20248月30

昨日に引き続き、体調が絶不調。しかし、締め切りが近いタスクがあるので、なんとかやり切った。夜は会食。天気が少し回復してきて、体調も戻ってきた。めちゃくちゃ楽しい、夢のある話ができて、興奮する。千載一遇のチャンスなので、しっかりものにしていきたい。

この件は、自分のインターネットサービスクリエイターとしての最後のチャンスなのかもしれない。少なくともそういうつもりでやっていく。うまくやりきれればかなりいい感じのところまでいけるだろう。それをやりきれるかどうか。障壁もあれこれとあるだろう。

全然関係ないが、今日は久々に保育園に子を迎えにいった。園児が4人、先生が2人いたのだが、帰るよというと、全員にハイタッチしにいっていた。そういうことができるようになったのだなあと感慨深い思いがした。また、自分と違って社会性があるのも面白い。

この頃はアンパンマンの動画、とりわけ子供がアンパンマンのおもちゃで遊んだり、アンパンマンミュージアムにいったりしている動画を見せろとうるさくいう。中毒になっている。そういうのはどうなんだろうかと思いつつ、忙しい時は見せる他ない。

アンパンマンに対する情熱を、たとえば英語学習に転換できないかと思って、英語のアンパンマン関連動画を見せてみた。しかし、明らかにクオリティに差があり、子も最初は見ていたがすぐに他の動画に変えろといってくるようになった。難しいものである。

20228月30

昨晩は「[コウノドリ新型コロナウイルス編」を読んだ後、就寝。途中で足が痛くなって起き、[ロキソニン]]を飲んで寝た。また別の部分が痛くなっている。これで4回ぐらい移動しつつ痛みが発生している。困ったものだ。

今日は在宅で、朝から[[1on1]]やミーティングなどで夜まで。最後は、[[日本CTO協会]]のミーティングやヒアリング。途中、[[GMOインターネットグループ]]全体で行われているインターンで、学生さん向けに会社紹介の[[LT]]をした。事業と技術的な面での特徴を述べつつ、成長支援としてアウトプットを奨励していたり、研究所があってアカデミックな活動もしているといったあたりの話をした。全体的な方針として、相対的に高給を出す代わりに基準も厳しくなっているのだが、うちに来てくれるといいなあ。

先日、「[フォローフォロワー時代の終焉」という記事があって、タイムラインの構築の主導権をますますプラットフォームが握るようになっているという話があった。[Twitter]]でもそうなっているが、[[TikTok]]などは完全にプラットフォームのいいなりである。自分としてはそんなにネガティブではなくて、わりとすぐ慣れたし、むしろ興味のあるトピックが流れてくるのでいい感じだと思っている。

ところで、そのようにプラットフォームが中毒性のあるしかけを強化していく中で、Webサービス事業者としてどうあるべきなんだろうかという思いがある。もちろん、TikTokや[[YouTube]]的な強力なレコメンデーションは素晴らしくて、そういう中で新たに芽が出た人々というのもたくさんいるわけだ。一方で、クリエイターを支援するプラットフォームとして、そういう仕組みも取り入れつつ、そうでないやり方も模索する必要があるわけで、K氏とそのあたりを議論し、コンテキストをどう提示するかという話になった。やはりそうなるか。研究所でも探究しているところだが、ますますその方面を強化していく必要がある。

夕食をとりながら、「[しげ旅」の[奄美大島]]の古仁屋、[[加計呂麻島]]、[[沖永良部島]]の動画をKと観る。加計呂麻島は行ったことがないので、初めて知ることばかりである。その他は馴染みのある場所(古仁屋はあまり知らないけど)。旅のチャンネルは、自分があまり旅行をしないということはあるのだが、面白く観られる。楽観的で、オープンマインドな人が向いているんだろうなあ。そういう人間になりたいものである。

[[ミキ]]は、今日もあまり気温が上がらなかったこともあり、[[発酵]]がうまく進んでいないように思われる。ちょっとずつ酸味が出てきてはいるのだが、深みのある甘みみたいなのが出てこなくて、ちょっと酸っぱいお粥みたいな感じである。もう一日おいてみるかなあ。それでもそんなに変わらない気もする。甘みがあまり出ていないので、砂糖を入れる方がいいかなあ。

[[中森明菜]]が[Twitterを始め、活動再開を告げていた。体調が思わしくないが、ゆっくり再開していくのだという。今年は[花の82年組]]のデビュー40周年。それで[[ワーナーミュージック・ジャパン]]から中森明菜の動画がYouTubeにたくさんアップされたりしていた。82年組については、[[アイドル]]に興味を持つにはちょっと早い時期の活動だったため、リアルタイムで熱心に追っていたわけではないが、あらためて中森明菜さんを見ると、非常にかわいい。

