2025年9月15日
朝起きて、歯医者へいく。今日は、前回やってもらったセラミックの詰め物の調整と、歯の清掃。右奥にもちょっと虫歯っぽいのがあるということで、続きは次回。
特別展「深宇宙展〜人類はどこへ向かうのか」を観に、日本科学未来館へ。電車で隣になったおじさんが、ドラえもんがいる場所があるよといって案内してくれた。エレベーターにもつきそって駅からずっと案内してくれるので、ありがたいけどだいじょうぶなんだけどなあと思って、ちょっとそわそわしてしまう。場所を案内してくれるというより、写真を撮ってくれるためにそこまでしてくれたのだった。申し訳なさもありつつ、人の好意を素直に受け取れないことに対して自分の了見の狭さを覚える。
ダイバーシティ東京プラザでランチでもと思って6階に上がったら、どこも混んでいる。比較的空いていた店に入ってみたら、マズいというのに近いものばかり出てきた上に、近所のもっといいところで食べるより高いので、気分が悪くなる。これで値段が相応ならまだ不満もないのだが、とかぶちぶち思ってしまって、しかしそんなことで心が動かされることに、またしても了見が狭過ぎるという思いを抱く。
「深宇宙展」は大人気なようで、科学未来館は人でごった返している。40分待ちでようやく入場できた。ワンフロアを使った展示は、日本の宇宙探索の歴史を模型や映像とともにふりかえられる内容。思いのほかコンパクト。このところ宇宙関連のことを学習していることもあり、その過程で見知ったものがたくさん出てきて興奮を覚える。また、前澤友作氏が宇宙から帰還したソユーズの帰還モジュールがすごく狭いし、表面は空力加熱で丸焦げだし、冷え冷えした感じを覚える。TOYOTAとJAXAが開発しているルナクルーザーの実物大模型があったのに興奮。どうやって輸送するんだろうなあ。個人的に関心のある宇宙での情報通信についてはこういう展示ではあんまりフィーチャーされることはなく、もっとその辺を知りたいと思う。
ミュージアムショップでカタログ、トミカのはやぶさ2、ルナクルーザーを買う。そんなものが出ているなんて知らなかった。興奮を覚える。ルナクルーザーは、展示してあった模型とデザインが違っていて、2020年に発売されたものとのことで、多分旧式のデザインなのだろう。最新式もいずれ出して欲しい。ネットで見てみたら、はやぶさ2も含めてすでに絶版?になっているようで、プレミアがついていたが、ショップでは定価で買えたのでよかったなあ。
ショップで、相変わらずリトルKがあちこちものを触ったりしてうろうろしているのを阻んだりしながら、混んでいるレジまでの狭い通路をベビーカーを押しながら並んでいたところ、前に立っていた男性に「カートが当たるのやめてもらえますか」といやみな感じでいわれて、謝ったものの、いまにいたるまでいやな感じが続いている。その人だって子供連れだったので状況はわかるだろうし、わざとやってるわけでもない、ベビーカーのタイヤが靴に当たったぐらいのこっちは気づいてもいないようなことでぐちぐちいってくるのに腹が立つ。Kなら瞬間的にブチギレてそれで終わるんだろうけど、そうもいかないのでどうするべきだったかとぐるぐる考えてしまう。とかそんなことを思いつつ、いずれにせよどうでもいいことに惑わされること自体が了見の狭いことだと反省。今日は自分の狭量さばかりに思い当たる。
帰宅して、夕食をとりつつルナクルーザーの動画を観る。リトルKは、ブロックで基地のようなものを作って喜んでいた。ブロックを入れているケースに入って「うちゅうせん!」というので、持ち上げてぐるぐる回したりする。
小松伸多佳、後藤大亮『宇宙ベンチャーの時代~経営の視点で読む宇宙開発~』を読み進める。「ニュースペース」と呼ばれる宇宙開発のこの20年ぐらいの流れについて、産業育成や経営的な観点も交えての解説で、情報量も多く、概観するのに便利。
昨日読んだ本の続きで、長期主義について考える。長期主義的なスパンで考えるなら、人間の存亡はともかくAI的な知性が残るならそれでよいと思っていたが、そういう人々の「知性」に対する偏向に疑問を抱くようになった。「知性」など、生物にとってたくさんあるパラメタの一つにすぎないのだから。かといって、人間にはAIにはない良さがあるみたいな話にしてもつまらない。人間だって「知性」に限りがある。むしろ、あらゆる非生命を含む「物」たちに惻隠の情を覚えられる方がいい。そういう感受性を涵養すること。ローティ的な「共感」を人間という種のみならず、生命・非生命の枠を超えて広げていくこと。
