• 2021年4月7日

    いつもだいたい6時間〜7時間睡眠なのだが、やっぱ8時間は寝る方がいいのかなあ(不調を感じているということはないが、自分でも気づかない間によくない状態になっていってるだけかもなので)。あれこれやりたいことを進めたいので、そんなに寝たくないのだが……。

    Apple Watchのバンドが、見た目はいいのだがすぐズレてしまうという問題を見て見ぬふりしていたのだが、やっぱり我慢するのはよくないなと思って、サイズがぴったり合うものを書い直した。シリコン製の、輪っかになってるやつ。スポーティな感じでダサくてやだなと思っていたが、くすんだ水色ぽいのにしてみたら意外とかわいい感じで、思いのほか悪くない。気に入った。

    注文してあった早川光さんの新刊『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』が届いたので読む。江戸前鮨は、この数年、コロナ前までは間違いなくバブル的な状況にあっただろう。旨い店は増えてはいたものの、まあどう考えてもおかしいでしょという高騰ぶりで、ちょっと呆れたりもしていたところだった。著者は、バランスの取れたリーズナブルな感覚と幅広い経験に基づく定見により、いま一番いい感じのポイントをきっちり提案してくれる。どの店もよさそうだ。行ってみたいところばかり。

    昨年に引き続いての講義を金曜日にする必要があるのだが、せっかくなので新作の話にしようと思いつつも、スライドを書く気が全然起こらない。最近そんなんばっかだなあ。とりあえず、スライドの表紙を作っておいて、タブを開い状態まで持っていって終わり。書き始めれば、明日の夜にバーっと書いて数時間でできるだろう。そう思って、いまからだらだらやるより、明日の集中力に期待することにした。結局その方が効率的だし。やる気ないままにずっと気にだけかかっているみたいな状態でいるぐらいなら、ガン無視するほうがいい。

    久々に夕食を作る。やっぱり段取りがうまく行かなくて、途中でおかしくなったり、最終的にできたものも変だったりしてがっかりする。

  • 2021年4月6日

    いろいろと体勢を立て直す日。これからに向けて、また新しくやっていくための準備をしていったり。

    運動不足がヤバいので、Kと少し時間をかけて散歩する。歩いてみると、これまで気づかなかった場所などもあったりして、新しい発見がいくつもある。

    デジタル庁のエンジニア採用について、まずは35人が決定したということで発表があった(「「兼業・リモート可」デジタル庁発足へ35人採用、倍率は40倍 : 政治 : ニュース : 読売新聞オンライン」)。微力ながら関わったものとしては、ともあれスタートが切れる状態になってよかったなあと思ったところ。とても大変な仕事になるが、チャレンジされた方は立派である。何をやっても心ない人々からごちゃごちゃいわれることになるだろうけど、公共心とともに初志貫徹してほしいと思う。

    「マツコの知らない世界」で、ヒューマンビートボックスが特集された。SHOW-GOさんがスタジオ・ライブをやったりして、かなり力の入った企画だったのではなかろうか(もうひとつの特集のビジュアル系のほうがずっと扱いが大きかったけど)。その後、先週の「おちょやん」を観る。辛気臭くて面白くない。早く戦争終わってほしい。

  • 2021年4月5日

    今日は、久しぶりに雨ということで、昨今は気温も高いから蒸し暑くなるのかなと思ったら、普通に冷えてきて夕方以降は寒いぐらいだった。

    GMOペパボ・栗林健太郎が語る“逆算型キャリアデザイン”の落とし穴「人生の時間軸は人それぞれ違う」 – エンジニアtype | 転職type」という記事が出たり、「デブラジ | 開発者によるオンライントークセッション」というイベントの詳細が発表されたりと、立て続けに外向けの露出内容が公開された日だった。もう少し続きそう。取材なりオンラインイベントなりで呼んでいただける機会が多くて、ありがたい限りである。意味のある話をできるようにしていきたいものだ。

