軽さと親密さ
ロラン・バルトの晩年のテクスト。スカルラッティのソナタ——何の意味もなくコロコロと転がっているような音楽。ロココの室内文化。重厚さや感傷を避け、軽さと運動性のあるものに惹かれる。大きなものより小さなもの、体系より手触り。
概念と構造を制作する。
「傑作」を目指さないこと。ただ運動を続けていくこと、それも多方向へと無目的に展開していくこと——ソフトウェアを書き、文章を書き、写真を撮り、読み、考える。すべては同じひとつの運動の、ちがう顕れかたである。

ロラン・バルトの晩年のテクスト。スカルラッティのソナタ——何の意味もなくコロコロと転がっているような音楽。ロココの室内文化。重厚さや感傷を避け、軽さと運動性のあるものに惹かれる。大きなものより小さなもの、体系より手触り。
ひとは生きていることそのことが制作であるはず。批評もまた制作、技術もまた制作。あらゆることに制作者として向き合う。「〜のひと」と固定されることへの抵抗。ソフトウェアを書き、文章を書き、写真を撮る。
歴史、哲学、アート、社会科学、サイエンス。ジャンルを横断しながら、概念を拾い集めて結びつける。日記を習慣的に書いている。読むことと書くことは同じ運動の表と裏。年に200冊。
現実の裂け目から概念が生じる。それを言葉にし、構造にする。ソフトウェアアーキテクチャも、組織設計も、批評も、本質的には同じ営み——混沌に形を与えること。
美術館と博物館。現代作家のうつわ。江戸前鮨。歌舞伎。落語。公園の散歩。写真。フランス語。シーシャ。アマチュア無線。ソーシャルVR。小さな趣味を数え上げればきりがない——すべては「手触り」という一点に収束する。
1976年生まれ。幼少期より高校卒業まで奄美大島で過ごす。1995年、東京都立大学法学部に入学。政治学科に進み、日本政治史および行政学を中心に学ぶ。 数年のブランクを経て2002年に奄美市役所に入所。PHPでブログを自作したことからプログラミングにのめり込み、HTML/CSSやPerl5のコミュニティで活動する。
エンジニアであることは、概念と構造を制作する営みのひとつの顕れである。書くこと、読むこと、撮ること、語ること——それぞれが、同じ運動を異なる言語でかたちにしていく実践である。
2008年、株式会社はてなにWebエンジニアとして入社。2012年、GMOペパボに移籍。2014年より技術責任者、2017年より取締役CTO。 2020年、北陸先端科学技術大学院大学に入学し、2025年に博士(情報科学)の学位を取得。IoTシステムの基盤技術、Elixir/Erlang/OTPのIoTシステムへの応用を研究。
このところ、寝ついたと思ったらすぐに目が覚めてしばらく眠れなくなることがある。睡眠前は紙の本で文芸作品を読み、リラックスすることを心がけている。今は引き続き『ハドリアヌス帝の回想』を読んでいる。ついに、アンティノウスが死んでしまった。 8時からミーティングでいつもより早起き。そ
リトルKを幼稚園へ送る。時間ギリギリで、おまけに母親の懇親会的なものがあってひとがたくさんおり、いつもに増してカオス状態になっていた。リトルKは周囲に呼応して叫びまくって靴を脱がないし、先生に引き渡そうにも4人ぐらいに取り囲まれているのか、何か対応しているのかわからない状況。人数
朝起きて、リトルKを幼稚園に送る。今日も花の名前をいいながら歩いていたのだが、そういえば気になるものがあったなと思って脇に咲いてる花を見にいったら、案の定ナガミヒナゲシであった。これは触ったらダメだよとリトルKにいうと、実はあちこちに咲いていて、それを見つけるたびにリトルKが「ま
読んだ本、考えたこと、仕事のこと、生活のこと。 活字にはならない手前のことを、声で残している。
最新:#43 あいかわらずOpenClawで遊んでる2026.02.22 · 00:22:40