2024年4月8日
子を保育園に送り届けたあと、喫茶店で朝食をとりつつあれこれおしゃべり。もう少し早く起きるようにしたい。というか、二度寝しなければいいのだけど。Xで見た、目が覚める動きみたいなのをしてみているが、効いているのかわからない。
妻に話したこと。端的にいうと「えらくなる」必要がある。社会的な地位ではなく、いまとは違う形でもひとに頼られるようなこと。よくわからないけど、たとえばなにかしらの審議員としてよばれるとかそういうことなのかも。ともあれ、違うコミュニティからの引き合い。
そういうことになんの意味があるのかをまだうまく言語化できていないのだが、これまでの蓄積みたいなところとは異なる文脈でもなんらかのプレゼンスを出せるようなことをしなければ、ということである。具体的には、エンジニアとかCTOとかではないところ。
ある雑誌で、松尾豊氏がハイソなサロンで談論風発みたいな活動をしているのが紹介されていて、立派だなあと思った。そういうところからAIについての理解を広げていくみたいなのをちゃんとやれるのは、大人という感じがする。本人が、単にそういうのが好きなだけかもだけど。
自分の場合は、力不足により周囲やコンテキストを同じくするところに多少なにかあるぐらいで、社会的なインパクトは無に等しい。そのことに対して、むしろ「のびしろ」を見出してやっていくべきなのではないか。そんなことを思うわけである。
そうなるためには、なにはなくともまずは本業で大きな成果を出すほかはなく、飛び道具的ななにかがあるわけではない。仕事をちゃんとして、世の中にインパクトをもたらすことが第一で、そう思うと当たり前の話なのだが、目標を「えらくなる」と定めることで違う話になりうる。
とか書いておきながら、別に「えらくな」りたいわけではまったくなく、むしろ面倒をできる限りさけて、好きなことをして暮らしたいだけなのだが。ただ、それだとこの先ないよなあと思ったりもするわけで、そんなら馬鹿みたいにわかりやすいコンセプトをかかげるのがよかろう。