    先日、ひょんなことからサンドウィッチマンの漫才を観るきっかけがあって、その面白さを知ることとなった。二人組のお笑いコンビというのは知っていたが、何かネタをやっているのは観たことがなかったのだったが、言葉の面白さで勝負するタイプの正統的な漫才をやっていて、とても好み。それで、観られるものは片っ端から観てみた。ついでに、「プロフェッショナル 仕事の流儀」まで観て、いろいろ苦労をしたひとたちなんだなあというところでも、好感度が高まったりした。

    研究計画提案書を期限内に出したはいいものの、出すことにばかりフォーカスして、まだ何も始まってもないのに一区切りついたみたいになってよくない。あらためて文献リストを整理したりするところから立て直していかないと。計画としては全然余裕はないので、どんどん進めていかないと。授業も、面白そうなのあったら取ろうかと思ったりもしたけど、研究にできるだけ専念するようにしよう。

  • 2021年3月25日

    今日と明日は終日経営合宿。とはいってもオンラインだし泊まりでもないが。中期計画を実現するために、もっとやっていかねば。

    研究計画提案書は、あとは先生方に承認をもらって提出するだけなのだが、主指導の先生の連絡がつかない状態なので、とりあえず必要な方面にメールを送っておいて、期限前にやるべきことはちゃんとやってますよね、という手を売っておくことにした。万が一間に合わなかった場合に、教務課に抗弁できるように。事態には、着々と処する他ないのである。大人力。

    夕食を食べながら、月曜から今日までの「おちょやん」を観る。

    渋沢栄一のドラマを観たり評伝を読んだりしている関係もあって、なんか「産業を作る」みたいなスケール観について考えたりしていた。渋沢の時代は、そもそも近代的な産業そのものを、しかもいくつも作り上げるところからのスタート。まずは銀行を作ってから、紡績や重工業など幅広く企業を興していったのだが、単にいち企業を作るという視座ではなく、「産業」として、つまり公益に資するものであり、自分たちだけでなくその上で様々なプレイヤーが活動する土台を作っていったわけだ。いま渋沢のように考えるなら何をやるべきなんだろうか、みたいなことを思ったりする。

  • 2021年3月24日

    今日は、昨日までのインプットを元に、今後どうしていくかということについてみんなで議論する場を持った。みながいまよりもっとよく生きられるようになるとよいと思う。

    帰宅して、夕食を食べながら庵野秀明監督に取材したNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」を観る。宮崎駿さんの回も面白かったが、庵野さんの回はよりヤバい感じだったなあ。それでも、締切が有限性をもたらすという認識が語られるあたり、商業性との両立がよいものを作ることを後押しするという面はあるんだろうなと思ったりした。

    内発的動機について最近考えていて、内発か外発かは誰かが評価しようとしなかろうとやるかどうかによって決まるのだが、しかし内発でありさえすればいいということでもなく、締切のような切断が外部からもたらされることによるよさもある。そのへんのバランスというか、それぞれの良さをどううまく作るかに興味があるところ。

    帰り道に、いい感じの色なのを撮ったのがわりとよかったのでほとんど撮って出しみたいな感じでインスタにアップしておいた。なんかあれこれやることもなく、インスタにあげておしまいという昨今。

    先週から結構ばたばたしていてさすがに疲れ気味な感じもするので、今日は早めに寝よう。

  • 2021年3月23日

    鹿児島オフィスメンバー全員とそれぞれオフラインで1 on 1をした後、午後は出張の主目的である「【CTO&CDO】ものづくり組織のあるべき姿を考える」のためにmark Meizanへ。

    イベントが終わった後、木・金の経営合宿のための仕込みなどをしたりしてから、主催者のみなさんと打ち上げ。

  • 2021年3月22日

    今日から2泊3日で鹿児島出張。前回きたのが1年ぶり2020年の2月上旬なので、1年ぶりだ。

    航空会社はコロナ禍でかなり大変というのは既報の通り。そのために減便しているのだが、運行している便はほぼ満席という状況で、それはそれでどうなんだろうかという状況。コスト削って効率化しなければならないのはわかるけど、しかしなあというところ。

