2022年1月18日

朝、起きたら起きたら起きたら10時を過ぎていた。昨日もなかなか起きられなかったので目覚ましが無効になっているのかと思ったのだが、設定はちゃんとしている。気付かないうちに止めているのだろうか。危険である。そんなわけで、30分の研究タイムはなし。その後、評価関連の作業。いつも、どうするかかなり考え込んだのちに、これが本人にとっても会社にとってもベストという結果を出すことを心がけてはいる。人々が自らの成長の糧にしてくれるとよいが。

遅ればせながらWEB+DB PRESSの最新号を読んでいたら、次号予告に我々の特集が出ていた。半年がかりのプロジェクトだったが、いよいよである。ゲラ前の著者校正の段階にあり、製品に向けて最後のブラッシュアップをしているところ。タスクが少しあったので、Centeredでフローに入って40分ほどで完了。

Kが注文したホタテが届いたのを調理してくれた。特に焼いたホタテの、なんか入れてるのかと思えるほどの旨味がすごい。驚く。「常きげん」を軽く飲みながらの夕食。そんなに飲んでないのに体にくるなあと思っていたのだが、これは原酒なのであった。そんなわけで、少し寝る。

美学のプラクティス』の続きを読む。極めて面白い本。整理が明快で、主張もシャープ。ソーシャリー・エンゲージド・アートが、むしろ美的なものとしてのアートを危険視してそこから脱するというのであれば、それはそれで放っておいたらよいのではないかという気もするし、個人的にはそれでもいい気もしたりするのだが、アートの形式的な分析をそれでも必要とするというのはどういうところから来るのだろうかという気もした。

Wordle – A daily word gameという単語ゲームがしばらく前から周囲で取り組まれている。僕も4日ほど前からやるようになったのが、けっこう面白い。頭の体操という感じ。

ひょんなことからRIP SLYMEの動画を観ることになったのだが、その過程でちょっと前に怪文書的な揉め事があったのを行き当たった。RIP SLYMEについて、シングル曲をいくつか知っているだけという感じで全然ちゃんと聞いていないのだが、聞いたことのある曲はどれもPV込みで素晴らしいものばかりだという記憶があるので、寂しい思いを少し感じた。

まだ修論も終わったわけではないが、次のステップや次の研究テーマなどにもそろそろ取りかかっていく必要がある。次の研究テーマの方はアウトプットのターゲットを決めてないのでちょっとぼーっとしてしまっているから、ちゃんと決めていかねば。

2022年1月17日

朝、なかなか起きられなくて、30分の研究タイムから。修論の目次をもう一度手直しして、目次だけである程度ストーリーを把握できるようにした。とりあえずひととおりは書き上げてあるので、先生にまずは提出。先日のゼミで、17日までに見せるといってあったので、期限ギリギリ。フィードバックをもらって修正かけていきつつ、月末までは修論いじりが続くだろう。

永年勤続表彰ということで、グループ全体のと自社のとで、表彰式が行われた。今年の対象者の皆さんは、僕と1年違いの人々ということで、重なっている時間も多く、また別の意味で感慨深い感じがする。僕も今度の5月1日でまる10年。長かったような気もするし、あっという間という気もするし。その後、各種ミーティングなどなど。

書店で星野太『美学のプラクティス』、田中剛平・中根了昌・廣瀬明 『リザバーコンピューティング:時系列パターン認識のための高速機械学習の理論とハードウェア』を購入。また、帰宅したら注文してあったグレゴリー・ベイトソン『精神と自然: 生きた世界の認識論』が届いていた。

長岡健『みんなのアンラーニング論 組織に縛られずに働く、生きる、学ぶ』をパラパラめくって、ひととおり目を通した。「手段としての学習・アンラーニング」ではなく、それ自体のプロセスがより良い生き方を探索するという目的となるような学習観が大事だよということで、その通りだよなあと思う。一方で、冒頭に出てきた事例の人々のような働き方は、もちろんそれはそれでいいけど、自分とは遠いなあとも思い、あまりのれない。そののれなさそのものが、アンラーニング対象なのだろうけど。

