• 2021年3月25日

    今日と明日は終日経営合宿。とはいってもオンラインだし泊まりでもないが。中期計画を実現するために、もっとやっていかねば。

    研究計画提案書は、あとは先生方に承認をもらって提出するだけなのだが、主指導の先生の連絡がつかない状態なので、とりあえず必要な方面にメールを送っておいて、期限前にやるべきことはちゃんとやってますよね、という手を売っておくことにした。万が一間に合わなかった場合に、教務課に抗弁できるように。事態には、着々と処する他ないのである。大人力。

    夕食を食べながら、月曜から今日までの「おちょやん」を観る。

    渋沢栄一のドラマを観たり評伝を読んだりしている関係もあって、なんか「産業を作る」みたいなスケール観について考えたりしていた。渋沢の時代は、そもそも近代的な産業そのものを、しかもいくつも作り上げるところからのスタート。まずは銀行を作ってから、紡績や重工業など幅広く企業を興していったのだが、単にいち企業を作るという視座ではなく、「産業」として、つまり公益に資するものであり、自分たちだけでなくその上で様々なプレイヤーが活動する土台を作っていったわけだ。いま渋沢のように考えるなら何をやるべきなんだろうか、みたいなことを思ったりする。

  • 2021年3月24日

    今日は、昨日までのインプットを元に、今後どうしていくかということについてみんなで議論する場を持った。みながいまよりもっとよく生きられるようになるとよいと思う。

    帰宅して、夕食を食べながら庵野秀明監督に取材したNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」を観る。宮崎駿さんの回も面白かったが、庵野さんの回はよりヤバい感じだったなあ。それでも、締切が有限性をもたらすという認識が語られるあたり、商業性との両立がよいものを作ることを後押しするという面はあるんだろうなと思ったりした。

    内発的動機について最近考えていて、内発か外発かは誰かが評価しようとしなかろうとやるかどうかによって決まるのだが、しかし内発でありさえすればいいということでもなく、締切のような切断が外部からもたらされることによるよさもある。そのへんのバランスというか、それぞれの良さをどううまく作るかに興味があるところ。

    帰り道に、いい感じの色なのを撮ったのがわりとよかったのでほとんど撮って出しみたいな感じでインスタにアップしておいた。なんかあれこれやることもなく、インスタにあげておしまいという昨今。

    先週から結構ばたばたしていてさすがに疲れ気味な感じもするので、今日は早めに寝よう。

  • 2021年3月23日

    鹿児島オフィスメンバー全員とそれぞれオフラインで1 on 1をした後、午後は出張の主目的である「【CTO&CDO】ものづくり組織のあるべき姿を考える」のためにmark Meizanへ。

    イベントが終わった後、木・金の経営合宿のための仕込みなどをしたりしてから、主催者のみなさんと打ち上げ。

  • 2021年3月22日

    今日から2泊3日で鹿児島出張。前回きたのが1年ぶり2020年の2月上旬なので、1年ぶりだ。

    航空会社はコロナ禍でかなり大変というのは既報の通り。そのために減便しているのだが、運行している便はほぼ満席という状況で、それはそれでどうなんだろうかという状況。コスト削って効率化しなければならないのはわかるけど、しかしなあというところ。

    夜は、久々にみんなとご飯。旨い。

  • 2021年3月21日

    株主総会のため渋谷へ。コロナ禍のため、議場への参加者は必要最小限で行った。そのため、僕は別室からリモート参加。つつがなく終了し、再任されることとなった。また1年がんばっていきたい。というか、次の1年は何かしらいままでとは違うことを必ず成すというつもりで取り組まないとなあと思っているところ。ともあれ、準備万端で瑕疵なく一大イベントを終えられたのは、いつもながらに関わったみなさんのおかげさまである。その後、新任・退任の方々を含め、セルリアンのスーツァン・レストラン・陳で食事。

    その後、少し遅れて大学院のゼミ。昼食は、そんなにたくさん食べたという感じではなかったと思うが、ビールも飲んだしスーツも着ているしで、体がぱんぱんな感じで座っているのも難儀する。ここ2ヶ月ほど取り組んでいた修論計画提案書について、先生からのレビューを取り込んだものについて話をして、だいたいフィックスした感じかなというところ。しかし、主テーマの先生も含め3名の先生方から承認をもらって、学内のストレージに月末までにアップロードしてやっとミッション達成なので、油断せずにやり遂げないと。