[mimicというサービスがリリースされたのだが、ネガティブな反応が多いようである。[イラストレーター]]の描いた絵を学習して、そのテイストで絵を生成してくれるサービスとのこと。[[著作権]]に関する問題はいろいろと解決するべきところがあるように思われるのだが、こういうサービスがあるとイラストレーターの技能を否定することになるという反応は興味深い。また、受け手として、本当にイラストレーターが描いたものなのかAIによる生成なのかというのも気になるところもあるのだろう。現代的な問題である。

前述の[[レコメンデーション]]やイラスト[[AI]]の件は、どちらも人間が主導権を持っていると思われていたことが、機械によって代替されてしまい、しかもそれがかなりうまくいってしまうものだから、ハレーションを起こしているということのように思える。そういう流れ自体は止まることがないだろう。一方で、人が価値を感じること自体はそんなに急速に変わることでもなかろうし、新しい環境において、では価値の表現がどのような形態を取るのかということが問題となる。そういうところで、新たなやり方を作っていきたいものである。


#日記 #8月30日

20218月30

朝30分の研究タイムで、最近放置してあったコード書きを再開。その後、計画作りの続きやミーティングなどなど。

夜は研究の続き。自分の論文をまた頭から見直して、ブラッシュアップしていく。ひととおり終わって、再投稿。これでまあもういいかなという感じ。その後、共著論文のレビュー。こちらもよりよいものにしていくべく、仕上げに向かう。

途中、夕食を食べながら「ゆる言語学ラジオ」の『数の発明』に関する回。この本は、『ピダハン』を書いたダニエル・エヴェレットの息子によるもの。彼もまた、父親と同様にチョムスキー流の言語を普遍的な本能に還元する考え方に反旗を翻している。そういう話はともかくとして、今回もまた面白い切り口で楽しんで観られた。すごいなあ。

さらに論文レビューの続き。終わった後、「Human-in-the-Loop 機械学習」という資料を読んで、ヒューマンコンピュテーションの機械学習における応用について学ぶ。面白い話。このあたりも、自分たちのやろうとしていることの関連分野だと思っているので、追っていきたいなあ。

「ゆる言語学ラジオ」で紹介されていた「チ。―地球の運動について―」を読む。今のところ、4巻まで刊行されている。異端審問がそこかしこで行われている中世のイタリアで、地動説に目覚めた人々の営為を描くという漫画。真理へのそれこそ宗教的な渇望を、既存宗教へのカウンターに持ってくるのは面白い。

そんなことをしていたら、NeosVR用に注文したマシンが発送されたというメールが届いた。もうすぐだ。楽しみ。しかし、やるべきことは公私共にどんどん増えていくばっかりで、NeosVRで遊んでいる時間は全然取れなさそうだ。

20208月30

93.6kg(前日比不明、開始時より±0kg)。昨日はけっこう食べたからなあ。

今日から夏休みが半分終わって授業が少しずつ始まっていく感じ。「AI・IoT特論」では、エージェント理論の先生による講義。話題がコンピュータサイエンスはもちろん、言語から音楽などにも及んで、知的な興奮を得られた。クリプキの可能世界意味論について厚く説明があり、その理解に基づいてレポートを書くようにというお題が最後に出されたのだが、何を書けばいいだろうか。考えてみるのも楽しい。さらに昼からは「ソフトウェア設計論」。JavaとUMLでOOPの導入というところから、シンプルな言語実装を通じて設計を学ぶというもので、かなりハックな感じの内容で楽しみ。しかし、宿題がめちゃ多い!毎回あるし、そのボリュームもすごい。

授業が終わったあと、すぐに宿題にとりかかりたい気持ちではあったが、しばらく読書。『世界哲学史 8 現代 グローバル時代の知』の千葉雅也さんによる章を読む。フーコーの「自己への配慮」の二面性について述べつつ、二項対立にするのではなく都度落とし所を調整していくような考え方が必要と述べられており、まったくその通りだよなあと思う。ただ、そうなると最後の「個」をつきつめるところから「共」へ開かれていくというあたりとはどういう関係になるんだろうかとも思う。自分としては、その論はちょっと唐突で、パブリックとプライベートという枠組みもまた、落とし所を常に探り続ける関係にあるように思う。

宿題を始める。まずは講義資料にデてきたUMLダイアグラムを、UMLetというソフトを使って自分で描いてみるというもの。シーケンス図やオブジェクト図を手始めに描いてみる。VSCodeで実装されたUMLetがめちゃくちゃ使いにくくて、Java実装の方に乗り換えた。そっちも使い勝手がいいとはいえないが。けっこう時間がかかるなあ。もっとさくさくできるようになるには、練習が必要そう。そして、お題の最後のクラス図がかなり大きいのでげんなりしてきて、今日のところはこれで終わり。