ニューラルネットワークにおけるバイアス項の意味・役割と、ベイズ推定における事前確率・分布のそれとの比較について、研究所のメンバーに質問してあれこれと教えてもらった。理解が深まってありがたい。自分でも、そういうふうに言語化して説明できるようにならないとなあ。

『美学のプラクティス』を少し読み始める。非常に面白い。自分自身、考えているところにもヒントが多そう。

あれこれと仕事などが立て込んでいて、作業。

2022年1月16日

寝る前に、ベッドで森下典子『好日日記―季節のように生きる』を読む。『日日是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』の続編的な内容。こちらは、ある1年の季節の移り変わりを、お茶の稽古の様子とともに伝えてくれる。このように日々を暮らせたら素敵だと思うなあ。そういう感性を養うというのは、確かにある種の型にはまるということであって、そういうのを拒否し続けるのも大人気ないとも思える。ただ、そのために茶道が必須かというと、そういうわけでもないとは思うのだが。

睡眠の質が微妙に悪い。8時頃に目が覚めて、昨夜は本を読んでいたので4時前に寝たのだからもうちょっと寝ていたい感じで、しかし寝付けずに10時頃までごろごろした後、起床。さっそく論文の続きに取り掛かる。一区切りついた後、昨日のご飯の残りを使ってチャーハンを作って食べる。強い火力と中華鍋がほしい。

Kが観たいといって予約してくれた「ハウス・オブ・グッチ」を観に行く。ずいぶん人気があるようで、満席。それにしても、こういうブロックバスター的な映画館というのは不愉快だ。CMが長過ぎるし、いつ終わるかもわからないし、「映画泥棒」は鬱陶しい。次々にさわりが紹介される映画は、どれもこれもつまらなさそうなものばかりだというのも、不愉快さに拍車をかける。狭苦しいのはプレミア席を取れば解決できるのだが、今回は埋まっていて取れなかった。

肝心の映画の方は、もちろんグッチ家の話ということでトピックとしては申し分ないし、キャストは豪華だし、世界観や衣装もゴージャスだし、引き込まれるところが多い。しかし、わざわざ練習してまで仕立てたらしいイタリア語訛りの英語は、不自然過ぎて耳障りで、かなりしんどくて、後半は早く終わらないかなという気持ちだった。自分でもこうなんだから、英語ネイティブの人々はもっとそうなんじゃないのだろうか。しかし、そういうものとして受け入れ可能だからこうして映画になっているわけだしなあ。不思議である。

モンベルで野点セットを見てみたが、ちょっとこれに1万払うのは惜しいなと思って、見送り。お茶しながら『茶の湯の歴史』の続き。帰宅して、ありあわせで夕食を作って食べる。豚肉と根菜(蓮根、山芋)の煮物。食べながら、「ゆる言語学ラジオ」の「た」の回を観る。今回も濃い内容だなあ。日本酒を飲んだこともあって、眠くなってきて2時間ほど仮眠。

修論の続き。17日にまず先生に見せるといってあったので、今日中に見せられる状況まで持っていかねばということで、続きをやる。2時間ほど取り組んで、なんとかやろいうと思っていた最低限のところまでは終わり。文章がガタガタな気がするが、その辺はまた後で見返そう。

2022年1月15日

昨晩、寝る前に日本酒を1合ちょっと飲みながら本を読んでいたのだが、そのまま寝ついてしばらくしてから目が覚めて、しばらく寝付けなかった。そのせいもあってか、ぐっすり眠れた感じがせず、目覚ましが鳴っていたのを止めて、11時過ぎまで寝ていた。寝る間際に飲むとよくないなあ。

