20253月13

頭痛もするし、眠過ぎる。睡眠不足。ロキソニンが切れていたので、カロナールを飲む。少しは マシになった。

リトルKを保育園に送る。この頃は、すんなり行こうとしなくなって、消防署にいきたいとか、公園にいきたいとかいって、道をそれようとする。保育園についても靴を自分では脱ごうとしない。他に楽しいことがあって目移りしているということならいいが、何か気がかりなことがあるのだろうか。保育室に向かうときは走っていくし、連絡帳でも楽しそうにしている様子なので、保育園での活動自体には問題なさそうなのだけど。

ミーティングをしたり、月1集まってのランチでもサービスについてあれこれ話したり。そうかと思いきやその数十分後には話した内容がリリースされていたりして、メンバーを激賞したりしていた。合間に技術調査とコード書き。やりたいことは間違いなくできそうというのはわかった。まずは最小限動くところまでいちはやく持っていく。思いのほか実装感は大変そうな感じはあるが、集中してやればそんなに時間かからずにできるはず。

夜は、一緒に仕事をしている提携先の方々と、四半期に一度の定例でやっている会食。毎週オンラインでは顔を合わせているので久しぶりという感じではないが、ご飯を食べつつゆっくりとあれこれ今後のことを話す。面白い取り組みができそうでわくわく。

今日は何もせずにさっさと寝よう。明日もまた飲み(イベント登壇+懇親会)である。

と思いつつ、Blender用のMCPであるahujasid/blender-mcpで遊んでいた。

@kentaro on X
@kentaro on X
Cursor + BlenderMCPでモデリングを試してみている。

すごく実用的というわけではないかもしれないが、プロンプトを投げてシンプルなオブジェクトを作れるぐらいだった、2年ぐらい前に出たBlenderGPTに比べると、格段に良くなっているのは確かであろう。この調子で3Dモデリングももっともっとも簡単になっていくことも考えられよう。

20243月13

今日は、半年に一度の人間ドック。前回よりは各種数値が改善しているはず。体重も少しだけではあるけど減ったし。身体改善に取り組んで、年内でこの20年分の「負債」を一気に解消するつもりである。

人間ドックの実施場所として指定されている病院は、きっとそうした診断が主な事業になのだろう。てきぱきとことが進んでいく。ベルトコンベアにのせられて、みたいな20世紀的ないいまわしがあるが、もはやそんなことを思うことすらないスムーズぶりである。

人間はもちろん自律的な存在だが、人間ドックの列の中ではただただ流れに従うだけの他律的な存在になる。どのレイヤにおいて思考しているかによってとらえ方が変わるということなのでが、これらをごっちゃにしてしまってはいけない。話が合わなくなる。

ごっちゃにはしないけど、どっちか一方でしか考えられないみたいなこともある。それはそれで問題である。当然どちらの側面もあって、考え方の審級によって現れ方が変わるのだから。両方を同時に見すえる必要があるわけだ。なんというか、そういうのがベースの力なんだと思う。

たぶん、80点ぐらいの力量に達するのに必要なことはそんなような考え方ひとつで変わることで、特別になにかすごいことではないんだろうと思う。でもできない。なぜか。それぐらいホメオスタシスが強いからである。演技になってしまう。考え方を変えるのは難しい。

20233月13

昨晩は帰宅してさっさと眠るはずが、ChatWPをいじっていて、気づいたら4時頃になってしまっていた。9時おきで活動開始。また首こり……。昼前頃から頭痛に発展。ロキソニンを飲む。今日は朝から天気が悪いのと、睡眠不足・過集中による眼精疲労のせいだろう。

頭痛がすることを受け入れて、うまくやっていく方法を考える方が生産的なのではないかと思ったりした。痛みが出るたびにぐったりしていたら、やるべきことが全然できない。痛いなら痛いなりにうまくやれるよう、そういう時にできることを作っておく必要がある。また、瞑想などによって痛みを紛らわせる技法の習得が必要だ。痛みのせいで頭が朦朧として、こんな無茶なことを思ってるだけかもしれない。

会社では、相変わらずAI関連の話ばかりしている。昨日作ったChatWPを実際に触ってもらいたかったのだが、コマンドとして作ってるので実行してもらうのも難しい。そこで、コマンドをWeb経由で実行できる簡単なツールcmdwを書いた。作った背景やユースケースを説明する記事「cmdw: ローカルマシンのコマンドをHTTP経由で外から実行できるようにする」も書いた。

松岡和美他・編『手話言語学のトピック:基礎から最前線へ』を読み始める。基礎的な知識を導入した後、研究として先端的な話題に入っていくという構成。非常に面白い。これまで読んできた本などで書かれていなかったことも多くあり、勉強になる。忙しさにかまけてすっかり手話から離れてしまっているが、またやっていきたい。