    その後、お茶しながら『明治史講義 【人物篇】』を読み始める。福田和也さんの本を読んでいることもあって、明治の大人物たちの足跡をあらためて追うことで、自らの志を立てることに役立てられれば、という、かなりベタなモチベーション。ちょうど再任されたタイミングでもあるし、あらためて自分が成すべきことについてしっかり考えて、より大きな志をあらためて作っていかなければならないと思う。その後、丸善ジュンク堂に寄って『青山二郎:物は一眼 人は一口』、『吉田健一 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集20)』、『渋沢栄一 ――日本のインフラを創った民間経済の巨人』を買う。

    昼食の余波でまだあまりお腹が空いていない感じもしたのでChompyでお茶漬けを注文したのだったが、帰宅して着替えていざ食べ始めてみると、量がものたりなかった。しかし、追加でなにか食べるものがあるわけでもないのでがまんしていたら落ち着いてきたので、ほんとはちょうどいいぐらいなんだよなあ。しかし、最近けっこうすぐにお腹がいっぱいになるようになってきて、かといって減量するわけでもなく、ただただ貧相になっていっているという感じがする。悲しいことだ。

    明日から2泊3日で鹿児島出張。今日で緊急事態宣言も明けるし、外に出たり大学院のキャンパスにいったりする機会も出てくるだろうと思って、Ankerの充電器やモバイルバッテリーなどを注文しておいたのが届いた。あまりよく考えずに注文したら、バッテリーがやたら大きいものが届いて驚く。19,200mAhの大容量なのだから当たり前ではあるのだけど。まあ、バックパックに入れていればさして重いというほどでもないし、足りなくなるよりはマシだろう。と思っていると、いま使っているNew Eraのバックパックを新調したい気持ちがしてきた。特にあてはないのだが。

    その後、『福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる』の続きを読み、読了。

  • 2021年3月20日

    朝から、情報処理安全確保支援士のオンライン講習。毎年のオンラインでの学習とテストに加えて、3年に一度の集合講習を受けなければならないのだが、今年はそれもオンラインになったのであった。製造業のCSIRTの責任者として、インシデントに対してでどう処するかということについてグループワークを行うというのを、10時から17時まで、途中で休憩をはさみつつ4セッション。正直いって、少なくとも自分の体験としては、ただ時間の無駄という感じだった。レベル、経験、モチベーションでクラス分けするべきだろう。と悪口をいってばかりもいられず、いろいろと自分ごととして考えるべきところがあるなあと思わされた。

    研修を終えて、お茶しながら『福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる』の続きを読んでいたら、またも地震。揺れてるのかどうかというところからだんだん強くなってきて、1分ほど経過しただろうか。3月になって地震が続いており、心配である。先日の地震に引き続き、家のトイレの水道管から水漏れ。管理会社に電話しないとと思いつつできていなかったのだが、今度は連絡しなければ。

    夕食は、Uber Eatsで先日注文して美味しかった焼き鳥丼をまた注文したのを食べながら、岡崎のスーパーマーケットの跡取りが中目黒に出したフルーツサンドのお店の話をNHKプラスで観る。以前のこの番組でも、再起のきっかけはSNSにあったのだったが、これもまたそうだった。実際、大胆なカット面は当世的な映えにフィットする優れた発明だろうと思われたし、きっと美味しいのだろう。食べてみたい。しかし、その後Kがフルーツサンドやらなにやらで検索して見せてくれたものによれば、パクリが既に雨後の筍状態だし、見せ方もラテアートばりに進化して、もはや豪勢な金太郎飴みたいになっている。