Kが出かけようというので、準備して上野へ。東京文化会館の精養軒で昼食。こちらには初めてきたが、いい感じの場所だなあ。例によってハヤシライスをいただく。

その後、国立博物館の東洋館で開催されている「イスラーム王朝とムスリムの世界」を見る。イスラームの、憶えきれない「〜朝」の変遷に沿った紹介と、カリグラフィや装飾品などのテーマごとの紹介と、大きく2パートに分かれた展示。分量はそれほど多くはないのだが、引き込まれる。当然イスラームも一枚岩ではなく、地域の文化との混成が多く見られる。特に、中国の色絵皿にアラビア文字の施されたものの不思議な感じに、心惹かれた。あらためてイスラームについて知りたくなり、カタログと合わせて『イスラムとは何か。』を買った。

公園口の建物の2階にあるカフェで抹茶と白玉のデザートをいただく。巨大な白玉が3つ入っていて、完全にトゥーマッチ。

帰りに新橋によって、お茶しながら神津朝夫『茶の湯の歴史』の続きを読む。例によって、通説を次々にひっくり返していく。文化史的観点による解釈ではなく、資料や茶の湯の実践そのものに基づく記述は、非常に説得的。面白い。

帰宅して、夕食をとりながら「ブラタモリ」を観る。今日は和歌山。秀忠が、要地であった紀州を頼宣に任せたということだったのだが、なぜ大阪ではなく和歌山だったのかというのはわからずじまい。大阪の方がよっぽど大事だったのではないかと思うのだが。ちょっとググってみた感じだと、よくわからない。

修論の続きを進める。とりあえず最後まで見直しをしたり、社会的・学術的意義や謝辞のパートを書いたりなど。現状で30ページほど。あとは実装についても書いたらどうかと先生から言われているので、明日はその部分をさっと書いてしまおう。なんだかんだで今日は遊んでばかりであまり進まなかった。

2022年1月14日

昨夜は、日記を書いたあと、リザバーコンピューティングについて調べる。研究でも使えるかもと思っているところ。

朝、お茶を点てて飲んだあと、6分だけ瞑想。最後の方でだいぶ集中できた感覚があって、あっという間に時間が過ぎる。もっとやりたかったのだが、起きるのが遅くて時間切れ。30分の研究タイムで、修論いじり。今年のテクノロジー方針についての文書をブラッシュアップした後、社内公開した。ちゃんと実現していきたいものだなあ。その後、出社して面接したり、ミーティングで話したりなど。

丸善ジュンク堂によって数学の本を見てみたが、まだ理解できないだろうなあと思えたので、買わずに出る。いまある本をまずは読まねば。その後、お茶しながらリザバーコンピューティングについての解説論文を読んだり。

帰宅して、夕食を食べながら落合陽一さんの番組を見る。日本のイノベーションについて。先行きは暗いが、なんとかやっていくしかないのだろう。

カメラに未現像の画像が1,000枚ぐらい残っているので、適当に取捨選択して取り込む。そのうち10枚ほど現像して、インスタにアップ。

先日金沢で買った「菊姫」を飲みつつ、『大学基礎数学キャンパス・ゼミ』をパラパラめくる。まずはさっとひととおり目を通してみよう。基本的な知識が欠けていて、どうしても応用的なことを読んでも詰まることが多いので。今年は、数学に対する苦手意識を少しでもなくしていきたい。

週末は修論を進めて、完成まで持っていくぞ。

2022年1月13日

朝、9時頃に起床。しかし、首こりの気配。昨日届いた新しいお茶(「古都の白」)を点てて飲んだのち、時間があるので15分間の瞑想。山下良道『本当の自分とつながる瞑想入門』が教える3ステップをやる。中でも2ステップ目の慈悲の瞑想は、なぜだかわからないが始めると途端に意識が集中して、体がずんと重くなるのを感じる。不思議だ。ところで、この本のタイトルにある「本当の自分」には興味がないし、さらには著者の考えについては同意しないところも多い。しかし、瞑想の手引きとしては非常に有用だ。その後、30分の研究タイムで修論いじり。