今日こそは早めに寝るし、長く寝る。

今日のブックマーク


#日記 #3月13日

20223月13

昨夜は、明け方にくしゃみが出てきてしんどいので、花粉症の薬を飲んでまた寝る。昨晩、寝る前に1錠飲んだのだが、昨日ぐらいからそれだと足りない感じになってきているようだ。2錠飲まないと。そんなこともあって、10時過ぎに起きたが、寝足りない。Kが散歩がてら食事に行こうというので、山を降りて料理屋まで向かうが、行列ができている。しかたがないので、ぐるっと歩いて適当な中華料理屋へ。初めて入ったところだが、悪くない。五目丼をいただく。

お茶しながら、昨日は聴きながら寝てしまった春風亭一朝さんによる「大工調べ」を頭から通して聞く。このネタは、大工の棟梁による見事な啖呵が聞きどころ。自分の話し方をもっとはっきりわかりやすくしないとならないのではないか、落語的な話し方、すなわち江戸の方言を身につけることがその一つになるのではないか?もちろん、そのままではないにしてもその心持ちにおいて、などと思っていたりするところ。さらに、春風亭一之輔さんの「浅草演芸ホール探訪」の前編後編を観る。

昼からはゼミ。自分の進捗について軽く報告したりなど。メールへの返信をもらうべきタスクも進められたのでよかった。研究もしっかりやっていかねば。

神田伯山さんが講談を監修している久世番子『ひらばのひと』を読む。まだ2巻までしか出ていないのだが、これからが楽しみだ。一方で、『昭和元禄落語心中』ほど盛り上がるとは思えず、「講談ブーム」を起こすところまでにはならないのではないかとは思う。まあでも、そういうブーム自体はすでに伯山さんが起こしているのだろうから別によいのか。しかし、講談の面白みというのをあまりまだよくわかっていないので、もうちょっとちゃんと聞いてみたい。その後、春風亭一之輔さんの「子別れ」を聞いているうちに、寝入ってしまう。

夕食をとりながら、「鎌倉殿の13人」を観る。今回は、さまざまなエピソードが盛りだくさんに語られた、つなぎ的な感じの回という感じ。続けて、「ブラタモリ」の小豆島の回を途中まで観る。「二十四の瞳」とかオリーブぐらいのイメージしかなかったのだが、火山活動によって形成された土壌・地形の面白さに惹かれる。

「楽座」で買った渡辺保『歌舞伎―過剰なる記号の森』を読み始める。のっけから、1936年生まれの著者が初めて見たのは1941年の六代目尾上菊五郎であるといい、1951年の六代目中村歌右衛門襲名披露の際の吉右衛門による口上の記憶を詳細に述べる。同年生まれの蓮實重彦氏もそうだが、記憶力のよいひともいるもんだと感心する。そういう「映画的」だったり「演劇的」だったりする記憶ということに関する力にまるで恵まれなかった自分としては、羨ましい限りである。しかし、まだこの本を読める状況にはないと判断して、いったん措く。

本棚の周りに乱雑に積み上げられた本や雑誌を整理する。その中から、雑誌類をまず片づけようと思って「芸術新潮」を読む。2022年3月号の「特集:ローマ教皇 怒濤の2000年美術史」、2022年1月号「特集:杉本博司と日本の神々」を読み始める。前者については、先日もそうだったのだが今回もまた、やっぱりちょっと気分が乗らなくて、途中で読みさして情報コーナーだけ最後まで読む。続けて後者。ストレッチしながら気楽な感じで眺め始めたのだが、夢中になって読む。これまで氏の作品、著書などあれこれと触れてきたが、いつもひたすらため息をつくばかり。日記を書きながら、「京都市京セラ美術館開館記念展「杉本博司 瑠璃の浄土」関連プログラム対談 浅田彰×杉本博司」を倍速で聞く。

20213月13

午前中は「遠隔教育システム工学」の講義。なんかちょっと気分が乗らなくなってきて、最近盛り上がっているNFTについてあらためて調べたりしつつ聴いていた。なんか統計の基礎みたいなことをやりだして、別にこの授業でそれやる必要なくない?という感じなので。

午後、大雨が降っているが、昼食を食べにKとでかける。気になっていた中華料理屋に行ってみたら、ランチメニューは麺とちょっとしたツマミみたいなものぐらいしかなかったのだが、それがとても美味しくて、夜もぜひきてみなければという気持ちになった。

その後、足を伸ばして、白金台のYAECA HOME STOREへ。1Fでは、ビームス創造研究所のクリエイティブディレクター南雲浩二郎氏がセレクトした古物でひとつ空間を作った感じの催しをやっている。話によると、骨董屋さんの持ち物から南雲氏がセレクトして、キュレーションした感じとのこと。良い物が多くて、欲しい物もいくつかあった。しかし、この雰囲気と光の当たり方だから素敵なのであって、いまのうちにこれがあってもなあという気持ちになり、買わず。その代わり、YAECAのデニムジャケットを買う。カバーオールみたいな感じで、イマっぽい。かわいい。

お茶しつつ、『[第3版]Python機械学習プログラミング 達人データサイエンティストによる理論と実践』を読み始める。しかし、その前に『ゼロから作るディープラーニング』をひと通りやっておくほうがいいんじゃないかなーなどど思ったりする。

