7月28日の日記一覧
2024年7月28日
人差し指付け根は少しマシになってきたが、今度は小指の付け根にも腫れと痛みが現れた。手が腫れてなんか牛蛙みたいになっている。治るまでまだしばらくかかりそう。左足にも少しある。パソコン使えないのが困る。音声入力でしのぐ他なかろう。
超RIZIN3の朝倉選手、平本選手の試合の様子が流れてきた。驚くほどあっけない結末であった。さすがにここまでとは思わなかったなあ。どちらにも特に思い入れがあるわけではないが、楽しみにしていた。これはこれで面白い結果になったのかもしれない。
それにしても格闘家というのは、最終的にはどっちが強いのかという一次元のゼロイチで決まるのが、良くも悪くも特徴的だと思う。ある面では負けてるけど、別の面では勝ってるみたいなことがない。立場がどうあれ、現役なら勝つか負けるかである。
一般に仕事というのは多次元で評価されるから、一意に勝ち負けが決まったりはしない。それもあって、持ちつ持たれつで協力し合うことができる。一方で、ほんとにこの人はできるのか?みたいな素朴な問いに答えられないし、だからこそそれがつきまといもする。
ただまあ、どれだけ売上・利益を上げているのかという一次元の指標もあるにはあって、そういう中で生きているところもある。自分はそういうのにあまり一生懸命にはなれないが、いつでも面白いものを作れるという意味での現役ではありたいよなあみたいなことを思う。
2022年7月28日
今日も1 on 1やミーティングなどの日。社長との1 on 1もあり、懸案事項についてあれこれと話す。いい感じにやっていけそうなこともあって、よかった。
夕食をとりながら、NHKプラスで「新・にっぽんの芸能」の「今“古典芸能系”マンガがアツい!!」という特集を観た。いくつか古典芸能を扱う漫画が紹介された中で、世阿弥の少年時代を描く『ワールド・イズ・ダンシング』に興味を惹かれたので、Kindleで買っておいた。『花よりも花の如く』というのも気になるところだが、現代の話なら普通に能そのものを観る方が面白いんじゃないかという気もして、どうするか迷うところ。
小長谷有紀『ウメサオタダオが語る、梅棹忠夫:アーカイブズの山を登る』を最初の数十ページ読む。著者の個人的な回想も交えつつ、ときおりくだけた文体になったりもする、不思議な梅棹紹介本。面白い。
買った『ワールド・イズ・ダンシング』を読む。観世流の子供として生まれた鬼夜叉(のちの世阿弥)が、室町三代将軍・足利義満の元で能楽師として成長していく話。キャラクタ造形は、突飛なようでいて監修者によると的を射ているとのことで、面白い。ただ、つながりがよくわからないコマの流れが多くて「どういうこと?」と読み返す必要が何度もあり、読み進めるのに時間がかかる。
監修の清水克行氏のコラムで、驚くべきことが書かれていた。同朋衆といえば、文化・芸能によって将軍に使える世襲の職といった説明が日本史の教科書などではされているが、近年の研究では否定されているのだという。つまり、同朋衆とは、単に将軍の身の回りの世話をする者たちで、その中にたまたま文化・芸能に通じたものがいたこともあるだけというのが実態だという。さらには、観阿弥・世阿弥父子は同朋衆ですらないのだと。その辺りも読んでみたいものだなあ。
2021年7月28日
CTO協会でのワークがあって、朝8時から始動。その後、30分ほど仮眠したのち、あとはミーティング続き。前日は早めに(といっても1時半過ぎだが)に就寝したのだが、8時前に起きると、まず体がとにかくしんどいという感じがする。徹夜するよりも、早起きする方がきついかもしれない(その日の体調に限っていえば)。
夜、仕事を終えたあと、しんどくて寝る。2時間弱寝ていた。起き出して、夕食を食べながらNHKプラスで「100分de名著」のボーボワールの回を観る。取り上げられているのは『老い』、解説は上野千鶴子さん。上野さんが話してるのって、初めて観た気がする(もちろん本はあれこれ読んできたのだが)。話し方が、思いのほか柔らかい感じ。
