20249月18

差し込み仕事や気がかりなことがいくつかあり、ついミーティングのスケジュールに遅れてしまうことがあった。気をつけないとなあ。そういうこともあり、進めようと思ったこともあまりできなかった。手早くやっていかねば。夜は博論の続きをする。次の締切まであと3日。

今朝は、妻が友達と待ち合わせということで、家族で出かける。いつも歩いている途中でパンを買って、渋谷のパルコ裏の児童館まで見送り。きれいで広い。出社してパンを食べたら思いのほか美味しくて、いつも通る道なのだからもっと頻繁に買ってもいいかもと思う。

仕事では、また小言みたいなことをいったりしていた。もっと自分から情報をとっていく=他人に関心を持つようにしないと、Slackで@channelメンションしまくるような最悪なカルチャーになっちゃうよ、みたいな。リモートワークにより、じょじょに削られている。

博士論文は、とりあえず構造としてはほぼできた。もちろん中身がまだまだこれからなのだが。Cursorで利用量に応じた支払いの設定をしたらo1-previewが使えるので、設定した。1発で40セントかかる。しかし、それに見合うクオリティはあると思う。

論文の「書類」的な面については、もうAIでいいだろうと思う。要約するとか、体裁的に必要な文面を作るとか。そのへんはだいたいできたので、ついに本丸の「世界観」をしっかり表現するところにいかねば、というところ。絵も描いて入れ込んだりしよう。

20229月18

台風が近づいており、関東でも今日はずっと雨の予報。かなり激しく降っていて、目が覚めたけど体が重い感じ。それで、ベッドから出ずに、ごろごろしながら本を読む。

[[種田輝豊]]『[20ヵ国語ペラペラ―私の外国語学習法』を読み、読了。この本は、今から50年以上前に刊行されたものが、[ちくま文庫]]から復刊されたもの。著者は1938年生まれの方で、当時は教材にだいぶ制約があったのは明らかだが、集中力と積極性によって多くの言語を身につけていった様子は、本当にすごい。というか、そこまで言語に対して情熱を傾けられること自体が、才能というものではあるよなあ。英語ひとつで苦労している身としては、うらやましい限りである。フランス語も再開しようかなあという気持ちになった。

昼食の後、夕方にかけて雨が小降りになっていく予報だったので、散歩に出かける。お茶しながら、YouTubeの英語動画をひたすら観る。英語話者向けのフランス語学習動画もいいものがあったら観たいのだが、体系的に提供されているものをまだ見つけられていない。というか、ちゃんと探していないだけなので、日記を書き終えたら探そう。

その後、書店によってしばらく物色。習慣的に学習することを身につけるためにももうちょっとだけやるかなあと思って、『TOEIC L&R TEST 990点獲得 Part 1-4 難問模試』を買った。さらに、Kindleで、[[吉岡浩満]]『[哲学の門前』、[牧野雅彦]]『今を生きる思想 ハンナ・アレント 全体主義という悪夢』、[[梅田孝太]]『今を生きる思想 ショーペンハウアー 欲望にまみれた世界を生き抜く』、「月刊「東京人」 2022年9月号 特集「寄席」」を買った。

問いからはじめる発達心理学』が届いていたので、読み始める。こちらは昨日読んでいたものより、もうちょっとわかりやすい感じ。そのせいもあってか、記述が薄い箇所も散見され、たくさんつっこんでしまう。発達心理学ものは、これともう1冊買ったのを読んだら、とりあえず打ち止めでいいかな。

夕食をとりながら、「[[鎌倉殿の13人]]」。[[畠山重忠]]役の[[中川大志]]さんが素晴らしい。前回、いよいよ覚悟を決めた時からの表情の変化がすごい。鬼気迫るというのとも違う、落ち着いた怒り。このドラマは、菅田将暉さんといいこの人といい、役者さんの良さを引き出して大成させたという感じがする。中川大志さんはまだ24歳なんだもんなあ。

認知科学講座3 心と社会』を読了。導入の章や[Human-Agent Interaction]の話などは非常に面白かったのだが、期待とはそぐわないような内容も多く、その辺は目を通すだけした感じ。さらに、買ってきたTOEIC模試本の1つ目をやってみた。結果は8割ほど。難しい問題ばかり出してるという本でそれだけできるなら、本番はもうちょっとできてもよさそうだよなあ。解けてるものと解けてないもののパターンがはっきりわかったので、対策も立てやすそう。続けて、英文音読を1章分やった。もうちょっと時間かけてやるようにしようかなあ。