    研究計画提案書の続き。昨晩、先生からレビューが入った数点について対応して再提出。明日のゼミでフィックスできるといいなあ。

    福田和也本の続きを読む。この頃は小説をすっかり読まなくなってしまい、本を読むといっても、それが本である必要は別にないような、単なる情報の媒体に触れているだけという感じの乾いた読書ばかりになってしまっていて、そんなことではいけないよなあとあらためて思い、幾人か、全集を買ってでも読みたいひとの名前を挙げてみたりして、そういう本を読んで暮らしたいものだと思ったりする。しかし、氏のいまのポリコレ的感覚からは遠い偏見みたいなのはしかたないとして、『悪の読書術』で書いているような読書への感覚について、そもそもそこで何がいわれているのかすらわからないという読まれ方しかいまではされないだろうなと思い、それはその本が刊行された当時だってほとんどそんな感じだったわけだが、果たしてそれはいいことなのかどうなのか、と少し思ったりもしてみた。

  • 2021年3月19日

    ある種の行動について、いかなる意味で悪なのかをいわずにそうした行動をとったものを排除すべきだという手続き的なことを言い募ると、善悪よりも損得として、つまり処世術的に(そういうことは言わない方がいいと)受け取られてしまう。内なる心の光が宿らない言葉には、同じく暗い心が対応してしまう。悪いことについては、その悪さを直接的に指弾すべきだ。手続きに矮小化してはならない。

    なんでこんなにやる気が起こらないのかというぐらい修論計画提案書を放置し続けてきたのだが、今朝になって今日中に書かなければならない状態になってしまったので、いよいよやらねばと思いつつそれでもやっぱりなかなかとりかからず、しかしはじめてみるとするする進んで、わりとすぐにできてしまった。それもまたはじめからわかっていることなのだが、それでもやらない。でもまあ、その分、集中して取り組めたという意味では効率がよいといえるのかもしれないけれど。まだ先生の承認をもらってないので完成とは言えないが(提出もしてないし)、ひとまず目処がついたのでよかった。

    夕食をとりつつ、「おちょやん」を3話分観る。今週は死期が迫った「てるお」の話。父親のこういう屈託についてのストーリーにはいろいろ思うところが出てきて、感じ入るところが多い。これまではかなりご都合主義的なストーリーが多かったこのドラマだが、この父親をめぐるストーリーはかなりギリギリのところまで攻めていて、素晴らしいものだと思われた。

    昨晩、書店に行った際に『福田和也コレクション1: 本を読む、乱世を生きる』なんてのが出ているのを見つけたので、買っておいたのを読み始める。90年代、学生の頃に熱心に読んだ著者のひとり。数年前に出た『ヨーロッパの死 ―未完連載集―』ではずいぶんと気弱な感じのことを書いていて心配になったりしたのだが、生活においていろいろと変化があったりしたようであることが、知己によるエッセイによってうかがわれたりしたのも、興味深く思えたところである。なんか、この歳になってようやく、かつての、いまの自分よりも歳下の彼のいうことを真に受けて生きるのもいいのかもしれないとも思うし、しかしやっぱり、もうそういうのは通り過ぎて久しいという思いもある。

  • 2021年3月18日

    今日は株主総会のリハーサルで渋谷へ。といっても、僕は会場にはいかないので別室から参加という感じなのだが。みなさんがいろいろと準備してくださっているおかげでいい感じに進行しており、ありがたし。

    インポスターシンドロームに陥ってしまうのは、公正世界誤謬にとらわれているからみたいなことを考えたりした。つまり、何か能力があったり努力したりしたことが報われるべきであると思っているから、能力もないのに環境や運によって分不相応の結果を得ていると思ってしまう。いったんバイアスを見据え誤謬を正せば、いろんな事情があって結果が生じているわけだから「それはそれで結果としていいんだからいんじゃね?」という理解になるだろうし、それでいいと思う。能力があったり努力したりしても報われるとは限らないし、それが役に立たないわけでもない。環境や運によっていい結果が生じたからってなにも悪いこともない。

  • 2021年3月17日

    昨夜、寝る前に首周りに違和感を感じていてヤバいな―と思っていたら、朝起きたら首凝り。しばらく仕事していたのだがやっぱりだんだん痛くなってきて、頭痛薬を飲んで寝た。このパターンは初めてな感じ。最近ちょっと根詰めてやってたから凝ったのかなあ。ついつい熱中してやっているとストレッチを忘れたまま寝ちゃうから、気をつけないと。そういう状況でも、ちゃんとやる癖をつけないとなあ。