『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』を読み終えた。素晴らしい本だった。感想が色々あるのだけど、なんとなく書く気が進まない。「書く」ということが、自分の実存の深くに触れるからなんだろうという気もする。また、書くことそのものを職業にしているわけではないが、言葉でメッセージを伝えるというのは仕事上も重要な営みのひとつだし、研究してれば論文を書くことがアウトプットの指標になるわけで、個人的にも公的な話としても、色々と考えるところが多かった。
論文書きを進めたい気持ちもあるのだが、寝不足でだるいのと、肩こりなどもしてきてしんどいので、今日はもう早めに寝てしまう。
2020年7月28日
朝は、中期経営計画に関するミーティング。自分も、昨晩作ったスライドをもとに少し話す。なんにせよあれこれやっていかないとならないのだから、どんどんチャレンジしていこう。その後、細々あれこれした後、大腸内視鏡検査へ。このために朝起きてから下剤を溶かした2リットルの水(めちゃくちゃマズい)を飲み続けていたのであった。出るべきものは出たので、安心して検査に臨む。終わって、医師による説明。特に何も問題ないとのこと。よかった。
『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える (文春e-book)』の続きを読み、読了。
帰宅して、CTO協会のミーティングや、Code for Amami関連のミーティングなど。夕食を食べた後、いただいた『その仕事、全部やめてみよう――1%の本質をつかむ「シンプルな考え方」』について簡単な書評を書く。大学院の副テーマについての案内があり、面白そうなものもいくつかありつつも、情報系の内容をやりたい思いも強い。いま考えてるテーマについて、メールしてみよう。なんか今日は大腸内視鏡検査にやられたのか、あんまりやる気が起こらない感じ。さっさと寝ることにする。
2019年7月28日
本を読んだり昼寝したりなど、断続的によく寝てた一日。
2018年7月28日
丸善ジュンク堂書店で『思弁的実在論と現代について: 千葉雅也対談集』、『[asin:4255010773:title]』を買い、椿屋珈琲店で読む。
夕方、イメージフォーラムへ「縄文にハマる人々」を観に行く。終映後は、監督のトーク。僕自身も、まだ日は浅いとはいえ、最近縄文にハマりはじめた者であるのだが、この映画は縄文の面白さにハマりつつ、わからなことはわからないとはっきり距離をおいており、その点に共感を覚えた。わからないことに対して、踏み込んで飛躍する思考もあるけど、距離をおくからこそ考えられることもある。
縄文に対して、簡単にわかってしまうのではなく、絶対的なわかりあえなさを維持すること。過去に対してそうとらえることは、未来からいまを同じように捉えることに横滑りできる。そう考えると、逆に未来との間にも絶対的なわかりあえなさがあるはず。世の中はそのように変わっていくだろう。自分自身の、絶対的に孤絶しているモノたちから、いかにして社会なりシステムなりが立ち上がるのかという関心とも似ている。
台風が近づいてずいぶん風雨が強くなってきたのを避けるために、表参道駅まで歩く途中で、青山一真に避難。お酒もそばも美味しくて満足。
2017年7月28日
今日は、半年かけて作ってきた社内向けのツールの第1段リリースを見守ったり、部署の決起ミーティングをしたり、その後技術勉強会をしたりで、イベントの日。自分に関してはちとうまく喋れなかったなあという反省もあったが、他のみんながとてもよく話してくれたのでよかった。
よくいってる「うせがたん」、「新市街」の系列店、「熊本串焼 ノ木口」へ。内装がずいぶんおしゃれな感じ。料理もいい感じだし、お酒もわりといい。それでいて価格はリーズナブル。使い勝手のよい店だなあ。
2016年7月28日
今週はほとんど外に出る用事があるのだが、今日は何もなし。