今日のブックマーク


#日記 #9月18日

20219月18

朝起きると、首凝りがする。放っておくと頭痛になるので、ロキソニンを飲む。今日は台風が近づいてきているというから、そのせいもあるのだろうか。数日前も、天気が悪くなる日の朝、起きた時に同じような状況だった。普通に寝方の問題である気もするけど。

先日受けた人間ドックの結果が帰ってきた。2つほど、これまでになかった所見がついていたのだが、ひとつは思い当たる原因がはっきりしていて、かつ、特に問題ないということと、もうひとつはおそらくは2年ほど前に奥歯を抜いてインプラントにしたのが原因だろうというわけで、問題なし。体重が少し減ったので、数字的にはやや良くなっているが、もっと減量が必要なのは明らかである。

FIWAREという、フィジカル空間とサイバー空間の間のデータモデルの定義と通信プロトコルを決めた仕様と、それを実現するためのミドルウェア群を提供するプロジェクトがあり、それについての発表がなされていたのを動画で見た。面白そうなので、もう少しあれこれ調べてみた。この手の仕様にしては、相対的にシンプルで使いやすそう。

昨晩は、日記を書いた後にNeosVRの技術的な面で気になっていることがあって、あれこれ調べ物。引き続き調べたり、詳しい人に質問したりなど。しかし、技術的な包括的なドキュメントもないし、ボトムアップな記事がバラバラにあるだけの状態で、よくも人々はあれだけノウハウを吸収して、あれこれ作っているものだと思う。ほんとどうやってるんだろうか。

夕食を作る。タコと挽肉があったので、ラグーソースを作ってパスタ。美味しいは美味しいのだが、もうちょっとだけ決まらない感じで、何が足りなかったんだろうなあという気がする。塩が少し足りなかったのか、旨味がいまひとつだったのか。

Neosに入って、調べ物をしたりインベントリにあるファイルをあれこれ見たりなど。その後、モデリングをしているワールドに少しお邪魔する。アバターをあれこれいじっている人々がいたのだが、何をやっているのか全然わからない。というか、そもそも何ができるのかという可能性の幅の見通しがついていないので、五里霧中という感じがするのだよなあ。かといって、それがわかるような何かがあるわけでもない。こういう感覚は久々だ。

Twitterを観ていたら、アニメ版の「ピンポン」がいいという話が出てきて、そんなのあったのかと驚く。2014年に放映されていたらしい。それでNetflixで観てみたら、確かにいい。セリフやキャラクタのポーズなどは漫画版のいいところを正確に踏襲しながら、演出はスタイリッシュに決まっている感じ。あの独特の台詞回しを声優たちがうまくこなせているのかどうかについては違和感を感じたりもしたが、聞けないほどではない。原作は好きで何度も読んだものだから、胸の詰まるような思いで、11話全部を一気に観てしまった。

そういえば、昨晩、会社のK-POP系のチャンネルでNCT 127の新曲StickerのMVを教えてもらったのだが、この曲が非常に珍妙な感じで、しかしラップとダンスのパフォーマンスはめちゃくちゃかっこよくて、かなりの衝撃を受けた。なんだこれは。尋常じゃないスカスカぶりで唖然としているうちに、終盤の方はコーラスとチャカチャカなる打楽器的な音で少しは厚みが出てくるのだが、それでもそんなに印象は変わらない。この意味不明な感じはすごい。

20209月18

面接したりミーティングしたりなど。

夕食を作ったのだが、今日もかなり失敗した感があって、勘で適当に作って二回連続で失敗しているので、初心に戻ってちゃんとやらねばならない……という気持ちになった。なんかぼーっとしてやってるからよくないんだろうなあ。

そういえば、ミーティングで話をしていた同僚に、伸びをしたタイミングで二の腕が太くなっていると指摘された。筋トレしているし、実際、そういうことはあるだろう。まあ、単純に会わない間に体重が増えたということもあるのだが。二の腕が鍛えられてもあんまりしかたがないので、背中とか肩とかがごつくなりたいのだが。しかし、懸垂とかやっててもどうしても上腕三頭筋に効いてしまって、むしろそっちが先に疲れてやれなくなるんだよなあ。持ち手に力が入ってるからというのもあるのだろうけど、手幅を広くして背中を意識して引っ張っても、やっぱり腕が疲れてしまうのであった。

