CategoryJazz

阿部薫と坂本九との関係

Jazz奏者・阿部薫について、Wikipediaにこんな記述を見つけた。

因みに阿部は坂本九の甥である。

阿部薫 (サックス奏者) – Wikipedia

まったくの初耳なので驚き、検索してみた。
高校生の頃、阿部薫と言葉を交わした経験を持ち、また、長じては、彼のいとこに阿部について話を聞いたことがあるという大友良英氏によれば、阿部と坂本とはいとこ同士なのだという。

阿部薫さんいついては、高校生のころ、ほんとうにうっすらと一方的にお話をさせてもらっただけですが、その後彼のいとこに当たる人と昨年ひょんなきっかけでお会いすることがあり、子供の頃のお話をいろいろうかがいました。実は阿部さんと坂本九はいとこ同士で、向こう三軒両隣のような地域で行き来しながらおなじように仲良く育っているという話。この話はほとんど知られていないと思うのですが、私にしてみれば、幼少時に一番好きだった歌手坂本九と、70年代のある時期、人生を決定するくらい大きな影響を受けた阿部薫がいとこどうしで同じところで育っていたというのは、なんとも衝撃の事実でした。

インタビュー – 大友良英のJAMJAM日記

他のサイトによる記述もあれこれあたってはみたが、甥なのかいとこなのか、確証を得られなかった。
また、阿部薫ファンにとってのバイブルである『阿部薫 1949 – 1978』(文遊社)を最初から最後まで、坂本九あるいはそれに関する文字列を探してなめてみたが、それらしい話は見あたらない。僕が所有しているのは94年刊のものだが、01年に増補改訂版が刊行されているので、そちらに記載があるのかもしれないし、あるいは、ライナーノーツ等で語られたりしているのかもしれない。
いずれにせよ甥なのかいとこなのか判然とはしないのだが、大友氏は阿部の近親者に話を聞いてあのように書いているわけだから、かりにいとこであるという記述が記憶違いだとしても、なんらかの近親関係にはあったことは確実だろう。

阿部薫1949~1978

阿部薫1949~1978

希望は過去にしかない

最近はわりと面白い本が多くて、楽しいなぁ。新しい本にもいいのはたくさんありますが、復刻モノも異常にアツい。ドゥルーズ/ガタリの本が、小泉義之さんによる『意味の論理学』、宇野邦一さんによる『アンチ・オイディプス』、ともに新訳、しかも河出文庫から出てるし。即座に注文した。以前の訳本の刊行からちょうど20年経ってるわけだし(「意味」は’87年、「アンチ」は’86年)、過去の遺産を新たな文脈で読んでいきたいところだよなぁ。

意味の論理学 上 (1)

意味の論理学 下 (3)

アンチ・オイディプス(上)資本主義と分裂症

アンチ・オイディプス(下)資本主義と分裂症

音楽でいえば、ますます高柳昌行さんがアツかったりしますね。今日は新入荷のお知らせを受けて3枚購入したりして、延々聴いたりしてます。JINYADISCを見てると、いろいろあります。そのあたりの事情は、「1975年の高柳昌行 01」を読むと、なかなかに感動的です。いまや、iTSで高柳を聴けたりしちゃうんだよねぇ。すごい世の中であります。『汎音楽論集』も出てたりしちゃってる。

汎音楽論集
  • 高柳 昌行
  • 月曜社
  • 2006-12
  • ¥ 3,780
  • Book

フラワーガール

Eric Dolphy "Stockholm Sessions"

エリック・ドルフィが、コルトレーンのバンドに加入する直前の 1961 年に、ストックホルムで吹き込んだセッションを収めた “Stockholm Sessions” は、まさにドルフィの真骨頂って感じ。
それこそフリージャズなんてジャンルもあったりするジャズとは、確固たるフォームを持ちながらも並外れて自由を希求するジャンルなのだけど、その中でもとりわけドルフィの演奏は、自由闊達という言葉がふさわしいだろう。そしてなんといってもあの音色の美しさ。かつて浅田彰氏が、中上健次の小説はアイラー的というよりもむしろ、自由に空を舞う小鳥のようなドルフィ的なものだとかそんな感じのことをいっていた記憶がある(本棚を探したけど、ソースが見つからない……)けど、まさに至言であると、両者のファンとして強く思った。
ところで、ライナーノーツで言及されているのだが、おそらくはこの CD におさめられているのと同時期に収録されたとおぼしきセッションの模様が、わずか数十秒程度とはいえ、いくつか YouTube 上で観ることができます

