2025年9月14日

昨晩は笹乃さい『ブループランター』の1巻を読んでから寝た。今後に期待。

少し長めに寝て、10時過ぎに起床。昨日歩いていたら町会の神酒所が出ていて、Kが盛り上がって参加することになった。家のすぐ近く。リトルKの祭り用の衣装をK実家から取り寄せたものを着せて出かける。トラックに乗せられたお宮御輿がやってきて、神主さんによる祈祷が行われた。

町会の山車を引いて神社まで歩く。気温は30度以下だが蒸し暑い。巻き込まれているリトルKがどう思っているのかはわからないが、頑張って歩いている。神社についてお祓いをしてもらった後、ぐるりと一周する形で元の場所へ戻る。戻ってきて、ご飯をいただいて帰宅。昼寝。

散歩に出かける。お茶しながらフレッド・シャーメン(ないとうふみこ訳)『宇宙開発の思想史: ロシア宇宙主義からイーロン・マスクまで』を読む。昨日の稲葉振一郎『滅亡するかもしれない人類のための倫理学 長期主義・トランスヒューマン・宇宙進出』でも思ったのだが、人間の「知性」を重視し過ぎなんじゃないかと思う。知性なんて数ある能力のうちのひとつに過ぎないのではないかという思いが募る。その意味では自分は「反知性主義」である。

「初亀 特別純米酒 粋囲」を飲みつつ、リトルKと遊ぶ。はやぶさの動画を観ていたら、リトルKが「じぶんでうちゅうにいく!」といっていいはじめる。君がいく頃はお父さんは70歳過ぎてるなあといったら、いっしょにいこう、つれてってあげる。ママはいくかな、こわがるかなあ、といっていた。幸せを覚える。

子が生まれてから、自分の子供の頃を思い出すことが多い。科学者になりたいという漠然とした夢を持っていたが、それから紆余曲折を経て、そんなことを思い出すこともなかった長い時間を経て、分野は違うけど科学の博士号を取得して、それでご飯は食べてないけど科学者の入り口にはいるいまに至った。

「長期主義」的な「理性」的な考えはやっぱり馴染めない。自分には、自分のいない世界=自分が死んだ後の子が生きる世界ぐらいの想像力しか、実感としてはない。そういうところから始める他はないのではないかと思う。

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