昼過ぎから、首こりが軽い頭痛に変化してしまう。ロキソニンを入れるが、あまり治らない。仕事にならないというほどではないので、そのまま継続。書き物の続きをしたり、研究会やミーティングをしたりの後、しかししんどくなってきたので、2時間ほど寝る。起きた時もやや残っていたが、しばらくすると治まってきたのでよかった。

その後、出たばかりの高橋宏知『生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方』を読む。著者は、機械工学の出自を持ち、脳科学をエンジニアリング観点で研究している方。脳は、コンピュータとは比べて繋がっているニューロンの数が桁違いに多い。そういうハードウェア特性を活かして「神経ダーウィニズム」と著者が呼ぶ、多様性と選択(発散と収束)によって効率良く学習を実現している。また、ニューラルネットにおける逆誤差伝播法のようにパラメタ更新でネットワークを更新するのではなく、上記のようにして学習したネットワークのダイナミクスを利用した物理的リザバーコンピューティングを行なっているのだという見立てなど、とても面白い話が盛りだくさん。

続き物で読んでいる『数字であそぼ。』7巻『AIの遺電子 Blue Age』3巻『バキ道』12巻がそれぞれ出ていたので、買って読んだ。

2022年1月12日

朝、8時40分に目覚ましをかけているのだが、なかなか起きられず、9時30分頃になってそろそろ起きないとやばいと思って起床する日々。お茶を点てて、5分だけ瞑想。30分の研究タイムでは、ここしばらくハマっていた表組みを別のやり方でいい感じにできたので、少し進んだ。その後、ミーティングやインタビュー企画の収録など。

先生から連絡があって、修論の審査会の日程が2月6日に決まった。また、博士後期課程の試験を審査会からの引き続きでやるということで、準備期間は短くなるが、一発でできて効率的。ありがたい。しかし、コロナの件もあるし、オンラインになるのかなあ。どうなんだろ。どっちでもいいけど。ともあれ、日程が決まったのであとは論文を書いて承認貰えばいいだけ。その流れで、ジャーナル事前アドバイス制度に投稿。フィードバックからブラッシュアップして、今年通したい。

今週末で会期が終わってしまう「アナザーエナジー展: 挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人 」を滑り込みで訪ねる。タイトルの通り、こちらが疲れるぐらいのエナジーに満ちた作家・作品揃いで、素晴らしかったなあ。世界のあちこちの国々から、一番若くて1949年生まれなのだがどなたもずっと作品を作り続けているという人選。

アルピタ・シンさんの作品を眺めていたら、ふと思い出した日本の男性作家について、むしろ優等生的なひ弱さを感じてしまったりするほど。特に、スザンヌ・レイシーさんの参加型イベントについてのドキュメント、センガ・ネングディさんのジャカード織機のパンチカードをスクリーンにした映像作品、三島喜美代さんの彫刻あたりに非常な感銘を覚えた。

その後、SUNでご飯。カレーを食べる。それにしても、人が全然いなくて静かだし、東京タワーの見える53階からの夜景を楽しみながらの食事が1,000円ちょいでできるし、いまのこの場所はかなりお得な状態だなあ。

美術手帖 2022年02月号」は「ケアの思想とアート」。必ずしも対等な関係にはならない「ケア」という切り口から人々の協働をとらえてアートを作っていくことは、抽象的なフラットな関係性を前提とするよりも、それこそが実際のあり方なんだろうなあという感じもする。自分はそういうところが全然できてないなあと思うことしきりである。

2022年1月11日

昨晩は、だいぶ遅くなったのですぐ寝ようと思ったのだが、山本兼一『利休にたずねよ』の初めの方を読んでしまって、3時過ぎまで。それで9時には起きられず、半頃になってようやく起き出して、お茶を点てて飲んだ。瞑想はできず。朝30分の研究タイムでは、学位申請関連書類の準備。思いのほか提出物が少なくてよかった。あとは修論を仕上げて、先生に了承もらえば終わり。もちろん、それが一番大事なのだが。その後、いくつかミーティング。

