20251月4

昨夜遅くまで本を読んでいたのもあって、昼頃まで寝ていた。起きて、部屋の片付けの続きをしたり、本の続きを読んだり。夕方ごろにKとリトルKが帰ってきた。おもちゃを大量に持って帰ってきた。新たにもらったものと、以前もらったまま置いてあったものだという。プラレールのトーマスがある。いよいよトーマスについてもキャッチアップしなければならない。

リトルKとおもちゃで遊ぶ。持ち帰ってきたおもちゃに大きなレゴみたいなブロックがあり、ひたすら高く積み上げる遊びをする。積み木は出すだけ出して散らかすものの全然遊ばないけど、ブロックは遊ぶ。かっちりハマってわかりやすいからなのかなあ。おもちゃがたくさんあるからか、YouTubeを見せろと要求することなく、ずっと遊んでいる。

寝かしつけた後、お茶しつつiPadを使った勉強法に関する動画をいくつか観る。Good Notesの設定や使い方についてキャッチアップできていなかったところがあったので役立った。さらに、多言語話者の動画や、ホロライブENを題材に英語発音について解説している動画シリーズを観る。ホロライブの方々の英語は、かなり難易度が高いのではないだろうか。

思いのほか安かったので注文したオタマトーンが届いたので、少し練習する。難しい。当たり判定がかなりシビアで、少しでもズレると音もだいぶずれてしまう。バイオリンなどもこんな感じなんだろうか。ぼちぼち練習しよう。

古典ギリシャ語、フランス語のルーティン。


#日記 #1月4日

20231月4

鹿児島出張2日目。ホテルの枕がよくなくて、肩が凝って頭痛になりそう。ロキソニンを飲んだ。このホテルは、場所がいいのでいつも泊まっているのだが、合わないところが多い。泊まるだけの宿に対して、とりたてて要求もないのだけど。

午前中は定例ミーティングにリモート参加。去年はいろいろとうまくいかないことが多かったが、今年はそんなことのないようにやっていきたい。

午後からオフィス。今日はグループ全体の新年会と、会社の新年会。鹿児島オフィスはメンバーが増えて、だいぶ賑やかになったなあ。これからまたさらに増えるので、楽しみである。夜は、新しく入ったメンバーが店を世話してくれて、新年会の二次会。ビルの屋上テラスでバーベキュー。冬にやるバーベキューもおつなものである。あれこれとおしゃべりする。

お茶しながら、無線関連の動画を眺める。鹿児島のハムショップにIC-705が在庫しているという情報を得たので、買いに行くつもり。それでIC-705関連の動画をあれこれと観た。

立川吉笑さんがnoteで有料連載している日記を読んでいるのだが、彼の創作に対する向き合い方はもとより、人付き合いについての考え方にも感心する。思い直すことが多かった。今年は生活フェーズも変わるので、自分自身も変わるべきことが多くなっていくだろう。

今日のブックマーク


#日記 #1月4日

20221月4

昨夜は、清原なつの『千利休』を読み始めた。思いのほかボリュームがあって、寝る前に読み終えるかと思ったけど、半分も読めなかった。かなりしっかり描かれていて、とてもいい本だ。

朝、ホテルでミーティングなどをした後、鹿児島オフィスのメンバーとランチ。中央駅のアミュに行ったのだが、家族連れを中心とするお客さんでごった返していて、とても入れそうにない雰囲気。場所をかえて、ホテルの地下の飲食店へ。オフィスまで行く時間がないのでホテルの部屋に戻って、次のミーティング。そしたら今度はWi-Fiが繋がらなくなっており、iPhoneからモバイル回線でZoomに繋ぐことになったりした。

その後、オフィスにいってグループの新年会があったあと、第2部として東京・福岡・鹿児島のそれぞれのオフィスで新年会の続き。鹿児島オフィスのメンバーも、エンジニアとカスタマーサポートとそれぞれ増えて、自分も合わせて8人であれこれとおしゃべり。その後、場所を変えて会の続き。