    夜は、久々にみんなとご飯。旨い。

  • 2021年3月21日

    株主総会のため渋谷へ。コロナ禍のため、議場への参加者は必要最小限で行った。そのため、僕は別室からリモート参加。つつがなく終了し、再任されることとなった。また1年がんばっていきたい。というか、次の1年は何かしらいままでとは違うことを必ず成すというつもりで取り組まないとなあと思っているところ。ともあれ、準備万端で瑕疵なく一大イベントを終えられたのは、いつもながらに関わったみなさんのおかげさまである。その後、新任・退任の方々を含め、セルリアンのスーツァン・レストラン・陳で食事。

    その後、少し遅れて大学院のゼミ。昼食は、そんなにたくさん食べたという感じではなかったと思うが、ビールも飲んだしスーツも着ているしで、体がぱんぱんな感じで座っているのも難儀する。ここ2ヶ月ほど取り組んでいた修論計画提案書について、先生からのレビューを取り込んだものについて話をして、だいたいフィックスした感じかなというところ。しかし、主テーマの先生も含め3名の先生方から承認をもらって、学内のストレージに月末までにアップロードしてやっとミッション達成なので、油断せずにやり遂げないと。

    その後、お茶しながら『明治史講義 【人物篇】』を読み始める。福田和也さんの本を読んでいることもあって、明治の大人物たちの足跡をあらためて追うことで、自らの志を立てることに役立てられれば、という、かなりベタなモチベーション。ちょうど再任されたタイミングでもあるし、あらためて自分が成すべきことについてしっかり考えて、より大きな志をあらためて作っていかなければならないと思う。その後、丸善ジュンク堂に寄って『青山二郎:物は一眼 人は一口』、『吉田健一 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集20)』、『渋沢栄一 ――日本のインフラを創った民間経済の巨人』を買う。

    昼食の余波でまだあまりお腹が空いていない感じもしたのでChompyでお茶漬けを注文したのだったが、帰宅して着替えていざ食べ始めてみると、量がものたりなかった。しかし、追加でなにか食べるものがあるわけでもないのでがまんしていたら落ち着いてきたので、ほんとはちょうどいいぐらいなんだよなあ。しかし、最近けっこうすぐにお腹がいっぱいになるようになってきて、かといって減量するわけでもなく、ただただ貧相になっていっているという感じがする。悲しいことだ。

    明日から2泊3日で鹿児島出張。今日で緊急事態宣言も明けるし、外に出たり大学院のキャンパスにいったりする機会も出てくるだろうと思って、Ankerの充電器やモバイルバッテリーなどを注文しておいたのが届いた。あまりよく考えずに注文したら、バッテリーがやたら大きいものが届いて驚く。19,200mAhの大容量なのだから当たり前ではあるのだけど。まあ、バックパックに入れていればさして重いというほどでもないし、足りなくなるよりはマシだろう。と思っていると、いま使っているNew Eraのバックパックを新調したい気持ちがしてきた。特にあてはないのだが。

    その後、『福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる』の続きを読み、読了。

  • 2021年3月20日

    朝から、情報処理安全確保支援士のオンライン講習。毎年のオンラインでの学習とテストに加えて、3年に一度の集合講習を受けなければならないのだが、今年はそれもオンラインになったのであった。製造業のCSIRTの責任者として、インシデントに対してでどう処するかということについてグループワークを行うというのを、10時から17時まで、途中で休憩をはさみつつ4セッション。正直いって、少なくとも自分の体験としては、ただ時間の無駄という感じだった。レベル、経験、モチベーションでクラス分けするべきだろう。と悪口をいってばかりもいられず、いろいろと自分ごととして考えるべきところがあるなあと思わされた。

    研修を終えて、お茶しながら『福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる』の続きを読んでいたら、またも地震。揺れてるのかどうかというところからだんだん強くなってきて、1分ほど経過しただろうか。3月になって地震が続いており、心配である。先日の地震に引き続き、家のトイレの水道管から水漏れ。管理会社に電話しないとと思いつつできていなかったのだが、今度は連絡しなければ。