昼休みに直近3日分の日経新聞と、「週刊エコノミスト」「週刊ダイヤモンド」「週刊東洋経済」の3誌に目を通す。とはいっても、全部で30分ぐらい。目ぼしいところをパラパラ眺める感じ。その後、出社してまたミーティングなど。合間に、今年の技術に関する方針についての文書を書き始める。頭の中にあるのを書き出していく感じなので、集中さえできればすんなり書ける感じ。さらにCTO協会のミーティング。帰宅して、同イベント。

21時にもろもろ仕事を終えて、金井久美子・金井美恵子『鼎談集 金井姉妹のマッド・ティーパーティーへようこそ』を読み始める。冒頭の蓮實重彦さんの回からして面白いのだが、一番よかったのは武田百合子。『富士日記』などの文章も素晴らしいが、この人は本当に魅力的な人だったんだなあとわかる、ものすごい話の運びぶり。山田宏一さんや篠山紀信さんの回もいい。

馬鹿でものを知らず、感受性が鈍くて記憶力が悪いと、スクリーンに映ってるものが見えないしテキストそのものを読めないから、それらの「表層」を見過ごして、無駄に深刻ぶってありもしない「深層」を深読みしてしまうというのが、蓮實重彦さんの『表層批評宣言』その他に通底する批判なのだろうと思うが、このふたりの会話はまさにその意味において「表層的」である。久しぶりにそういうことを考えたりして、我が身を省みた。

2022年1月10日

朝、9時ごろに目覚ましがなって目を覚ました。ベッドでごろごろしながら本を読む。そうしている間にまた眠くなってきて、二度寝。12時過ぎまで寝た。旅行中、枕が合わないのもあって睡眠不足だったので、寝られるだけ寝て、だいぶマシになった。頭痛も治った。

午後から大学院のゼミ。あまり進捗がよくないのだが、期限は迫ってくるので今後の手続きについて相談。また、先生に見せる期限も決めて宣言したので、やり切らないと。博士後期課程の試験について、修論の審査会と続けてやるみたいなことをいわれたのだが、実際どうなるかはわからない。まあ、そうしてもらえると楽ではあるなあ(準備期間は短くなるけど)。

お茶しながら、岡本浩一『茶道心講 茶道を深める』の続きを読み、読了。連載がも元になったということで、短いエッセイをたくさん収録しており、話題も幅広くて勉強になった。この人は「規矩」ということをよくいうのだが、なるほど自分が求めているのはそういうことなのかもしれないとも思う。しかし、「茶道」自体はまったく触れていないので、理解できないところも多い。

そういえば、金沢の骨董屋さんで、飴色の楽茶碗を見つけたのであった。手に取った時の感触がメレンゲを思わせるふんわりとした軽さで、楽の技法を用いていることは明らか。しかし、見た目にいまいちしっくりこなかったので、こんなものがと思いつつ置いたのだった。その後に上記の書籍で読んだところから想像するに、おそらくは大樋焼の茶碗の写しなのだろうと思われた。面白みはあったのだから買っておけばよかったか……などとKにいったら、買わなかったってことは縁がなかったってことだよといわれ、それもそうだなと納得したということがあった。

書店で本と雑誌を買う。神津朝夫『茶の湯の歴史』、金井久美子・金井美恵子『鼎談集-金井姉妹のマッド・ティーパーティーへようこそ』、『茶の湯デザイン』、「淡交2021年増刊号 「デジタル」で茶の湯を愉しむ」、「淡交2022年1月号」、「月刊「東京人」 2022年2月号 特集「東京の環状道路」」、「月刊目の眼 2022年 1月号(仏のみやび 春日信仰の古美術)」、「芸術新潮 2022年1月号」。あと、Kindleで長岡健『みんなのアンラーニング論 組織に縛られずに働く、生きる、学ぶ』、山本兼一『利休にたずねよ』を購入。

帰宅して、Kが買ってきた弁当を食べながら、NHKプラスで佐々木道誉の話を観る。「武士は二君にまみえず」以前の武士の姿。しかし、それだけ裏切りや奸計を繰り返して、よくやっていけたものだという気もする。子や孫を切り捨ててでも自分の享楽に生きるというようなたぐいの凄みがあったりしたのではないかなどと想像したりしながら観ていた。

