2026年1月15日
リトルKはこの頃、ママと保育園に行くといってぐずることが多い。歩いているとすぐに気分を取り直すのだが。保育園に送って、徒歩で出勤。
Kが用事があって外出するので、夕方、早めに帰宅してリトルKを迎えに行ったり、リモートで仕事したりする。その後、リトルKと一緒に夕食にシチューを作る。野菜を洗ったり、鍋に入れたりといったことを手伝ってくれる。しばらくやってると飽きて、YouTubeを見始めた。はじめしゃちょーの動画をこの頃は見はじめた。
寝かしつけした後、このところ読み進めていた東浩紀『平和と愚かさ』の続きを読み、読了。物事を考えるということのスケールの大きさがある。今後の世界情勢の変化を前に、ますます重要な内容になるだろうと思う。
昨日、画像をObsidianのエディタにペーストしたらR2にアップロードしてURLをMarkdown記法で貼ってくれるようにしたのだが、使っているプラグインにいくつか改善したいことがあったので、forkしたもの(kentaro/s3-image-uploader)を使うようにした。画像を貼ると同時に元のURLへのリンクにし、アップロードするパスを貼り付けたノートのパスと合わせるようにする変更を加えたもの。
新しいスマホにGRシリーズのカメラから取り込むアプリを入れようとして、GR Worldという新しいアプリが出ているのに気づいた。ファームウェアアップデートが必要。SDカード経由でしかできない。Windowsを起動してSDカードにファームウェアファイルを入れてカメラに移し、アップデートする。ネット経由でできるようになってほしいところ。
スマホでは家族写真とか記録用とかで普通に撮っているのだが、カメラを使ってそういうのを撮ろうとは思わない。モードが違う。カメラを使って撮るときは、自分の美的な価値観に準ずるもの、端的にいうと美しいと思える画像を作りたいと思う。以前はコンセプトを立ててしばらくそれに準ずる方向で撮ったりもしていたのだが、この頃はそういうことも考えなくなった。
共感されることもなく、アウトサイダーアートのように撮り続けているだけである。そのわりには量を撮り続けるみたいなことをしているわけでもないから、中途半端なわけだが。いずれにせよ、インスタに載せるみたいなことをしてもしかたがないし、出す場所もない。しかし、昨日から画像アップロード機能をつけたことで、とりあえずここに貼っておくことができるようになった。
そんなわけで、直近の写真からいくつか現像したものを貼っておく。




ザクセン選帝侯領で宮廷画家をつとめつつ、工房を率いて得意のモチーフを大量生産する事業家としての側面も持つ、ドイツにおけるルネサンスと宗教改革の只中にあった人物。やけに活き活きとした肖像画や、後年に量産した独特の抽象的なプロポーションを持つ裸体画が、やたら印象に残る。 クラーナハだけでなく、デューラーのような同時代の画家はもとより、ピカソやデュシャンによる継承、レイラ・パズーキによるインパクト大な「《正義の寓意》1537年による絵画コンペティション」なども楽しかった。 上野公園を抜けてルノアールで『昭和元禄落語心中』の続きを読み、読了。ご都合主義だったり、幽霊話に多くを依存しすぎていたりして興ざめなところがなくもないが、それはそれとして面白かった。 17時に鈴本演芸場へ行く。開場前から行列。開園時には満席になる。落語ブームなんだなあ。