    スパイラルで開催中の武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科クラフトデザインコース 卒業・修了制作展 2020を観る。その中で、上村結さんという方の作品に衝撃を受けた。写真を転写したテキスタイルの中に綿を詰めてクッション上にしたものに、立体感を与えるピンポイントの刺繍(たとえば、ラインになっているところに縫い目をつけるとか、ゴミ袋のしばっているところに何本か縫いを入れるとか)。写真を用いた表現として、めちゃくちゃ新しいしかっこいい。インスタグラムもやっていて、作品もいくつか観ることができる(が、写真だとわかりにくい)。

    最近できたというiittalaの旗艦店へ寄る。カフェでご飯を食べたのち、Kが注文してあったアルヴァ・アアルトがデザインした花瓶の特別版みたいなのを引き取る。iittalaが作るような北欧デザインみたいなのはあまり好きでないものが多かったりするのだが、まあ偏見みたいなのがないわけではなく、カイ・フランクのものなどは好みだし、iittalaで作ったのではないものの中にはかなり欲しい物もあったりして、あらためてその辺もみていってもいいよなあという気もする。そういえば、スパイラルの5Fのcallに置かれていて知った藤本健さんの木工のうつわがめちゃくちゃ好みで、むしろそっちを集めたいところ(けっこう値が張るのだが……)。

    帰宅して、いろいろやりたいところではあったが、なんかだいぶ疲れており、早々に寝る。

  • 2021年3月16日

    修論計画提案書を進めるために、スライドを見返してあれこれ考える。先生からの指導で、このあたりにフォーカスするほうが研究としても面白いんじゃないかという内容があり、たしかにそれもそうだと思って考えていたのだが、最近あれこれ見てきたところと方法論が一致したりするところもあり、それはそれでよいんじゃないかと思えてきた。スライドを修正するところまではやらなかったが、どう修正するかのイメージはできた。あとは書くだけだ。そんでもって、スライドは補足説明資料であって、提出物としては提案書そのものなので、スライドの内容を文面に落としていかなければならない。日曜日のゼミまでのやらねば。

    ある人々と話しててあらためて思ったのだが、年齢としては40ぐらいになってようやく、世の中のことがわかり始めてきた感じがしていて、それまではかなり自分の好みとか足元のことだけで物事を見ていた感じがする。知識としてはいろいろため込んできたけど、社会的な水準で活用することがなかったという感じ。いい悪いというより、そうだったなあという話。かといって、これまでの取り組みが無意味だったわけではなく、活用の原資にはなるだろう。ただ、40歳でようやくそれか、スタート遅過ぎだろうと思うことはある。そのせいで得られなかったことも多かろう。けどまあ、そういう性質なんだからしかたなかろうと思う。端的にいうと、40歳ぐらいになってようやく精神年齢的に成人したみたいな感じがする。

    修論計画提案書を進めねばと思いつつ、「遠隔教育システム工学」の最終レポート課題のほうが期限が早くて気になるので、そちらを先に片付ける。しかし、設問が微妙で、計算はあってるはずなのだが、どうも回答として面白くない感じになって、もっとメリハリのある問題を出してほしいという気持ちになってしまった。具体的には、相関係数を求めた上でt値とt分布表を用いて有意差検定をするのだが、3つあるうちのどれも有意差がないという結果になってしまったので、ひとつぐらいは有意差がでるようなデータセットで設問してほしいと思ったのだった。

    お茶しながら『ゼロから作るDeep Learning ―Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装』の続きを読んだり、コグニカルというサイトのニューラルネットの内容を読んだり。『ゼロから〜』は、最初に3巻を読んだのだがとてもよかったので、あらためて1巻から読んでみようと思ってやっているところ。コグニカルは、どういうひとが作っているのか謎なのだが、教材としてとてもよくできていて、すごい。昼頃はアクセス殺到していたようで重かったが、夜はさくさく動くようになっていた。内容もさることながら、インタラクションの細かいところまで気が利いているのもすごい(各章をたどっていく導線は改善の余地がありそうだが)。