12月14日の日記一覧
2024年12月14日
金沢出張。東京駅の「駅弁屋 祭」で、佐藤水産の鮭弁当を買う。ルイベが美味しい。この店に来るといつもテンションが上がる。駅弁はとても日本的な文化だと思う。美味しいのもいい。
最近少し鉄道のことを知ってきたので、新幹線のE5系とE6系の接続部分を見て興奮。写真を撮って、リトルKに送る。乗るのはE7系の「かがやき」である。弁当を食べた後、おおむね寝て過ごした。
講演会まで少し時間があったので、駅から歩く。「コテンラジオ」のやなせたかし回を聞いていて、ところどころで涙があふれる。[[逆転しない正義]]という言葉に打たれた。そういうことにフォーカスして生きていきたいと思う。歩きながら、やなせの絵本セットを注文。
近江町市場は観光客でいっぱい。3年近く前に訪れたときとは大違いである。目当ての店に入れなくてうろうろしていたら、のどぐろの釜飯を出す店を見つけた。釜飯と、竹葉の能登純米をいただく。あちこちで能登への応援を呼びかける掲示が行われているのが印象的だった。
まだもうちょっと時間があったので、ひがし茶屋街をぐるっとまわる。酒屋で、金沢で作っているAlembicのジンの、マデイラワイン樽で熟成ものを購入。一万円近くする。日本酒はまた明日どこかで買えるだろう。以前飲んですごく美味しかったものがあったのだが、なんだか思い出せない。
講演会の会場は金城楼。見知った人々に久々に会う。S先生の講演は、とてもよい内容だった。全然違うタイプだと思っていたのだし、キャラクターは実際全然違うのだが、考え方や方法は、自分がそうありたいと思っていることに近いように思う。謦咳に接することができて良かったと思う。
懇親会でも、実際に会うのは初めての方も含めて、お会いできた方が多くてよかった。村井純氏もいた。ちょうど自分の席のあたりに氏の弟子たちが座っていて、途中でやってきてあれこれと話しているのを聴けたのも良かった。彼らが、かなり自然に接しているのも、ふだんの感じを感じられた。
日本のインターネットを作ってきた人々が集まってわちゃわちゃしてるのを見られたのはとても良い経験になった。S先生もそうだが、世の中に対するインパクトを大所高所から実装にいたるまで広く捉え、実践していて、自分の小ささを思う。ほんと、なんもできてないよなあと、しょんぼりする気持ちにもなった。そういうことも含めて、来てよかったと思う。
片町の方へ歩く。金沢城と兼六園をつなぐ橋下を歩きながら、ライトアップに見とれる。
お茶しつつ、本を読む。その後、駅前に取ったホテルまで歩く。ぐるっと回った感じ。
#日記 #12月14日
2022年12月14日
昨晩は、五十嵐大『隣の聞き取れないひと APD/LiDをめぐる聴き取りの記録』を寝入る前に読んでいた。聞き取りにくいということがあるというのは聞き及んでいたが、APD/LiDというのを初めて知った。自分も、このところガチャガチャいうノイズに声がかき消されたり、人がたくさんいる中だと聞き取りづらくなったりしてる気がしている。多少はAPD的なこともあるのかもしれないと思って、他人事ではない感じがする(深刻な状況では全然ないけど)。
面接などの後、赤坂中央クリニックへ。このひと月の服薬で、少し数字が下がったものの十分ではないので、薬の量を少し増やすことになった。ユリスという、尿酸を排泄しやすくするもの。これまで飲んでいたフェブリクは、逆に尿酸の生成を抑えるというもの。またひと月服薬を続けて、様子を見ることになった。その後、会社で謎の撮影。
美容院に行ったというKが、髪をバッサリ切っていた。出会った頃はそんな感じだったなあ。夕食に、餃子を自作して焼いてくれた。いい感じに焼けていて、美味しい。食べながら、「ゆる言語学ラジオ」の最新回を観る。片付けなどを済ませた後、NHKの「みんなの手話」の今週分。シャドウイングしながら観る。やっぱり動画教材の方が記憶に残る。また、例文がある方が日本手話らしい表現を学べるので、いいなあ。できる限り、生の表現に触れる必要がありそう。
『日本手話のしくみ練習帳』の続きをやり、最後まで終えた。しかし、まだまだ連続して表出されるおしゃべりはあまり読み取れない。もっと単語も憶えないと。
「第4級アマチュア無線技士 過去問題集」というサイトで公開されているアマチュア無線の過去問をやってみたのだが、初見だと全然解けない。特に無線工学で解けるのは、オームの法則ぐらいである。カテゴリごとに全問を2回繰り返しやることで、2回目はなんとなく前のを憶えているので正答できるものが多いのだが、本番もそれでいけるのかなあ。とにかく、過去問がそのまま出るということなので、ひたすら量をこなしていかねば。
