2024年4月6日

中平卓馬 火―氾濫」を観に、国立近代美術館へ行く。散歩がてら、日比谷から歩く。このあたりを歩きながらいつも思うのだが、この広大な茫漠とした空間の異様さはすごい。途中、Le Pouletでランチ。名前に反して豚や牛の方が推されているように思われ、ついついそちらをいただいてしまう。

あまり時間がなかったのもあってじっくり観ることはできなかったが、中平の作品を広範にわたって紹介したよい展示であったように思う。雑誌での活動をたくさん紹介していたのもよい。それがなかったら、やっぱり中平のすごさが十分には伝わらないだろう。

70年代までの、ゴダールを思い出させる緊張感とかっこよさは、やはりただごとではないと感じる。「氾濫」を再現した展示からは、その後のさまざまな写真家たちを揺籃しただろう美的態度を感じさせる。たとえば志賀理江子などの仕事も、ここに接続し得るように思われる。

それに比べて、と誰もが思うであろう晩年のカラー写真の「ヌケ感」をどう捉えたらよいのかという戸惑いもある。縦位置でアップにトリミングされた写真には、にも関わらず対象を捉える目の緊張感はあまり感じられない。別に悪い意味ではなく。

少なくともそれは「円熟」などという「境地」からはかけ離れた、なにかが進行中の過程であるように思われる。サイード=大江的な意味における「レイト・スタイル」的な枠組みで考えるのが適切なのかどうかはわからないが、そういうことを考えてみたいとも思う。