2024年4月16日
昨晩はW・G・ゼーバルト『アウステルリッツ』を読了。読んでいる間、のめり込んで感覚が変な感じになるみたいなのは久々の感じで、濃密な読書体験だった。こういう話を日本を舞台に書くならどうなるんだろうなあと思いながら読んでいた。どうなるだろうか。
10冊ぐらい並行して読んていて、というか、つい別の本に目移りして読みさしてしまってるだけなのだけど、ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』、サイード『晩年のスタイル』、『萩原朔太郎詩集』などをぼちぼち読んでいる。その途中に軽いものをさっと読み流している。
足元の興味に引っ張られて、長い目で見たときに読んでおいた方がいいものを読む時間が削られていくことをずっと繰り返しているのだけど、このところちょっと変えていきたいと思っている。それで、読むべき本にちゃんと取り組もうとしているところである。
読めばそういう本のほうがだんぜん面白い。時間はどんどん減っていくのだから、ほんとに読むべきものに注力していきたいという思いがつのる。読みたいと思いつつ読めずにいたものに向き合うようにする。読まなくていいものは、意識的に回避する。
そういうことの他には、子に対して適切なサジェスチョンがてきるようなことをしていきたいみたいなのもある。本だけでなく、美術、科学、演劇、映画、音楽など、総合的な領域なのだが、ともあれ、そういう観点からあらためてやり直したいという気持ち。
そういうとなにか義務的な感じに聞こえそうなのだが、むしろ自分自身の方向性を立て直し、やり直す機会という感じで、ポジティブにとらえているし、楽しくもある。子のために買った図鑑も、自分が読んで楽しいものだったりする。そんな感じでやりなおしているところである。