2024年6月2日
横浜2日目。宿で朝食をいただく。食べすぎて苦しい。しばらくのんびりした後、横浜トリエンナーレを観に、横浜美術館へ。近くて便利。帰る頃まで天候ももってくれてよかった。1時間ほどでいけて、観光的にも満足できる横浜。めちゃ好き。またいきたい。
それにしても昨夜は、枕が合わなくて全然寝付けず、しんどかった。バスタオルをかわりに使ったが、それはそれでつらい。枕が高級過ぎてふかふかなせいで、ストレートネックに逆に負荷がかかる、みたいな感じになってたのだろう。改善をはからないと本格的にヤバそう。
そもそも睡眠時間が少ないというのはあるけど、それにも増していつもぼーっとしてるのは、やっぱり首凝りのせいだろうとあらためて思う。時間はどうにもならないので、密度を濃くするしかない。凝りを改善して睡眠の質を上げることに注力しないと。
そんな感じで観にいった横浜トリエンナーレだったが、あまりにもストレートな疎外論としてのアートという感じのテーマで、逆に迫力すら感じた。もうそういう感じのほうがいいのかも?いくつか素晴らしい展示もあり、目が覚める。特に志賀理江子さん。
資本主義や国家による疎外に対して「野草」的アナキズムを対置することに、端的に大きな共感を覚える自分がある。一方で、そうしたこととはまた別の楽しみや意義を、資本の手先として担い、享受している自分もまたある。単純に、矛盾している。
ただ、どちらか一方にのみ傾いて生きていくのは、それはそれで簡単なことで、であるがゆえに不誠実なようにも思える。相容れない思想を抱えながら、しかし容易に止揚することもなく、ただ矛盾したままで生きること。ていよくいえば、そういうことである。