしなかった。酒を飲むとだめだなあ。 昼前に起きてゴロゴロしたり昼食したりして、YAPCへ。結局LT以外のトークはひとつしか聴けなかったなあ(bradfitzのGo話)。しかし、YAPCはほんと最高だなあ。 その後、はてな関係者と飲み。

2015年8月21日

今日の天気は「曇り」、最高気温は29℃。 朝の瞑想、あんまりうまくいかなかったなあと思いつつも、意外と時間が過ぎていて驚く。それにしても、ヴィパッサナー瞑想をすることは、もぐら叩きに似ていると思う。次から次に湧き出てくる「妄想」を、ひたすら叩いてつぶしていく感じ。しかし、それでも「妄想」はやむことがない。 午前中の仕事を終え、15時過ぎ頃から東京ビッグサイトで行われているYAPC::Asia 2015の1日目へ。YAPCは、トークを聴くこと自体も面白いけど、まあ、1年に1度の同窓会みたいな面も大きい。久々に会う人々、元同僚たちと近況を話し合ったり。とかやってたので、結局トークはLTしか聴けてないけど。 懇親会、2次会とずっと飲み通し。会社で動画スポンサーをやったのだけど、それが思いの外流されまくったようで、いろいろなひとにお声がけいただく。メッセージとして伝わっているのかは不明ではあるにしても、認知としてはそれなりに大きかったようだし、よかったなあと思う。 飲んでいた勢いで明日のLTに応募したり。通ったらがんばろ。

2015年8月20日

今日の天気は「雨時々曇」、最高気温は27℃。 昨夜は飲み会の後にメディテーションしてみたのだけど、眠くて耐えられなくなり、5分でやめた。やっぱ酒飲んでるとだめみたい。 『マインドフルネス』に、小技として「吸って吐いてを1回として、1〜5まで数え、5に達したらまた1に戻る」というのをやるとよいとあったのでやってみた。確かに、より呼吸に気づくことに集中できるのだけど、気を抜くと1に戻らずに6、7、8〜と進んでしまう。自動化されてしまっている。しかし、1〜5ってのもまた同じように自動化されているだろうので、数を数えるのはやめようと思った。 旅行にあまり興味がないのだけど、東南アジア諸国はひと通りいってみたいなあと、ASEANについての経済解説記事を読みながらあらためて思うなど。 先日、義両親宅で観たテレヴィ番組で紹介されていたつぶまるという麦茶が美味しそうだったのだが、配偶者が表参道の紀伊國屋で購入してきたので、飲んだ。深煎りで香ばしくて、とても気に入った。 帰宅して、夕食を食べた後、『別冊サンガジャパン 1 実践! 仏教瞑想ガイドブック』の続きを読む。「実践」といいつつ、かなりの部分が歴史や理論や現況などの説明で、まあそれはそれで面白いのでいいのだけど、「ガイドブック」というのはどうか、と思ったりもする。 それはともかくとして、テーラワーダに関する説明は面白いけど、大乗仏教の話は制度化され過ぎていてあんま興味ないなと思ったり。しかしまあ、大乗仏教にも面白みがきっとあるだろうので、先入観を持ってはいかんな。 瞑想というのを、宗教から完全に切り離して唱導するのは欺瞞だろうとは思うけれども、個人的には宗教における社会とのつながりの面にはまったく興味がないし、誰か現存の人物に帰依したり仲間になったりしたいとも思わないので、自分に役立てばなんだっていい、という意味では、切り離して考えているな、と思う。単に知識としてなら、仏教そのものに興味が無いわけではないけど。

2015年8月19日

今日の天気は「曇り」、最高気温は32℃。 昨日の続きで、自覚しつつもあえて、という話。たとえば映画批評における蓮實重彦さんがいっていた「記号」とか、「抽象性」とかいうのって、映画という物理的実在、すなわち1秒24コマのフレームに気づくことなく、つまりは「記号」に遭遇することなく、なにやら「概念」についてとりとめもなく語ることを「悪しき抽象」といっていて、いくら「自覚」していると思ったところで結局は「抽象」に過ぎない、ということはおおいにあり得るよな、と思った。 昼食は、親子丼の店だったのが突然牛たんやになったとこに、リニューアル後初めていって、牛たん定食。牛たん好きなのでよいのだけど、高いなあ。客単価はあがったろうと思うけど。 「Think! 2015 Summer No.54 [雑誌]」に「IoTの地政学」という記事があったので、Kindle版を買って読む。知見を整理してもらったという感じ。いろいろ思うところが多い。しかし、たとえば佐藤優さんが「来年以降は地政学がくる」といっていたり、今頃『戦略的思考とは何か (中公新書)』の内容をドヤ顔で解説する文章が出てきたりとかで、IoTはともかく、「地政学」もバズ化しつつあるなと思う。 終業後、ひょんなことでうちのPO関係者と @ninjinkun とで飲み会をやろうということになって、鳥升へ。プロダクトマネージャー決起集会。プロダクトマネージャーというロール自体の必要性の認識が日本のWeb業界では高まっているのだけど、僕としてはもうちょっと大きな枠で考えたほうがいいと思っているところ。具体的には『【増補版】製品開発力―自動車産業の「組織能力」と「競争力」の研究』を読んでもらったらいいと思うのだけど、入門的には『「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論 (講談社現代新書)』でもよかろう。 しかし、瞑想によって「気づき続ける」のは難しい。すぐに「妄想」が沸き起こってくる。それはそれでしかたないので、気づくことを続けるしかないなあ。 というわけで、「マインドフルネス = 気づき」とローティ的プラグマティズムとは接合可能だと思う。その補助線としてわかりやすいのは、スプツニ子!さんの「生理マシーン、タカシの場合」。共感はマインドフルネスによって生まれるものだろう。

