2024年3月16日
新橋演舞場へ「ヤマトタケル」を観に出かける。観劇の機会をなかなか持てなくて、昨年5月の明治座での澤瀉屋の演目を観て以来である。あの直後から、実に様々なことがあった。それについて語ることはしない。
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/842
倭建命を市川團子が演じることだけでもいろいろな思いが去来するのだが、そうしたことはさておき、若干20歳の團子の演技はフレッシュさと貫禄とがあいまった見事なもので、しばしば落涙をもよおすことを避けることはできない素晴らしいものであった。
「推し」の仲村米吉による二役もまた、いずれも素晴らしく、弟橘姫が小碓命めがけて花道を走って現れる様の美しさに、こうとしかいえないのだが、心臓がぐっと止まるような感じを覚え、涙があふれるのを抑えられない。米吉が発声するたびに、感極まる。
第三幕の、いささか退屈な間延びした流れを、睡眠不足もあって半ば寝ながら過ごしたあとの宙乗りとカーテンコールでの大団円を眺めながら、しかし、やはり歌舞伎を愛好するということの一筋縄ではいかない、ある種の罪深さのようなことを思う。どういうことか。
ごく単純なことで、ことがことなら、團子は本来キャンパスライフを謳歌していただろうし、外遊などによって知見を広げるような機会もあり得ただろう。それがいまや、大団円を構成する面々や裏方も含め、多くを支える経済的な支柱としてふるまうことになっている。
もちろん、彼はそれを見事に成し遂げているし、覚悟を持ってやっているのだろうことは間違いなかろうとおもうのだが、単純に「気の毒だ」という思いを感じてしまうのもまた実際のところである。そのように感じること自体が不適切であるのはわかっているのだけど。
しかし、芸能とはもとよりそうしたものではなかったか。澤瀉屋の後継ぎとなるべくして生まれ、様々なことがあっていまがある。資本制下の商業であることは当然としても、それがゆえに「イエ」を守っていかなければならないこと。それを観るもの誰もが知っている。
続けていくことに対する意志。それがあってこそ芝居はこの先も続いていく。放っておいてなんとかなるようなことではない。20歳の青年が負っていることの重さと、それをエンターテインメントとして楽しむ他はない観客の我々。続けることへの共謀。
観る側もまた無傷ではいられない。