2026年4月5日
昨晩は、寝床でヤリタミサコ『アレン・ギンズバーグ 裸形の生と詩と』を読了。いわゆるビートニクについてはバロウズやケルアックなどを少し読んだぐらいであまりハマれなかったのだが、ギンズバーグは比較的いいかもしれない。しかし、あけすけな少年愛的な嗜好は、あと10年長生きしていたらちょっと厳しい感じになったのかもなあとも思える。
朝起きて、ずっと気になっていた安齋篤人『ガリツィア全史: ウクライナとポーランドをめぐる歴史地政学』の続きを読む。特に近代以降、入れ代わり立ち代り延々と争いが続いており、これをどのように考えたらいいのかわからなくて呆然とする。国家(覇権国家も攻めいられる国家も)、民族自決によって盛り上がるナショナリズム勢力、社会主義のようなインターナショナルな思想による革命闘士たちが入り乱れて、極めて複雑な様相を呈する。
Kのお父さんの誕生日会でKの実家へ。リトルKは、昨晩高熱を出したとのことだったが、治ったようである。でもやっぱりまだちょっと本調子ではなさそうな感じ。今半のお弁当、ケーキをいただく。
移動中は、奇奇怪怪の「ポストAIとポストプラットフォームの生存戦略」を聴く。このポッドキャストでも、誠実さ・真剣さの良さみたいなことが語られるのだが、もちろん素晴らしいことだとは思うけど、そのままはのれない気持ちがある。主観的に誠実であるかどうかではなく、客観的な誠実さ、つまり誠実さの結果として期待される成果を実現するために、主観的には必ずしも誠実さとは結びつかないことをするような、結果的な誠実さみたいなこともあるからである。
というとなんか別の誠実さを自分が持ち合わせているような感じになるが、そういうわけでもなく、人々を見ていて本当に誠実だし真剣だし素晴らしいなと心から思うのだけれども、自分はまったくそうことがないなあと思うことが多くて、かといって不誠実だと思われても、そういうわけでもないので、先述のような理屈をとりあえず述べているという感じもする。
聴きながら、ウクライナ文学やポーランド語についてネットで読む。ユーリー・アンドルホーヴィチというウクライナの作家が気になる。『ガリツィア全史』で、政治・民族的な視点からではなく、普段生きているひとりの生活者としての視点からガリツィアを偲ぶ本を書いたという説明を読んで、本を読んでみたくなった。そんなわけで、ポーランド語の続きと、さらにウクライナ語をやることにする。
小田亮『進化心理学ー進化の視点から心を探る(ワードマップ)』が届いた。もう1冊同時期に出ている。
20日連続で毎日1課ずつ聴いて、「ニューエクスプレスプラス」シリーズのロシア語とポーランド語を終えた。といっても、音声を1回聴く+解説をざっと見る+また1回聴くというだけで、1日につき10分もかけてないので何も身についてないが、ここからまた戻って、次はもうちょっとちゃんとやっていく。
藤田佳三 安南手茶入れ