本作はそんなドルフィが 1961 年の渡欧時に、スカンジナビアで演奏を行った際に TV プログラムのために録音された貴重な音源だ。番組が収録された記録はあるのだが、未だにそれが DVD やビデオとして出回ったことはない。が、インターネットの発達した世の中でよかった。YouTube.com で何とその時の演奏が拝見できるのだ!

というわけで、どういう経緯で映像が流通しているのかはわからないものの、ジャズファン的にはほんと大変なことになっちゃっているわけですw

"Thelonius Monk Quartet with John Coltrane – At Carnegie Hall" について

菊地成孔氏による CD ガイド『200CD 菊地成孔セレクション – ロックとフォークのない 20 世紀』を眺めていたら、こんな記述が目に飛び込んできた。

本書の対談が総て終わり、ゲラが出そろってこのコラムを書き始めるや否や、まるで総て見切られていたように「奇跡の音源」と呼ばれる、例のあの、モンクとコルトレーンの双頭カルテットによるカーネギー・ホールのライブ盤が発売された。

え?この本のあとがきに記載されている日付は今年の 10 月だから、あとがきを一番最後に書いたかどうかはわからないとしても、そのあたりの時期にそんな CD がリリースされてたの?まったくもって認識してなかった!あり得ない!!いますぐにでも、一瞬でも早くその CD を手に入れないと!!!
ってんで買いに走ったわけなんだけど、どうも腑に落ちない。そもそも僕がその情報を見落とすわけがないのだ。そんな重要な情報なら放っておいてもWeb 経由で目にするだろうし、あるいは僕自身が見逃したとしても、地元の CD 屋さんが僕の趣味を把握していてあれこれ教えてくれるので、その手の情報については漏らすことがあり得ない。もしかしたらすでに買ったのにそれを忘れてるだけかとも思い、買った CD はすべて iTunesリッピングするようにしてるので検索をかけてみたけど、見つからない。どういうことだ……。
店について実物を見て理由がわかった。東芝 EMI から出てる日本盤ってば、例の CD もどき(セキュアCD)じゃねーか!!!そうだ、リリース当初に CD 屋さんに教えてもらってたんだけど、CD もどきだからってんで買わなかった、というか買ったところで聴けない(CD 再生装置として iMac しか持っていないし、それ以外使う気もない)ので買えなかったから、湧き上がりかけた激しい怒りをうっちゃるべく、存在を記憶から抹殺してたよ!!!
つーか、最近 CD もろくに買ってなかったし、そもそも最近のコピーコントロール事情がどうなってるのかもしらなかったせいで激しくいまさらな反応になっちゃったけど、このセキュアCDとかいうやつ、激しくウザそうな存在じゃないか。

また、「音楽配信メモ Sony BMGのXCP-CCCD問題が大事になりそうな気配」でも疑問が呈されているように、

XCPと並ぶ「現在のCCCD技術」であるCDS-300(東芝EMIは「セキュアCD」だとか「フェアフリーダム技術」だとかふざけた名前をつけて問題から目を背けさせようとしてるけど)も、インストールするとPC上でCDリッピングをさせないようにするガードを勝手に埋め込むんだよね。こっちの方は技術的にどうなんだろ? マルウェアとは違う働きなのかな。

ってな事情があったりもして、ウザさ倍増。まぁ、実際問題、プロテクトは簡単に回避できちゃってあんま意味なさげではあったりするみたいなんだけど。
んでもって件の CD は、例によって日本盤と欧州盤は CD もどき、US 盤は普通の CD ってな二重基準でリリースされてるってなやり口で、つーか CCCD がどーのとか騒いでた時となんにも変わってないじゃないか、ってか、ますます状況はウザ化してるのね……とげんなりしつつ、US 盤を amazon で注文しておきました。

© 2020 栗林健太郎

Theme by Anders NorénUp ↑