8月は勉強や研究という意味ではほとんど何もしなかったのだが、こうやって授業が朝から夕方まであり、さらに宿題があって時間を効率的に使わなければならないという状況の方が、気が張り詰めていろいろやろうという気になるように思える。実際、宿題もてきぱきやるし(期限がせまっているタスクを抱えるのが嫌だから)、研究についてもアイディアが出てきたり、取り組み方を考えたりなどもできたりした。自分でそのへんちゃんとコントロールできたらいいけど、性格上、やっぱり易きに流れてしまうので、強制的にやらなければならない状況の方がいいなあ。また、そうやってなんかやってる間に作業興奮でやる気も出てくるという効果もあるだろう。

Magnum Magunum』が届いたので眺める。500ページ強のボリュームで、マグナムの歴代の面々による写真が400枚以上収録された写真集。多彩でありつつも、マスターピースを集めたものだけあって非常に力のある写真がそろっている。最近、ジャーナリスティックな写真に興味を感じていて、それは主に撮影技術の観点からなのだけれども、そういう意味でも感嘆を覚えるものが多い。さらに、昨日買った鈴木理策さんの『Étude』、『熊野、雪、桜』を眺める。前者は、花を被写体に混ぜボケの特徴的なレンズを使うことで、複雑さを別のやり方で高めた写真が多く収録されている。後者は、2007年に東京都写真美術館で開かれた展覧会のカタログ。その当時までのキャリアが垣間見られて面白い。鈴木理策さんの写真にものすごく影響を受けているのだが、自分自身のはどうしたらいいものかなあと考え込んでしまう。

昨日、体重を測ったものの、日記を書く頃には何kgだったかを忘れてしまっており、同僚の薦めもあってWithings Body+を買った。以前にもWithingsのスマート体重計を持っていたのだが、いつも気づいたらWi-Fiがつながらなくなってしまって結局使わなくなり捨てちゃったのであったが、最近のはちゃんとしてるのかもと思って、再チャレンジ。また、便通問題の解決のためにスーパー大麦を食べるといいというのを読んで注文してあったのが届いたので、煎ってシロップをまぶしてたべる。おやつ代わりにいいかも。効果を期待したいところ。

20198月30

昨晩は『雑草はなぜそこに生えているのか ──弱さからの戦略 (ちくまプリマー新書)』を読んだ。極めて面白い本。

朝から晩までしゃべってた。夜はサルシータ。旨い。

先日書いたとおりANA Amexのプレーンなのを作ったのだが、いろいろ調べてみて、SPG Amexが自分には一番いいんじゃないかなあという気がしたので、あらたに申し込んだ。旅行をたくさんするひとには、年会費をゴールド水準に押さえつつ、かなりコスパいいだろうと思う。僕はあんまり旅行はしないけどまったくしないわけじゃないし、京都や都内のマリオットボンヴォイのホテルに止まるのでもいいので、悪くはなさそう。

20188月30

夜は、Shibuya.jsの同窓会に混ぜてもらったので参加。懐かしい時代だなあ。久々な人々とおしゃべり等。

20178月30

朝から健康診断。初めて胃カメラを体験。麻酔がすぐに効いて驚く。待ち時間で、『[まとめ買い] 闇金ウシジマくん(ビッグコミックス)』を読み終える。

夜は、「いまここ」で。

20168月30

台風がヤバいという予想だったが、予想に反してたいしたことはなかった。よかった。

20158月30

朝、起きてしばらく『わかる仏教史』を読了。とてもわかりやすくてよい。しかし、大乗仏教以降には全然興味がわかないなあ。もっとシンプルにやりましょうよ、っていう感じ。

新宿へ。昼食は三丁目のあづまへ。あの辺へ行った時によくいくのだけど、素朴な定食感がとてもいい。今日もよかった。

そこから南口へ歩き、高島屋、紀伊國屋書店。紀伊國屋書店で『西洋の欲望 仏教の希望』を買う。あの辺は、学生の頃に開発されていまみたいになったわけだけど、当時は競馬をやっていたので、ウインズに行きがてらよくいっていたものだと、懐かしく思う。もう18年とか前の話。

中目黒に戻り、SMLでうつわを買う(咖喱と古民藝@SML)。その後、南蛮亭で夕食。

うつわを買うことは、自分にとって本当に真剣勝負という感じで、日々いろんなことを妥協して暮らしているのだけど、これだけは妥協できない、その時々で最高のものだけを買おうと決めている。僕は料理をするから、いくら見た目で気に入っても、自分で料理するときに使うイメージがわかないものは買わない。その上で、生活にブレークスルーをもたらしてくれるだろうものを選択して買う。

帰宅して、みうらじゅん + いとうせいこうのオールナイトニッポンの馬鹿話を聴いたり、買ってきた本を読んだりする。

人生は「明日も知れない」のも真実ではあるが、普通に考えるとあと4〜50年ほどあり、そう思うとなんでも起こり得るなと思う。つい短期的にあれこれ考えてしまうけれども、そういうスパンで何が一番いいのかということを考えていかなければならないと思う。思っているよりも人生は長い。