その後は、ひたすら買ってきた本と雑誌を読む。さらに、藤岡亜弥『私は眠らない』を眺めたり神津朝夫『利休の「わび」とはなにか』の続きを読み、読了。いずれも素晴らしかった。

2022年1月9日

朝起きて、お茶を点てて飲む。ホテルをチェックアウトして、近江町市場を通り抜け、金沢城公園新丸広場へ。金沢市の消防団による出初式を見学する。加賀鳶の技芸を間近で観られる、またとない機会である。江戸の火消しの中心を担った加賀鳶の連中が、明治になって金沢に移住してきたのがこの地での新たな伝統の始まり。勇壮を持って知られた加賀鳶の末裔として、立派な演じっぷりであった。その後、城内を通って兼六園へ。すると雨が強くなってきたので、入り口のカフェでお茶しながら待つ。

園内を歩きながら、金沢は武家の文化なのであって、京都などとはずいぶん違うものだなあとあらためて思う。もちろん素晴らしいところもあれこれとあるのだが。ひとまわりぐるっと歩いて、境内に出店の並んでいる石浦神社へ。なにやら変なキャラクタと、そのキャラを紹介する歌が流れているとは思っていたのだが特に気に留めていなかったところ、神社を出てしばらく歩いているとKと口ずさんでいることに気づく。「きまちゃん」というゆるキャラみたいなやつなのだが、感染力の高い歌である。

歩いて鈴木大拙館へ。思いのほか展示物が少なかったなあと思ったが、展示されているものを受動的に見るというよりは、自分から情報を取ったり行動したりするべしということなのだろうということで、最後のスペースでしばし椅子に腰掛け、瞑想。ちょうど触れたばかりの大拙の人生なども思いながら、自分の速度をもっともっと上げていかなければならないと思う。習慣に執着し、行動を速くすること。というか本来、瞑想時には考え事などはするべきではないが、そういう場所ということなので。

21世紀美術館によって藤岡亜弥『私は眠らない』を買った(Amazonで買えばいいかと思ったら品切れになっていたので)のち、ひがし茶屋街へ。朝からなにも食べていなかったので、入り口の「ビストロ金沢とどろき亭」でご飯。ハヤシライスを食べる。食後は、ひととおり茶屋街をうろうろして回る。ずいぶん立派な建物が多い。Kが骨董屋さんでうつわを買う。虎だか龍だかわからない珍妙な動物の絵が描かれており、赤塚不二夫の原作におけるニャロメのような顔なので、そのまま「ニャロメ」という銘をつけた。

さらに主計町を歩いて、近江町まで。市場の入り口にある「市場めし あまつぼ」でご飯。金沢のおでんに、お酒は「竹葉 純米 無濾過 生原酒 overture」と「常きげん 山廃純米 白水の井戸」。食べ物が美味しいのはもちろんのこと、お酒もどちらも素晴らしくて驚く。前者は、香りが高いのは他にもあるとしても、その驚くべき芳醇さはなかなかない。後者は、新酒であるにもかかわらず熟成感のある強い旨味がありつつ、軟水でするするいける感触が素晴らしく、「義侠 えにし」を初めて飲んだ時の衝撃を思い出した。帰り道で、「常きげん」のその酒の生原酒があったので、購入。新幹線で飲む。

家について、荷物を置いたのち、少し散歩。お茶しながら手話についての話など。あまり研究されていない分野への取り組みも視野に入れていて、アツい感じ。歩いている間、The Weekendの新譜を聴く。明け方4時頃のクラブのようなだるさ。

しかし、1日目のホテルの枕が合わなかったことからきた首こりによる頭痛がまる2日続いて、しんどかったなあ。ロキソニンを継続的に服用していたので、ずっと頭がぼーっとして眠かったし。ようやく今になって治まってきた。