2015年8月18日

今日の天気は「曇時々晴」、最高気温は33℃。 今朝も20分のメディテーション。あまりうまくいかない。メディテーションを実際にやってみて、感情や考え(=妄想)というのは気づくといくらでも湧いて出てくる、しかもとりとめがないということを実感した。集中し、気づき続けることは難しい。ずいぶんと壁が高く思える。 通勤時に考え事。何かを自覚しつつあえてやる、みたいな態度があるが、それはそれで有用な場合もあるし、自覚がどんどん無限後退するからありえないという批判もあり得るが、後者の場合、いくらでも細分化できるというだけで結局はシンプルな感情(たとえば悪意とか)に帰着する、そしてそのことが気づかれないということがあり得るな、そうであれば、あえてやるなどといったところで、結局は同じことだろうと思った。「シラケつつノる」とか「ネタからベタへ」みたいな話。 ネットで「教養 = あるクラスタにおいて広く共有された知識」という話が出ていて思ったこと。普通に考えて、教養というのは共有されているかどうかというよりは、それを知っていることへの社会的な威信が存在する(ことになっている)知識の塊のことをいうだろう。 まあでも、そういう「社会的な威信」などはもはや存在しないし、むりやりあることにしなくたっていいという考えもまた悪かないとは思うから、これからの社会にとって有用な知識を教育するというのは、それはそれで合理的だしそれ自体有用だろうと思う。 「経営者の美学」という言葉を目にして、「美的価値判断の基準」を「美学」というのはなぜなんだろうかと、丸亀製麺で鬼おろしうどんを食べながら考えたり。類例として、広く「価値判断の基準」に過ぎないことを「哲学」と呼ぶというのもある。 Web Designingが、9月号からリニューアルされていた。EC特集だったので面白そうだと思って買って読んでみた。経済産業省の報告書を解説した特集冒頭の記事に、なるほどと思うなど。 夕食は中目黒のFive Star Cafeへ。パクチーとパパイヤのサラダ、大根餅を卵と炒めた謎の料理、チキンライス。 『マインドフルネス 気づきの瞑想』の続きを読む。読んでいるうちに眠くなってきて、少し仮眠。起床後に再開、読了。 ところで、最近マインドフルネスがどうのといってるのは「グーグルも導入!」みたいな文脈で興味持ったわけじゃなくて(それ自体は知ってたけど)、『仏教思想のゼロポイント』という本が面白かったから、そこから広がってきたのである。まあ、別になんでもいいだろうけど。 というわけで、今日もまた就寝前にメディテーションをする。

2015年8月17日

今日の天気は「雨」、最高気温は29℃。 寝る前に、一日の振り返りを日記という形で記録しておくのがよいのではないかと思ったので、ちょっとやってみることにする。 瞑想実践の指南書を読んだので、一昨日からメディテーションを始め、今日から朝もやることに。夜、就寝前に行うのと比べると、どうも集中できない。音がするのが原因か、そもそも眠いからか。 『スクラム実践入門』の韓国語版が届く。自分の書いた文章、それも寄稿した本が翻訳されるというのは初めての経験だが、それが韓国語というまったく未知の言語であり、まるで理解できないという体験は面白い。 部屋が手狭になったので転居を考える。昼休みに軽く検索してみたらいい部屋があったのだが、内見申し込みをした途端に電話をかけてきた不動産屋の営業のひとがいうには、新築マンションは内見もせずに埋まるのだという。逆にそうじゃないマンションはヤバいのだと。別に新築にこだわりがあるわけではなく、よさげなものがたまたま新築だっただけであり、ともあれ内見せずには決められないし、それでだめだったらしかたない。 配偶者が体調が悪いというので、早めに帰って夕食を作る。ラタトゥイユと、牛肉とほうれん草のサラダ。明日の食事を簡単にするために、多めに作っておく。 瞑想実践本は、ひとによって悪い意味でスピリチュアルな色が濃過ぎることもあるようなので、いくつか読んでみようと思う。そんなわけで、バンテ・H・グナラタナ『マインドフルネス 気づきの瞑想』を読む。かなりフラットに書かれているので、不信心者にも引っ掛かりがなくて読みやすい。スピリチュアルなことはそれ自体ではよくも悪くもないが、妙な科学批判をし出すと「もう無理」という気持ちになる。 本を読んでいると眠くなってきたので、しばらく賃貸物件を検索。希望する条件を入れると、いまの家賃から5万は上乗せする必要があるようなのだが、そのための金額として妥当だとは思えない。高い。