なんかの流れで、Netflixで押井版「攻殻機動隊」を観ることになった。何度も観た映画だが、あらためて観ると、細部の表現は古臭い感じはするが、やっぱり面白いなあ。なんかこういうのが好きなのだというのをあらためて思い出して、研究にも活かしていきたいという気もする。

YouTubeで、「あたらしい経済」の落合渉悟さんの回を観た(「攻殻機動隊」の話もでてきて、つながってきた)。非常に面白い。やっぱり自分はそういう話題にわくわくするということがあるのだから、研究もブロックチェーンに近づけていくというのもいいのではないだろうかという気もする。セキュリティをブロックチェーンで担保するみたいな研究は盛んにおこなわれているので、自分の関心にひきつけて探求するのはありだよなあと思って、あれこれあらためて考えてみたり。また、その過程で「あたらしい経済」のポッドキャストで紹介されていた『ブロックチェーンがひらく「あたらしい経済」』を読み始める。かなり概説的な内容で、DeFi的な仕組みについては、7割ほど読んだところではほぼ言及されていなくて期待はずれではあったが、気持ちを高める効果はあった。あらためてそのあたりももっと深堀りしていくようにしてみよう。

ビールを飲みながら、宿題の続き。明日までに提出したいので、進めていかないと。今日やったところは、複雑な継承関係を資料上から読み解いて実装していくという内容があったり、半径と確度から三角関数を使って座標の計算するみたいなのもあって、ビールを飲んだ頭でやっているとぼんやりしてきてあきらめそうになったが、なんとかコードは全部書けたのでよかった。明日は書いたコードについての説明レポートを書く必要がある。クリストファー・ノーラン監督最新作のTENETを観るのを予約したので、映画を観たりもしつつ、宿題を終わらせる。

20199月18

奄美旅行4日目。今日は、朝から沖永良部へ移動。僕が住んでいた頃にはなかったように思うが、徳之島を経由して沖永良部へ行くという航空便。正確には、経由といっても乗り継ぎという形であるようで、座席は同じなのに、一度降ろされて保安検査場を再通過させられる。よくわからない体験。

以前にちょっとだけ来たのは10年半ぶり、複数日滞在してあちこちまわるという意味ではもうだいぶひさしぶりな沖永良部。奄美大島とは景色も全然違う。フーチャや日本一のガジュマル、笠石海岸などをまわり、コチンダホテルへ。東ホテルが新たに作った建物で、ちょっと琉球風の、昔の沖永良部の屋敷のような感じ。建物を囲む土塁もあったりして、けっこうこっている。

夕方は、母の実家へ夕食をいただきに行く。祖母は痴呆症がだいぶ進んで、受け答えはもうできない様子。前に会ったときは元気だったんだけどなあ。

20189月18

どんどんやることをつめこんでいくしかね〜〜〜!という感じ。物理的にはどんどんつまっていくのだが、頭はまだ空いてる。もっと使わないと。細切れの時間をうまいこと組み合わせて常に頭が働いている状態にできればいいのだけど、それを自分でやるのが大変だなあ。誰かにピシピシやってもらえるともっと生産性が上がるのだろうけど。とはいえ、ひとにピシピシやってもらうのも嫌だから、なんかそういうののやり方を自分で見出さないとなあ。

もっと熱量みたいなのを高めていく必要もあるのだろうなあと思うので、丸亀製麺でうどんを食べ、Mikkeller Tokyoでビールを飲みつつ『死ぬこと以外かすり傷』を読んだ。めちゃくちゃですごいなあ。自分はこうはできないだろうけど、学ぶべきところが多くあると思う。

20179月18

出社して、コード書きの続き。夕方頃、疲れてきたのとお台場に買い物に行く用事があるのとで、離脱。結局、お台場のVANSのお店まで行くも、目的のものは売り切れていたのだが……。