しかし、電子回路や信号処理的な話は、工学の中でも情報系とも縁が深いカテゴリだが、苦手なんだよなあ。興味をうまく持ててないのだと思う。どうやったら面白く感じられるかなあ。
今日のブックマーク
- chavinlo/distributed-diffusion: Train a Stable Diffusion model over the internet with Hivemind
- 機械学習システム開発と運用の落とし穴 - Speaker Deck
- Vertexで3ヶ月で作る運用可能なML API基盤 - CADDi Tech Blog
#日記 #12月14日
2021年12月14日
朝、目覚ましをスヌーズにしたつもりが止めてしまっていたようで、寝過ごしてしまった。その後は、定例ミーティングなど。年の瀬でもあるので、来年に向けてあらためて目標を定めていかなければ。
夜はボードメンバーの忘年会。19時から24時まで、延々色々とおしゃべり。仕事のことがほとんど。僕は、飲み会でもなんでも仕事の話をする方が好きなので、それで良い。
帰宅して、『これからはじめる フランス語入門』の続きを読み、読了。Duolingoを継続していても、文法についての全体観がないままに進めていて効率が悪いなと思ったので、あらためて入門書を読んだ。読んでみると、ぼんやりとしか理解していないところが多くて、読んでよかった。しかし、なかなか憶えられないなあ。なんかもっと、チートシート的なもので無理やり記憶するみたいなのが必要そう。
とても影響を受けた高橋伸夫『殻―脱じり貧の経営』という本があり、そこで議論されているマックス・ウェーバーのいわゆる「鉄の檻」と訳されている概念(原文ではGehäuse)について、思いを馳せたりした。鉄の檻というと何やら隔離的なイメージだが、ウェーバーがいおうとしていたのは実際にはそういうことではなくて、繭のように守るものでもありつつ、しかしずっとそこにいては死んでいってしまう、そういう両義的な概念なのであった。自分自身の思考や責任についても、そういう二面性に対する正当な評価と、そこからの変化を果たしていかないとなあ、みたいなことを思うのである。
2020年12月14日
朝、昨日書いた『プログラミングElixir 第2版』の書評を公開した(「『プログラミングElixir 第2版』を読んでいまこそElixirに入門しよう」)。あんまり伸びないだろうなあとは思いつつ、コミュニティの方々が拡散してくださったおかげで、多少は広まった。しかし、この日記を書いている時点ではアクセス数が140程度で、全然読まれてない感じ。まあそんなものだろうけど、もう少し読まれたいところだよなあ。
Twitterに、余談のような話を書いた。書評に混ぜ込むと意味不明になり過ぎるのでいれなかった話。
WSA研でNervesについての発表があったのが11/13で、そこからElixirを始めたところちょうどこの本が刊行され、ありがたくもいただけることになり、この記事を書いたのがちょうど1ヶ月後の昨日で、この流れはもはや運命。正確に言えば、計画された偶然であるといえる。刻が満ちた。というとすごく独善的な世界解釈ということになろうが、わたくしにとっての世界とはそのような偶然によって開示される何事かで今まであり続けたし、これからもあるだろう。わたくしができるのは、そうした偶然性に最大限のっていき、世界を押し広げていくことである。そのようにして生きている。
もちろん、そのような偶然的な世界の開示は先達のみなさまによる営為によるもので、最大限の感謝を抱いている。そういう縁のようなことに感謝しながら、わたくしもまたそれを誰かに繋げ、また、新しい何事かを作り上げることによって、世界を押し広げていきたいとあらためて思うのであった。
今日は、Railsで開発をやってきたひとが、昨今のパラダイムシフトに対する焦燥感のようなことを述べるブログポストが話題になっていた。あんまりひとのいうことに左右され過ぎないほうがいいんじゃないかなあと思いつつ、いっていることはわかるし、考えるべきこともある。そのブログでは、Rails的なパラダイムからJavaScriptによる非同期処理パラダイムに自分が移行できてない焦りについて書かれていた。それに対して、Railsがどうのとかじゃなくて本質的な理解があれば横展開してやっていけるんじゃないかという意見もあり、そういうこともあろうとは思うけど、実はその考えではうまく行かないこともあるだろう。まさに、件のブログポストはパラダイムシフトへの乗り遅れについて書いているからだ。