帰宅して、今日が締切の「遠隔教育システム工学」のレポート。全然気乗りしなくて、やたら書くのに時間がかかってしまった。それでもあんまりちゃんと書けなかったのだが、時間かけてもしかたないので、ともあれ提出。

その後、途中でご飯を作って食べたりしつつ、エヴァの新劇場版の「破」「Q」を続けてみる。なんか見返してもわけわからないし、考察ブログ読んでても、いま観たばかりなのに「そんな話どこに出てたんだ?」という気になるし、謎である。いままで漫画版は読んでなかったのだが、そっちも読んでみるかと思ってKindle版をまとめ買いしたり。

20203月13

昨日買ったMIT Technology Review [US] March - April 2020 (単号)を読む。将来予測も面白いのだが、デザイン・フィクションの話が勉強になった。ドミニク・チェンさんの『電脳のレリギオ:ビッグデータ社会で心をつくる』でも紹介されていた、未来をフォクションの形で思い描く手法。その中で紹介されていた2010年のBlind Cameraという作品が面白くて、自分でも作ってみたくなる。そうして作ったデバイスをたくさん並べて、写真展として展開しても面白そうだと思う。

注文していた『写真画報Vol.2 森山大道×松江泰治』が届いたので眺める。森山大道さんと松江泰治さんという意外な組み合わせ。松江さんはデビュー前から森山さんのところに通っていたということで、古い仲なのだそうだ。インタビューで、自分の写真に官能を見いだせないひとになにいってもしかたがないから説明しないといっていて、理知的な作風とはイメージの異なるエモさに惹かれる。清水穣さんの批評のようなのも好きなのだけど。その他、一昨日、昨日買った本。『英語の気配り』、『瓦礫の未来』、『WIRED(ワイアード)VOL.36』。

CTO協会仕事の続き。その関連もあって、統計学やPythonでの実作業について少しは知っておかないとなあと思い、「米国データサイエンティストのブログ」の連載「データサイエンスのためのPython入門」を観ながらJupyter Notebookをいじるというのやり始めた。大学院の講義に統計学がないのもあって、自分で勉強しないとならないという事情もある。その後、村上陽一郎『あらためて教養とは (新潮文庫)』の続きを読む。

20193月13

出社して仕事した後、午後はちょっと外出して、不動産屋さんで転居先の契約。会社に戻って、あれこれと細かい仕事。この時期はそういうのがいろいろあるなあ。

ジムで1時間有酸素運動して会社に戻り、ちょっと作業したのち、自分のホームページ改修。今度はHugoでやってみようってんで、あれこれしてみる。あとは内容を書くだけというところまできたので、今日のところは終わり。

明日は人間ドックなので、しばらく食べられない。

20183月13

花粉症になって数年経過した昨日、いよいよ耐え難くなってきたので初めて薬剤を処方してもらい、服用を始めた。昨今の薬は眠くならないという触れ込みであったが、猛烈にボーっとして眠いし、厳しい。

評伝 ゲルハルト・リヒター Gerhard Richter, Maler』を読む。70年代までの、常にスタイルを変えていくことこそがスタイルであるところから、アブストラクト・ペインティングのシリーズに傾斜していく過程に、その変節と同じぐらいの年齢に差し掛かっている自分として、興味を覚える。それにしてもリヒターは、あらためて「最後の画家」というにふさわしい。カタログ・レゾネが作成される画家が、今後あらたに現れるだろうか。

マックス・リヒターの「25%のヴィヴァルディ RECOMPOSED BY マックス・リヒター」をひょんなことから聴き、構想力と、現代的かつ美的にまとめあげる力量に感服したところだった。そういうのを「ポスト・クラシカル」というらしいと知り、その文脈で紹介されていたJacob Pavekの“Illume”を聴いてみたのだが、趣味に合わなかった。

クラシック志向の新曲作家が、映画音楽に活路を見いだすようになって久しい。重厚な和音が濁る、感傷的な音楽。そういうのよりも、スカルラッティやモーツァルトの最良の作品のような、何の意味もなくコロコロと転がっているような、そんな音楽を聴いていたいと思うのだが。そんなわけで、イーゴ・ポゴレリチによるスカルラッティのソナタ集を聴く(そして、やはりホロヴィッツの演奏の方がずっと素晴らしいと何度めかで思う)。

今年に入ってから、中里伸也さんの作品に感銘を覚えた。その過程で、彼のインスピレーション元=オマージュ先のひとつであるニコラ・ド・スタールという画家の存在を知り、その作品にも強く心揺さぶられている。そこで、1993年に日本で行われた展覧会の図録をヤフオクで落札したり、『ニコラ・ド・スタールの手紙 (1984年)』を取り寄せたりしているところ。

20173月13

やたらバタバタした1日。あれこれ、あれこれ。

最近の寝る前の楽しみは『古典落語(下) (講談社文庫)』を読むこと。落語はほんといいなあ。