    夕食は、Uber Eatsで先日注文して美味しかった焼き鳥丼をまた注文したのを食べながら、岡崎のスーパーマーケットの跡取りが中目黒に出したフルーツサンドのお店の話をNHKプラスで観る。以前のこの番組でも、再起のきっかけはSNSにあったのだったが、これもまたそうだった。実際、大胆なカット面は当世的な映えにフィットする優れた発明だろうと思われたし、きっと美味しいのだろう。食べてみたい。しかし、その後Kがフルーツサンドやらなにやらで検索して見せてくれたものによれば、パクリが既に雨後の筍状態だし、見せ方もラテアートばりに進化して、もはや豪勢な金太郎飴みたいになっている。

    研究計画提案書の続き。昨晩、先生からレビューが入った数点について対応して再提出。明日のゼミでフィックスできるといいなあ。

    福田和也本の続きを読む。この頃は小説をすっかり読まなくなってしまい、本を読むといっても、それが本である必要は別にないような、単なる情報の媒体に触れているだけという感じの乾いた読書ばかりになってしまっていて、そんなことではいけないよなあとあらためて思い、幾人か、全集を買ってでも読みたいひとの名前を挙げてみたりして、そういう本を読んで暮らしたいものだと思ったりする。しかし、氏のいまのポリコレ的感覚からは遠い偏見みたいなのはしかたないとして、『悪の読書術』で書いているような読書への感覚について、そもそもそこで何がいわれているのかすらわからないという読まれ方しかいまではされないだろうなと思い、それはその本が刊行された当時だってほとんどそんな感じだったわけだが、果たしてそれはいいことなのかどうなのか、と少し思ったりもしてみた。

  • 2021年3月19日

    ある種の行動について、いかなる意味で悪なのかをいわずにそうした行動をとったものを排除すべきだという手続き的なことを言い募ると、善悪よりも損得として、つまり処世術的に(そういうことは言わない方がいいと)受け取られてしまう。内なる心の光が宿らない言葉には、同じく暗い心が対応してしまう。悪いことについては、その悪さを直接的に指弾すべきだ。手続きに矮小化してはならない。

    なんでこんなにやる気が起こらないのかというぐらい修論計画提案書を放置し続けてきたのだが、今朝になって今日中に書かなければならない状態になってしまったので、いよいよやらねばと思いつつそれでもやっぱりなかなかとりかからず、しかしはじめてみるとするする進んで、わりとすぐにできてしまった。それもまたはじめからわかっていることなのだが、それでもやらない。でもまあ、その分、集中して取り組めたという意味では効率がよいといえるのかもしれないけれど。まだ先生の承認をもらってないので完成とは言えないが(提出もしてないし)、ひとまず目処がついたのでよかった。

    夕食をとりつつ、「おちょやん」を3話分観る。今週は死期が迫った「てるお」の話。父親のこういう屈託についてのストーリーにはいろいろ思うところが出てきて、感じ入るところが多い。これまではかなりご都合主義的なストーリーが多かったこのドラマだが、この父親をめぐるストーリーはかなりギリギリのところまで攻めていて、素晴らしいものだと思われた。

    昨晩、書店に行った際に『福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる』なんてのが出ているのを見つけたので、買っておいたのを読み始める。90年代、学生の頃に熱心に読んだ著者のひとり。数年前に出た『ヨーロッパの死 ―未完連載集―』ではずいぶんと気弱な感じのことを書いていて心配になったりしたのだが、生活においていろいろと変化があったりしたようであることが、知己によるエッセイによってうかがわれたりしたのも、興味深く思えたところである。なんか、この歳になってようやく、かつての、いまの自分よりも歳下の彼のいうことを真に受けて生きるのもいいのかもしれないとも思うし、しかしやっぱり、もうそういうのは通り過ぎて久しいという思いもある。