Elixirのことにひきつけていえば、RailsでもNode.JSでもいいけど、そういうものとは全然パラダイムが異なっている。そして、それは「普通のWebアプリケーション」を書いているひとにとっては、とっつきやすいものであるとはいえないのは確かだろう(もちろん、勘のいい人はすぐ習得するのかも知れないが)。パラダイムシフトというのは、そういう形でやってくる。また、Webアプリを作るにしても、今後はますます機械学習への少なくとも基礎的な理解がないと、ただ使うだけで中身はブラックボックスになり、刀の柄を持つのではなく刃を持たされているという状況になるだろうと思う。開発だけでなくインフラについても、DataOpsを担うのが当たり前になってくれば、無縁ではいられない。そういうのもパラダイムシフトだろう。
そういう意味で、技術要素に過剰適応するのは問題ではあるが、かといって「本質」を押さえていればだいじょうぶだと安心することもまた、そもそもパラダイムシフトが起こり得るという視座が欠けたもののみかたである可能性もある。いざパラダイムシフトが起こってみると、いまは横展開でうまくやっている人々も、あっという間に置き去りにされてしまう。それは、技術要素に過剰適応するひととは、単にたまたまいま取り組んでいる技術がそういう流れになっていないというだけの違いなのかも知れない。そういう視座のもとに、目の前の必要性だけでない、視野を広げるための取り組みが必要なのはないか。そう思って自分は取り組んでいきたい。
少し違う始点で、人気投票みたいなので技術を語るのはあんまりいいことだとは思わない。ペパボにはhsbtさんという素晴らしいRubyコミッタがいるから、OSSへの理解度や活用度についてアドヴァンテージがあるだろうと思うけど、OSSだって人々の営みなのであるから、そこに対する敬意を払うことは必要なんじゃないかと思う。それは、上記したような先達の取り組みに対する「縁」のようなことをだいじにするという話とつながる。技術は、技術だけでは生きられない。人々の実践があってこその技術の価値である。そういうことを忘れないようにしていきたいものだ。
昨晩、寝る間際にElixirをビルドしてみるかとやってみたら、Nerves開発してるとMIX_TARGET
という環境変数をexport
していることが多いのだが、その場合にElixirのテストが一部失敗するという問題があったのでpull requestを送ったところ、取り込んでいただいた。やったこと自体はたいした内容ではないが、OSSの楽しさを感じたなあ。
夜は、役員忘年会で麻布十番の「尾崎幸隆」。もちろん、個室完備で感染予防は万全。美味しかったなあ。もっとやっていかねばという気持ち。
2019年12月14日
Taro Nasuギャラリーでアン・トゥルイットの個展を観る。単色の箱を重ねたようなミニマルな彫刻で知られるアーティストの絵画というかドローイングというか、ともあれ平面作品を集めたもの。それらもまた、色付けされた平面の構成によって形作られているものが多い。塗り込められたようなものよりは、平面の組み合わせによって構成されたものの方が面白いかな。とはいえまあ、歴史的な資料という感じで、あまり楽しめようなものではなかったが……。
その後、North Villageでお茶しつつ、テッド・チャンの本の続き。ほんとこの新作も、次から次へと面白いアイディアが横溢していて、頭がフル回転する。面白すぎるなあ。「ソフトウェアオブジェクトのライフサイクル」を読んでいて、人工生命にたいして法人格を与えることで、社会的な人格をもたせるというアイディアがあり、それがいけるならブロックチェーンのスマートコントラクトにだって法人格をもたせられるかもしれないし、さらには人工生命が法人格を持ちつつ、スマートコントラクトの範囲において社会的な契約執行だってできるんじゃないか?などと考えてみたりもした。
書店で、レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』上下巻を買う。以前も買ったのだが処分してしまったもの。先日、坂口恭平さんの本を読んでいて、そこで非常に面白く紹介されていたので読み返してみようと思って買ったのであった。
