2025年12月23日

リトルKを保育園へ送る。ゴミ出しを自分でするといって、プラティックごみの大きな袋を引きずって歩いていた。なんでも自分でやりたがる。やらせてみるとわりとできることが多いので、できるだけ見守るようにしている。時間がないときはぱぱっとやってしまうことも多いのだけど。

あれこれとタスクに追われて気忙しくしている一日だったなあ。その間に、社内で作ってるもののレビューやリリースをしたり、昨晩からの続きで技術調査と実装を進めたりする。

昨日のH3ロケットの経緯について、より詳しい発表があった。フェアリングの脱着時に起こった問題が派生して第2段の2回目のエンジンの異常停止につながった可能性が語られていた(大貫剛氏がまとめている。)。その複雑さにあらためてロケット技術の難しさを覚える。

Kが仕事の用事で外出していったので、リトルKを世話したり、寝かしつけしたり。なかなか寝つかず遊びたがっていたが、この頃寝るのが遅くて、したがって起きるのも遅くなっているので、電気を消して以前の時間には寝るようにした。

福尾匠『置き配的』を読み始める。ジャンルとしての批評/ジャンルについての批評(とその展開としての一連の二項対立)を真剣に乗り越える試みとしての批評=最も自由な散文への回路として、日誌ならぬ「日記」も挙げられている。この日記はそういうものにはとてもなれていないのだが、そういうつもりで書くのもありなのかも、とも思う。今は断片的に書いている感じだが、記録でもあるのでそれはそれでいいとして、もうちょっと思ったことなどを長く書いてもいいのかもしれないとも思う。

ダウ90000の「りんごむけるだけ」を観た。とても面白かった。「りんごむけるだけ」でも構造の複雑さをかなりやりきってるのに、「ロマンス」はさらに演劇でなければできない複雑さへと飛躍しているんだもんなあ。すごい。