近くで開催されているULTRAに参加しているパリピがうようよ。すごい。さらに、メキシコフェスみたいのも行われていて、そこでビールを買って飲む。

恵比寿により、Beer Bar HBというビールバーで飲み。F氏もきた。帰りに、蔦屋で『はじめてのブロックチェーン・アプリケーション Ethereumによるスマートコントラクト開発入門 (DEV Engineer’s Books)』、『金融e時代』を買う。

帰宅して、さらにビール飲みつつ、コード書き。

20169月18

散歩したり、日課をやったり、久々に外食に出たり。

20159月18

朝のメディテーションは、今日もイスにあぐらをかいて。10分ほど。

最近、仕事で気を遣っている、張っていることが多いなあと思うのだけど、仕事の内容をやや変えたからなのか、自分の意識が変わったからなのか。緊張している、という感じがする。別に悪い意味ではない。緊張感は大事。ただまあ、気を張ろうがゆるゆるだろうがやるべきことがやれていればよいので、いずれにせよもっと成果志向になる必要があると思う。

毎日なにごとかをやっていたら、文字通りの意味における成果というのは基本的にはなにかしら出るわけだけど、必要なのはそういうことだけではなくて、数値目標を持っている人ならその達成を成果というのだろうし、そうでないひとであっても、数値でないにせよなにかしらの期待とか自覚とかがあって、それを超えるものを成果というのだろう。

昼食を食べていたら、店のひとがネットについて会話していた。「Twitterってまだあるんだっけ?」「ありますよ。私、書きまくってますよ。鍵かけてますけど」「それ、なんで書いてるの?」「友達には読んでもらいたいんですよね」など。

帰宅して、夕食を作る。手抜きして、丼。たくさん山芋をすってご飯にかけ、その上から豚肉と野菜の炒めものをのっけただけのもの。しかし、美味しいのでよい。

知的トレーニングの技術〔完全独習版〕 (ちくま学芸文庫)』の続きを読む。この本のオリジナルの頃(1979年〜82年)って、『知的生活の方法 (講談社現代新書)』(1976年)などもベストセラーになったりしていて、そういうのが流行っていたのかなあと思う。ニューアカ間近という時代。いまだって「教養」とか「リベラルアーツ」などがビジネス書の装いであれこれ出ているが、あんまり方法論的ではないように思える。

原稿的な文章を書くという意味で「知的生産」をするという機会はたいしてないのだけど、まあ、自分の人生や、あるいは仕事に多少なりとも役立てばいいなとは思うのであった。というのはちょっとごまかしで、実際は、「知的生活」を謳歌できるような人生を送りたいなとは思っているのだけど。読みたい本は山ほどある。でも、仕事をしていなければ興味も広がらないだろうから、それだけじゃだめなんだろうなあ。

知覚が無意識に処理されてしまうことは生産性を高めることにもつながるけれども、別の観点から見ると社会的なデメリットもあり得る。たびたびあげる例だと、僕は自分の容姿に対してそのような無意識の処理を行っているから特になんとも思わないのだけど、もうちょっとちゃんとしろよ、ということもあり得るだろうというようなこと。

かといってあらゆることに「気づき」続けることはできないので、ある程度の範囲に絞る必要が出てくるわけで、それは人それぞれの興味関心とか、あるいは能力とかによるのだろうけど、そういうのをできるだけ広く取っていきたいなあと思うのであった。しかし、無意識にスルーしている分には主観的にはなにも問題ないので、広く取ることがすなわちよいことがどうかはわからない。

安保法案の件でデモのひとたちががんばっている。参政権というのは、当たり前だけど投票することだけではないので、デモもそうだし、ロビイングであるとか、選挙事務所に行ってみるとか、ふだんから政治家と付き合うとか、オンブズマンをするとか、なんだってやれることはやる方がいい。デモだけをことさら特権視するのは悪しき形式主義だと思うが、デモ自体はそれがなんであってもいいことだと思っている。

ただまあ、政治でもなんでも、結果として理想に向けてある期限内(短期的であれ長期的であれ)に何かしらの実効性がないと意味がない(主観的な満足を得られるということはあるけど)のであるから、設定した期限内に効果のない行為は、きちんと総括されなければいけないのも、それがデモであってもなんであっても当然のことだろう。期限の設定がどうであるかで取り得る行為は変わるわけで、そういう意味ではもっとフラットにいろんな可能性を考える必要がある。

そういう意味では、あんまり融通が効かないひとが多いんだろうな、という感じはする。