帰宅すると、コーヒー豆のグラインダーとHHKB Pro Type-Sが届いていた。今朝、Kが買ったCoresのコーヒーメイカーが届いたのだが、あまりにもかわいいのでちゃんとコーヒーを作って飲もうという機運が高まり、家でコーヒーをきちんと淹れるみたいなことをすると凝りすぎておかしなことになるから避けていたのだが、しかたながないのでRussell Hobbsのグラインダーを注文したら、夕方には届いて驚いた。買ってきた豆を使って早速コーヒーを淹れて飲む。
そんなことをしながら、久々にHHKBを使い始める。外部キーボードを使うのが何年かぶりなため、最初は慣れない。Chromeをキーボードで操作できる拡張を入れてしばらく触っていると、だんだん馴染んできた。書いている途中の文章の続きを書き始めると、やっぱり入力に関してはこちらの方がずっとしやすくて、指も疲れにくいし、とてもよい。しかしまあ、どうしてもマウスを触らなければならないこともあり、Macbookの手前にキーボードをおいていいるため、そういう時はちょっと面倒だなあ。また、画面が遠くなるのでややみにくいし、そうなると大きい画面を使って、マウスなりトラックボールなりを買って……とかいいだすと、せっかくのポータブル性が失われてしまう。悩ましい。などと考え、結局Magic Trackpadまで買ってしまう。
先日購入した『世界文学を読めば何が変わる?――古典の豊かな森へ』を読み始める。うーん、いかにもイギリスのひとっぽい諧謔的な感じ。あんまあわない気がするなあ。
2018年12月14日
なにしてたか記憶にない……。
2017年12月14日
今日は世の中が大きく動いたという感じがしたなあ。どんどんなめらかになっていく世界。あとからふりかえった時に、この時期がターニングポイントだったと、きっと思うことだろう。
母親の誕生日なので「なんかほしいのある?」と訊いたところ、北海道ぎょれんの「鶴」というセットがほしいとのことだったので、買って送った。
夜、CONA渋谷桜丘店で管掌部門の忘年会。みんな元気でうれしい。
2016年12月14日
急病で行けなかった方の代役でボードメンバーの忘年会にお誘いいただいた。あれこれおしゃべり。いろんな視点を持ちつつ、アツいひとばかりでよいなあ。久々に飲みすぎた。
2015年12月14日
昨夜は寝付きが悪かったのと、仕事の夢が断続的に続いてあれこれ脳が働いてる感じで、眠りが浅い感じ。
昼食は桜丘カフェ。ポークソテーを食べる。
今日も1日面談をしていたが、ようやくほぼ終わり。まあ、このあとがフィードバックをまとめなくてはならないので、大変なわけだけど。
スパイスガーデンで夕食。チキンカレーを食べる。
帰宅して、SlackのAPIドキュメントや、RubyやGoのクライアントライブラリを眺めたり。うーむ。なんか自分であれこれ書きたくなってくる感じ。
『エリック・エヴァンスのドメイン駆動設計』を読み始める。
宝くじのように期待値が計算できるものについては、その期待値の低さから「宝くじを買うのは馬鹿」みたいな話になるけど、たかだか数ヶ月に一度、多くても数万程度浪費するぐらいならば、馬鹿呼ばわりされるほどでもなかろうと思う。多くの人々は、たとえば、服なんて寒さをしのげればいいという観点からいえば無意味に高いものを普通に買っているが、その期待リターンがいくらかなんて考えないだろう。それと同じ。
生計にとって行き過ぎた浪費は明らかに問題だが、普通に暮らしている分には宝くじなどよりも期待値が計算し難い行為はたくさんあって(たとえば、忘年会シーズンの昨今だが、忘年会の期待リターンっていくら?)、宝くじよりそちらを見直す方がよいことは多いだろう。
つまり、全体としてはなかなか定量化できないことの方が多いのに、定量化できる一部のことをことさらに取り上げると、全体の判断を誤るだろうなあと思う。もちろん、できるところからするというのは必要だけど、そこだけにとらわれてもしかたがない。宝くじの件に限らず、いろんなことに当てはまるんじゃないかと思った。
ってのはまあ、個々人にとっての話であって、制度を作る側とかビジネスをする側の発想としては、そういう個々人にとってはたいしたことでなくても集めたら膨大になるというのをいかにうまいことやるかって話なんだろうけど。