さらに場所をかえて、天文館に新しくできたお店へ。最後は、「元祖 おむすび本舗」でカチうどんと黒むす。カチうどんというのは、カスうどんが転訛した言葉だと思われる。

いろいろと話して行かないと、見えないところであるべきところから外れて行っている感じをそこここで感じるなあ。そういうのは個々人にはわかりにくいから、組織として示してやっていくべきことだろう。

20211月4

今年はもっとぱしぱしタスクをこなしていけるようにしようと思って、まずはあらためてTODOの洗い出しをしたりするところから仕事初め。大きなタスク、というよりもプロジェクトと呼ぶほうがいいものも、分解していってきっちりやれるようにしていかないとなあ。基本に立ち返ってやっていかねば。

Kが実家でいただいてきた今半の牛肉を用いてすき焼き。もろもろ準備してから気づいたのだが、すき焼き用というよりは焼いて食べる方がいい感じの肉だったのだが、ここまできたしと思って、決行。浅くて広い鍋がないのでフライパンでやったのだが、それなりにうまく行った感じ。締めのうどんがあればよかったなあ。作り始めてから気づいた。

NHKプラスで「ファミリーヒストリー」を観る。長谷川博己さん。ずいぶん立派なご実家で、驚く。この番組はいつも面白い話が掘り起こされてくるのですごい。しかし、がんばって調べても面白い話があまり出てこないひともいるだろうから候補をある程度出して下調べしてるんだろうけど、どれぐらいやってるのか気になるところ。Kが三浦大知を出してほしいというので、投書を勧めた。

論文を書かねばなあと思いつつ、書くべきことは頭の中にあるのだが、年末の宿題ラッシュのせいでしばらく離れてしまっていたこともあり、書くテンションが戻らず、手をつける気にならない。とはいえ研究のことをまったくやってなかったわけではなくて、主テーマの方について議論したり。なかなか難しそうだなあ。そっちもフォーカスを定めないとならないのだが。

やる気にならなくてしかたがないので、AtCoderのABC187のA問題とB問題を、できるだけElixirぽくなるよう意識しながら書いたりしていた。まあ、まだ仕事初めの1日目だし、宿題疲れもあったりするから、焦らずにやっていこう。今日は継続的に進捗させる仕組みづくりにまで手が回らなかったので、明日あれこれ整えてから進められることを期待する。

20201月4

昨晩、乾燥により喉を痛めてしまったところから、鼻水やくしゃみがでるようになってしまった。だいぶひさしぶりに風邪っぽい感じになってしまった。それで昼頃までごろごろしていたのだが、だいぶよくなってきたのででかける。渋谷へ出て、スクランブルスクエアやPARCOを見て回る(PARCOは2回目)。その後、North Villageへ行き、文章書きの続き。とりあえず書く分は書けたので、頭から見直していく作業。一区切りついて、丸善ジュンク堂へ寄り『ART SINCE 1900:図鑑 1900年以後の芸術』を買う。オクトーバー派の批評家たちによる20世紀美術史。

帰宅して夕食を作った後、文章の手直しの続き。体調が万全ではないので、風呂につかった後、早めに寝る。

20191月4

仕事始め。夕方から、グループ全体での新年会。やってかないとなー。終わって、ninety plusへ。THORNを飲む。メルロー主体のブレンド。奥行きが深い。

20181月4

仕事始め。年初の業務の準備をあれこれする。ちょっと整理しないとなあという気持ち。夕方は、グループ全体の新年会。大親分の話はテンションあがるなあ。明日、大腸内視鏡検査があり、今日は固形物を食べられれないので、泣く泣く帰る。

昼頃、先日受験したTOEICの結果が発表され、860点だった。定点観測のために毎年受けるようにしていて、昨年は850点、その前は775点だったので、少しだけ伸びた。

これまでリスニングが不得意だったのだけど、昨年ずっとNHK World Newsを通勤時に聴き続けていたためか、点数が向上。逆に、リーディングは下がった。まあ、英文読むの全然やってなかったから当たり前か。逆に、今度はどこをやればいいか明白になって、それはそれでよい。はやく900点取りたいなあ。

というわけで英文読みをちゃんとしようと思って、とはいえTOEICのための勉強というのはしたくないので、あらためてEconomistsをちゃんと読もうというわけで、読み差していた『「エコノミスト」で学ぶビジネス英語』を読み始める。その後、アプリで購読しているEconomistsを、音声を流しながら目で追っていると、その本で知った単語がどんどん出てくるので、とてもよい。

松岡正剛『擬 MODOKI: 「世」あるいは別様の可能性』を読了。話題が多様でなかなか消化できないのだが、功利的な合理ではなく、借りぐらしでしかあり得ない我々の生をそれらのあわいのようなところですくい上げていくという話は、日々のしごとに紛れていると忘れがちなところを取り戻させてくれる。

思い出したので書いておくと、最近初めて見たルノワールの「女性大浴女図」の、ブーシェ的ロココと新古典主義の、ほとんど俗悪というべき野合ぶりに、拒否感に近い衝撃を覚えた一方で、強く心惹かれることも否定できないという引き裂かれ状態に陥った。ルノワールについて通り一遍の理解しかないのだが、彼の生涯を通して、作品群を通覧する必要を感じる。

20171月4

仕事始め。期初のあれこれの準備。しかし、やりたいこと、やらねばということがたくさんあって、やきもきする。全部やりたい。

夕方から、グループ全体の新年会。今年はセルリアンタワーの39Fの会場をうちの会社だけで使えて気の置けない感じだったし、眺めもよかったし、すごくよかったなあ。

道玄坂にできたローストビーフまぜそばの店に行く。以前、秋葉原でみかけて「ローストビーフブームすごいな……」と呆れていた店と多分同じだと思うのだけど、ともかくすごいね。食べてみた結果としては、まぜそばとはまったくあわないよね……。

20161月4

8時過ぎに起床。メディテーションを20分ほど。する前にNewsPicksを見てしまってあれこれ考え事がでてきたせいで、頭にもやがかかった感じ。山下良道さん的にいえば、青空が雲で覆われてしまっている感じ。しかし、しばらくやっている内に、だいぶ雲が晴れてきたような気分になる。最近、うまくいってる。

昼食は海浜食堂たけだでカキフライ定食。

夕方、グループ全体での新年会。グループ代表の所信を聞いて、そうだよなあ、がんばらないとなあとあらためて思う。その後、すごいゲストが出てきて盛り上がった。

帰宅して、しばらく中国語の言文一致運動について昨晩ネットで拾ってきた文章を読む。

なんでそういうことをしているかというと、言文一致がない言語を使ってる気分を知りたいからだ。どんな感じなんだろう。あるいは、書き言葉のない言語について。中国語を使える台湾のひとが文章を書くときは、話し言葉で台湾語を使っていても、中国語のみで事足りるから、台湾語で書けないことに困ることはないみたいなことがいわれるけど、ほんとなのかな。

古代、日本語のための書き言葉がなかったとき、日本人は何かを書くときに、話し言葉とは全然別の漢文を書いていたわけだけど、それがどういう気持ちになるのか、というのがあまりよく理解できない。こわい感じがする。でも、いまでもそういう言語で、実際に使われているものはたくさんあるんだろう。

その後の日本人は、漢字かな混じりの文章を書いているから、中国語だと漢字によって、読めはしないまでもなんとなく近いイメージがあるけど、たとえばいま、日本語に書き言葉がなくて、話し言葉は日本語なのに、書くのは英語でしか書けないとしたら、どういう気持ちになるのかな、という興味があるのである。この辺は、山城むつみさんの『文学のプログラム (講談社文芸文庫)』の話。

文字化けした文章を見るとゾワッとするひとは多いと思うのだけど、それって、初めて書き言葉としての漢文をみた時に日本人が感じたことと似てるんじゃないかなと思う。わけがわからないが、なにかが意味されてるらしいし、自分もそれを使わないとならないようだけど、意味がわからないという。発音がまったく想像できない言語を、文法的な知識だけで習得し、その言語でしか書けないという状況を作り出せば、気持ちがわかるのかもしれない。

そういう体験を与える文章を書きたいと思う。などと思いつつ、『「星の王子さま」をフランス語で読む (ちくま学芸文庫)』を読了。